第10話 最後の容疑者
凛の告白を受けた僕。いや、告白ってそういう意味わけじゃないけれど。
この事件が終わるときまでに必ず結論を出すと約束した。
壊れゆく日常を元に戻すために、歩みを止める訳にはいかない。
凛の部屋を出て、いざ向かうは小町の家だ。
僕たちの5人の中で凛と対面していない最後の一人ということになる。
「人形屋さんは『ギルド』の幹部です。おそらくお岩という男もギルドの構成員でしょう」
道すがら、あの人形屋という男について説明を受ける。
『ギルド』ってなんだ?
「ギルドは魔術師たちの管理組合のようなものですね。違法改造のドリームメーカーが巷に出回って、東京を中心に魔術師が爆発的に数を増やしていく中で、彼らの違法行為を取り締まろうとする2つの流れが生まれました。一つが我々公安13課であり、もう一つが業界団体ある『ギルド』です」
お上に取り締まられる前に、自主ルールを作ることで法改正とか厳しい取締まりを避けるというのはどの業界でもあることっぽいな。
「ギルドが目標とするのは魔法の社会への適合、簡単に言えば魔法をビジネスとして社会に必要不可欠なものにしてしまおうという考えです」
「どんな悪行でも、経済に取り込まれてしまえばこれを駆逐することは難しいって、そういうことかな」
「うーん。多分そんな感じでしょうか。まあ、とにかくあの人形屋さんは悪というわけではないですが、今は敵ということになりますね」
「敵―――なの?
「人形屋さん自身が言ってたように、彼の本業は『人形作り』です。現場に出てくることはないんですよ。彼が出てきたということは、おそらくかなり大きな仕事です。複数の魔術師が雇用される様な。それだけの資金を出せる人間ってどれくらいいるんでしょうかね」
それが野槌の父親と言いたいわけだ。
「はい。異常な死が3つも続けば、魔法を知る人間ならば、魔術師の関与を疑うことはあり得ないことではありません。魔法には魔法を、そう考えるのは自然ではないですか」
そうか、海野先輩が言ってた『プロを雇った』っていうのは、魔法のプロという意味だったのか。
それは、つまり……どういうこと?
「今日街にいるチンピラなんかより何倍も厄介な相手ということですよ。現在当局が把握している魔術師の数は3322人。そのうち600人ほどが『ギルド』のメンバーですが、それは実務能力上位600人と同視してもいいんです」
「魔術師ってそんなにもいるんだ!」
「潜在的な魔術師はその十倍とも言われてますよ。その裏で、その2倍近い廃人や死者が生まれている現実も忘れないでくださいね」
「は……はい。でもさ、人形屋さんは海野先輩を助けてくれたじゃないか」
「海野先輩が今回の事件の関係者だとはまだバレていないようですね。『ギルド』は先ほど言った通りあくまで社会との共存を目的とする組織ですから、『殺し』はご法度ですし、仕事と離れたところで悪事をするような人たちではありません。だけど、事件の犯人を捕まえるのが彼らの目的だとすれば、犯人の運命まで保証することはできないですよ」
そうか、警察よりもさらに厄介な敵が現れたのか。
「状況は昨日までとは大きく違う、そのことを皆さんには理解してもらわないといけませんね。その上で、最善の選択をしてくれると信じています」
僕はふと、周りを見渡す。
普段と変わりのない休日の街。
でも、この街のどこかに魔術師がいる。それも僕たちの敵として。
「僕に何ができるんだろう。何をすべきなんだろうか」
凛は少し困った顔をして、答えてはくれなかった。ただ、そうですねとうなづいて。
◇
「よ、マコト。2日ぶりだね」
小町を迎えに行くと、彼女はノースリーブのワンピースというちょっと刺激的な服装で現れた。
僕らは小町にまず自分たちが置かれている状況を説明した。
「木槌の父親が動いてるわけか。こりゃ厄介なことになってるねぇ」
小町はあっけらかんと答える。
「学校に全員集まって今後のことを話し合うことにしたんだ。小町も、知っていることはどんなことでもいいから教えてくれ」
「うん。それはもちろんだけどさ、答えるのはマコト君が先じゃない?」
と、人差し指で、僕の後ろを指差す。
「妹尾小町さんね。こんにちは、私は神楽坂凛。貴方と同じ学校で隣のクラスに転校してきたばかりなの。ヨロシク」
それに答えて自己紹介する凛。
