第11話 再結集(?)
いつもと違い積極的な小町に押しに押されて萎縮してしまった僕。
どうしたんだろうと疑問に思ったけど、良く考えたら僕たちを取り巻く状況は激変している。
『どうにかしよう』と考えているのが僕だけだなんて思い上がりもいい所だった。
僕は本当にこの事件の真相を知りたいのだろうか。
当たり前すぎることだと思って考えもしなかった。
真犯人に辿り着き、彼もしくは彼女がすべてを告白してくれさえすれば、あとはどうにでもなるという根拠のない自信があった。
いや、自信というよりも焦りか。
小町はもっと何かを言いたそうだったけれど、それ以上は何も言わなかった。
僕の決断を待ってくれているのかな。
棗との関係について指摘されたことも、僕には強烈な一撃だった。
棗は最高の幼馴染だったし、ずっと最高の幼馴染でいてほしかった。
彼女に告白されたこと自体、僕の『些細なこと』とタグづけられた箱の中に押し込められていた。
棗が僕のことを好きだと言ったこと自体、何かの勘違いだと思っている。一時の気の迷い。僕と棗じゃ釣り合わない。
僕は、海野先輩に認められたいと必死で足掻いているそんな男だ。
そんな何かになる途中の、中途半端な存在である僕が、誰かに好きになってもらえるはずがない。
そう考える一方で、そんな言い訳を用意して、彼女に真剣に向き合おうとしない自分が地上最低の人間のような気がして自己嫌悪にも陥った。
そして、そんな僕が煮詰まることもなく、思い詰めることもなく、進退極まることもなく、彼女が死んでしまった。
僕自信、今になってようやくそう言葉に出来たあのときの僕を、小町はずっと見ていたのか。
僕を責めるでなく、嘲るでなく、励ますでなく、慰めるでなく、小町は1年間ずっとそばにいた。
見せてはならないモノを見せてしまったような気がして、僕は凛とも口を聞くことが出来なかった。
◇
「よーし、ばっちこーい」
いつもの見慣れた校庭。
グラウンドには、既に海野先輩と木野先輩が到着していた。
仲睦まじく、サッカーボールを使って遊んでいる。
海野先輩は運動神経においても学年のトップランカーといってよいけれど、相手は武道の達人である木野先輩だ。
木野先輩のキープするボールを奪いにかかる海野先輩が完全に遊ばれているという状況だ。
「あ、まーと小町、あと凛ちゃんだ。こっちこっち」
海野先輩が僕らを見つけて全力で手を振ってくれる。
木野先輩がそれに反応して動きを止めた瞬間、海野先輩はボールを大きく蹴る飛ばした。
「へへーん。私のかちぃ」
海野先輩が木野先輩の隙をついた形だが、本当のところ木野先輩が油断したとは思えない。最後の最後、海野先輩に勝ちを譲るためにわざと罠にかかった振りをしたのだろう。
まったく。海野先輩の扱い方に慣れている。
「まー。ボールとってきてよ」
グラウンドの端まで飛んで行ったボールを、なぜか僕が取りに行かされた
◇
「さて、あとは綾瀬っちだけか。言い出しっぺが来ないなんてことはないよね」
「ああ。生徒会が忙しいんだろう。休日だというの大変だな」
僕たち5人は校庭の隅に移動し、砂場の近くに集まっていた。
僕自身に迷いはあっても全員が集まって話し合えば何らかの結論は出るだろう。
最後の一人、綾瀬先輩を待つあいだ、僕は、まず人形屋たちの正体について説明した。
「私は、気が付いたら助け出されてたって感じだからねぇ。連中も随分と怖がってて逆らおうともしてなかったって印象だったけど」
「この日本に魔術師の組織があるなんてな。全く信じられない話だ」
「野槌がその人形屋たちを雇ったっていうことだけど、どれくらいの費用がかかるのかな」
「それについては凛が詳しいから聞いてみよう」
凛の正体については明かさざるを得ないが、それについては全員が揃うまで待ってほしいとお願いした。
「まぁ、魔術師を一人雇うとして、1日30万。人形屋レベルになると100万から200万といったところかな。もちろん金を出せば誰でもってわけにはいかないよ。十分な信用がある前提」
「それが、現代社会における魔法の価値という訳か」
「案外安いわね」
「海野先輩の経済感覚がおかしいだけですっ」
「いえ、個人からすれば大金かもしれないですが、組織にとってははした金だとは言えると思います。魔法は強力なツールですが、絶対的な切り札にはなり得ないですから」
と凛がフォローを入れる。
僕たちは魔法を手に入れることで特別な存在になれると思っていた。
でもそれは、所詮一般の人々と比べて少し特別というだけのことなのだ。
この世界にとっては、それどころか人間の社会にとってさえも許容範囲の中の事象でしかないというわけだ。
「野槌は、仲間が次々と異常な殺され方をされていることに恐怖を感じたんだね。それで父親に頼んで『ギルド』とかいうところに頼らざるを得なかった」
と小町。
「野槌、奴にはそれだけの力があるということか」
僕は悔しげにそう言った。
「逆にいえば、私たちはその野槌と対等に渡り合えるだけの力を手に入れたってことでしょ」
「魔法の力は滅びの力です」
「あら、私たちよりもずっと魔法使いな凛ちゃんがそんなことを言うの」
「私だから、そう言えるんですよ」
「なるほど、そろそろ凛ちゃんの正体を発表してもらう時間かな」
