第9話 シャワーシーン

 僕は、凛の自宅に来ていた。

 繁華街のワンルームマンションだ。


「どうぞ。上がってください」


 彼女に招き入れられた瞬間、僕の胸は高鳴った。

 女の子の部屋が初めてというわけではないけれど、それでも慣れているというわけじゃない。

 部屋に上がると、僕の期待はすぐに裏切られることとなった。


 部屋には家具1つなく、誰も住まない空き室のようだった。

 床には大きな旅行鞄と寝袋だけが置かれていて、壁にはハンガーに掛けられた学校の制服がポツンと吊られている。


「随分と、すっきりとした部屋だね。キャラ造り……とか」


「何を言ってるんですか。自宅といっても捜査の間だけですからね。2週間もいないでしょう。多分」


「ああ、そか。そうだよね。凛がこの街にいるのも事件が終わるまでの間なのか」


「ふふふ。寂しいですか?登録した電話番号とかも仮のモノですからね。もし、私に会いたくなったらtwitter経由で連絡してください」


あ、twitterはOKなんだ。


「まあ、刑事になんて一生関わらないでいい人生を送ってほしいものですけどね」


「なあ、凛。凛は一体どういうつもりなんだ」


僕は、ずっと抱いていた疑問をぶつけることにした。今まではずっと僕は心の中では、刑事である凛の敵であろうと決意していた。しかし、その決意が揺れているのが自分でもわかる。


「はい? すいません先にシャワーを浴びてもいいですか」


凛は旅行鞄の中から着替えを取り出すとシャワー室に向かっていた。


「あ、ああ。ゴメン配慮が足りなかったよ。コンビニ二でも行ってこようかな」


彼女は血を浴びたままなのだ。


「いえいえ、外は危ないかもですから。部屋の中にいてください。あんまり気にしませんから」


と言われても僕の方は気になるよ。


「あの、すいません。服を脱がせてもらっていいですか」


え、なにこの展開……ゴクリ


「いえ、右肩が上がらなくて」


そうだよな。傷がふさがっても無事息災というわけにはいかないのだ。


「目を瞑ってくださいとは言いませんが、これからの行動で今後一生の真さんの評価が決まりますので軽率な行動はお控えくださいね」


随分と信用がないな、僕。まあ、今までの言動からすれば当然と言えば当然だ。

僕は凛の真後ろに立つと目を瞑りおそるおそる凛の上着に手をかけた。

僕の味わった緊張とは裏腹に、あっけなく作業は終わる


「これどうしたらいいのかな」


「あ、放っておいてください。あとで捨てちゃいますので」


まあナイフで穴の開いた血まみれのブラウスなんて使い道はないよね。

女の子のブラウスだけあって、凄く小さい。

このまま持って帰るのはさすがに変態ぽいので、素直に部屋の隅に畳んで置く。


 シャワーの音が聞こえる。

 ああ、僕も汗かいたし、あとでシャワー貸してもらおうかな……なんてことは全く言う気はない。そんな度胸はない。

 壁一枚無効に裸の凛がいるなんて考えるだけでもう僕の精神は限界だった。

 僕はできるだけ頭をからっぽにして時が過ぎるのを待った

 ……


「お待たせしました。終わりましたよー、真さん」


 あ、人影が僕に近づいて……くる


「あああ……ああ……」


「もしもーし、真さんボーっとしてどうしたんですか」


「ま……マコト……僕は……マコ……ト?」


久遠の世界に旅立った僕の精神はこの世界になんとか帰還した。


「ああ、凛。随分と雰囲気が変わったね」


着替えた凛はデニムのパンツとベストという出で立ち。


「ああ、髪を下ろしているからじゃないですか」


そう言いながら凛は、自分の右肩に手をやる。まだ痛むのだろうか。


「さて、行きましょうか」


木野先輩のことをおいておくとしても、まだ一人小町への聞き取りが残っている。

さて、どうしたものだろう。

僕はしばしの逡巡の後、一度発した質問をもう一度繰り返すことにする。


「凛は一体どういうつもりなんだ」


「どういうつもりといいますと?」


「事件の容疑者である僕を助手にして、面倒なことに1人1人訪ね歩くなんてさ。今すぐにでも全員を拘引して、取調室にでも放り込むことはできるんだろう」

 

凛は一瞬、困ったような顔をする・


「真さんは、諦めたんですか?」


諦めるってどういう意味だ。


「この事件の真犯人を見付けることですよ」


 諦めちゃいないさ、でも。

 誤魔化すことはできた。凛を、そして自分を。

 だけど、それは正しい選択ではない気がした。


「確かに僕は迷っている。このまま凛にすべてを任せてしまうという方法もあるんじゃないかって。野槌を野放しにしている警察なんかに、偉そうな顔はされたくないよ。でも、もし犯人が人を殺したのなら、それは裁かれなければならないかもしれない。僕たちは絶対に正義だなんて、言うことはできない。凛になら、任せていいのかもしれない。そんなことを考えている自分がいる。それが目的なのか。僕の気持ちを変えるために僕を助手に?」


僕は思いのたけをすべて吐き出した。


「ははは。それは考え過ぎですよ。真さん。私は策士タイプの人間じゃありません。どちらかといえば決戦兵器といった方がお似合いなのですよ」


凛はいつも通りの笑顔でそう答える。


「あとで、言おうと思ってましたがあの人形屋さんは魔術師です」


突然何の話だ?


「真さんも魔術師の卵といったところでしょうか。魔術師と魔道士の違いというのもありますけれど、それは些細なことなので割愛します。イデオロギー的な対立でもありますし。大事なことはここからです。魔術師は決して魔法使いを名乗りません。魔法使いと名乗ることが許されるのはほんの一握りの人間だけです」


唐突な話。しかしそれが意味のない雑談ではないことは彼女の真剣な眼差しが証明している。


「言葉遊びみたいなものですけれどね。魔術師は誰も魔法を使えないんですよ。魔法に使われているだけなんです。だって、そうでしょう人間は魔法なんてなくても生きていけるんです。なのに、人は魔法を覚えると、その力に沿った生き方しかしなくなります。そういう生き方しかできなくなります。それで人生は楽になるかもしれません。お金持ちになれるかもしれません」


「それでいいという人もいるでしょう。ほとんどの人はそういうと思いますよ。でもね、魔法とはこの世界から放逐された力です。それを使う者もまた普通の社会から放逐されます。どううまく立ち回っても行きつく先はそこしかありません。」


「だから真さん。魔法なんて捨てて下さい。自分の使える力が何かで自己紹介するような悲しい人生は送らないでください。これが私からのお願いです。それは生まれついての魔術師である私が選ぶことのできない選択肢です」


「私は魔法刑事です。だから事件は解決します。でも、神楽坂凛という人間は、仮にそういう存在があるのならば、彼女はそれだけでは満足しません。それが真さんの質問に対する答えです。それではご不満ですか」


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