「マコトくん。その子は誰なのかな?」
それを無視して小町は僕を問い詰める。誤魔化すことはできたと思う。
でも僕は、嘘はつかない。それはフェアじゃない。
嘘を見破ることができる僕だけど、他人に嘘を拒否できる資格は、それは自分もまた嘘をつかないことでしか手に入れることができないだと思うから。
「彼女は、魔法刑事だよ。魔法を使った犯罪を取りしまる公務員だ」
僕は正直に答えた。海野先輩や木野先輩にはきちんと伝えなかった事実。
しかし、これ以上隠すことは難しいだろう。
「こんにちは。凛ちゃん」
ここで初めて小町は、凛の存在を認め、彼女に語りかけた。
「でも、魔法刑事ということだったら、私はあんまり関係ないかな。だって、私は魔法なんて使えないから」
「え、それはどういうことだっ」
僕は少し大げさに驚いて見せた。たしかに彼女はあの日、僕に魔法を使えると説明した。そして、僕はそれが嘘だと気付いていた。ただ、僕の能力が味覚という曖昧なものを用いているから、彼女が嘘をついていることは分かっても、会話の流れの中でどの部分が嘘かどうかまでの判断は難しいのだ。
「サイコメトリング(注:触れた物体の記憶を読み取る能力)がどうだって言ってなかったっけ」
「マコト君は、嘘を見破る能力だなんて説明してくれなかったよね」
それを言われると苦しい。確かに僕は彼女に秘密を作った。
「そんな能力があるなら、嘘をついていた私がバカみたいだよ。だから、ぶっちゃけちゃうと私は嘘をつきました。今ここで告白させてもらうよ」
「で、でもなんで……」
「私だけ仲間外れとか寂しいと思わない? だって、おかしいじゃん。あの装置を使っても魔法が使える確率は10%だって言ったよね。なのに4人が4人とも成功するなんてさぁ。私だけが失敗するなんてさぁ。私ってば不幸だってことは理解してるけど、ちょっとだけ、あんまりよね……」
小町が自嘲気味に笑う。
確かにその点は僕も違和感を感じていたことだ。
ただ、魔法の覚醒については、歳が若いほど確率が上がるという話はアングラサイトのどこかでみかけたので、勝手に納得していたのだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。小町の心の問題の方がずっと大切だ。
「マコト君。マコト君はさ、他人を傷つけても、嘘をつくべきじゃないって考えているでしょう。私はそうじゃない。他人を傷つけるくらいなら、嘘をついた方がずっといいと思う」
「な、なにを……」
「ごめんね。ちょっとだけ、辛い話をするね。みんなでいるところじゃ話せないから。そして、これだけは絶対にマコト君に伝えておかないといけないことだと思うから。
マコト君は、多分この事件を一人でどうにかしたいと思ってるんだろうけどさ、これだけは断言するよ。この事件の解決には絶対に私の力が必要だよ。私を無視してちゃ、絶対に解決しないと思うんだ。マコト君は海野先輩が好きなんでしょ。そして、棗はマコト君のことが好きだった。マコト君は棗のことをきちんと振ることもできずに棗が死んじゃったから、彼女が幽霊になって心の中に住み着いちゃったんでしょう。それが苦しくて、水曜日の集まりに参加していた……」
小町がのべつ幕なしに話を続ける。
それは確かに僕にとって不快な内容だった。
だが、否定できない内容だ。
それが真実がどうか僕にもわからない。
彼女が語っていることは僕がずっと無視してきた僕自身の心の棘の話だからだ。
「マコト君は本当にこの事件の真実を知りたいの。本当にそんな必要があるのかな。今からでも、凛ちゃんといちゃいちゃしてもいいんだよ?吹雪先輩に告白してみたらどうかな。それよりも、なによりも海野先輩に思いのたけぶつけてきなさいよ。何もいつまでも棗になんか縛られる必要はないんだよ。マコト君は最初から最後まで第三者なんだよ。
それでも、やっぱりマコト君がこの事件に決着をつけたいというなら、私はそれでいいと思う。マコト君にできないことを私がしてあげるよ」
小町の言葉は僕を混乱の渦の真っ只中に突き落とした。
僕は、呆然としてしばらく何も考えることができなかった。
「凛。小町に聞きたいことはないのかい」
「ない」
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