「ちょ、それは、綾瀬先輩がっ」
慌てる僕を凛が制止する。
「隠すつもりはないですよ。でもその前に最後に一つだけ。木野先輩の魔法を見せてもらえませんか?機会を失してしまいました」
「ふーん。だって」
「ああ。俺は構わない。ここで一度整理しておくぞ。逢坂は、他人の嘘を見破る、一種のマインド・リーディング、乙女は遠くの音を聞くクレアオーディエンス、慎太郎は他人の能力を分析する能力。小町は残念ながら魔法を使えない。そういうことだな」
それは僕にとっては既知の情報だけれど、全員が共有しておく必要はあるだろう。
「小町。サッカーボールを持ってその砂場に立ってもらえないか」
「あ、はい」
木野先輩は小町に指示して、10メートルほど離れた場所に立たせる。
「これが俺に能力だ」
木野先輩はそういうと、いったん目を閉じて天を仰いだ。
そして深呼吸をすると、目を開き、小町の持つサッカーボールに焦点を合わせる。
ブワッ
つむじ風が巻き起こった。
小町の足元に突如発生したそれは、一気に吹き上がり、小町のワンピースのスカートをめくりあげた。
露わになる下半身。
彼女がワンピースの下に身に付けた小さな布きれは……
「イチゴのパンツ……」
一瞬、何が起こったか分からなかった。
スカートを押さえるとその場にしゃがみ込む小町。顔が真っ赤だ
「木野先輩の能力は、スカートめくり……ってことですか」
いや、そんなハズがないけど……。
「何やってんのよ、甲丙!」
鬼の形相でローキックを連打する海野先輩。
木野先輩は、ただただ平謝りするばかりだ。
僕は事態を収めようと、気の利いたセリフを叫んだ
「だ、大丈夫ですよ。イチゴのパンツは見せパンだからっ」
海野先輩が僕を殴る。
小町が僕を殴る
凛までも僕を殴る
いったい、なぜなんだ……
◇
ブワァッ
先ほどよりも一回り大きなつむじ風が起こり、砂場の砂が大きく巻き上げられた。
「これ俺の能力だ」
「一種のテレキネシスだな。焦点を合わせた場所に衝撃波を生み出す。見つめる時間が長いほど強力な衝撃波を生み出すことができる」
仕切り直しで、木野先輩がその能力を披露する。
先輩らしいというべきか、非常に攻撃的な能力だ。
「まだまだ安定していなくてな。実戦で使うほどの精度はない」
先輩の言葉に嘘はなかった。
こうして僕は5人全員の能力を把握することができたことになる。
ならば、僕にこの事件の真相が分かるはずだということなのだろうか。
綾瀬先輩は容疑者から外れる。小町は共犯という可能性は残るが、とりあえず外していいだろう。
海野先輩と木野先輩は常に一緒に行動している。
となれば答えはひとつ。
真犯人は木野先輩と海野先輩ということではないのか。
精度が問題とはいえ、木野先輩の能力は人を殺すにはおあつらえ向きだ。
「木野先輩。先輩はこれからどうすべきと考えているのですか」
先輩が犯人かどうか。少し強引な方法を使えば、僕の能力を使えばそれは明らかになる。
しかし、それが何になる。
僕の目的は先輩たちを警察に突き出すことではないはずだ。
「俺は、俺たちの中の一人が罪を犯したというならば、それは俺たち全員の罪だと思う。だが、その罪を償うために政府に身を委ねる必要もなかろう。検察志望の俺がいうのもおかしな話だがな。ただ、法で裁けない悪人がいるのであれば、法に依らない贖罪もあると考えている」
「甲丙の話は難しすぎ」
「少しは真面目に聞いてくれ。だが、今必要なのは、人形屋たちへの対策だ。『ギルド』の話が本当だとすれば、俺たちの能力を売り込むことで奴らに取り込むことができると思うのだが、意見を聞きたい」
「え、敵の味方になるってこと?」
「野槌は所詮、ギルドの一顧客に過ぎない。今回の事件の真相については分からないということで決着をつける方法はあるんじゃないか。まあ、いい。俺が言いたいのは真犯人が誰であれ、全員が責任を取ればいいってことだ」
「木野先輩は、野槌のことはどうでもいいっていうんですか?」
「そうは言わんが、引き際も肝心というだろう。そもそも、俺たちの目的はこういった暴力的な解決じゃなかったはずだ。事態がこうなった以上は諦めるべきは諦める、それが最善の道だ」
「そんなに簡単に割り切れるなら、苦労はしないわよねぇ」
茶々を入れるのは海野先輩。
「野槌たちを全員殺しちゃってから、人形屋たちと和睦するって方法はどうかしら」
「おい、俺たちはマフィアじゃないんだぞ」
「冗談、冗談だってば」
僕の能力は、嘘を見破ることはできても、提案が本気かどうかまでは知ることができない。提案はあくまで提案であって、実現可能性が低いとしても嘘ではない。
しかし、木野先輩の考え方自体は僕が反対するようなものではなかった。
これ以上、真実の追求は必要ないのだろうか。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
聞き慣れない電子音が響く。
「あ、私だ」
海野先輩が携帯電話をとる。秘密の電話の方だ。
「あ、綾瀬っち? みんな集まってるよ。 え、なになに。来れないってどういうことよ……」
結局、この日、僕たちは再び集まることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます