第12話 2日目の終わり

「僕がそこに行けないことについては申し訳ないと思っている。だけど、状況は僕が思っていたよりもずっと悪い」


 携帯電話から発せられる綾瀬先輩の声はスピーカーモードでここにいる全員に伝えられた。


「野槌が雇ったのは不良たちだけじゃなかったんだ。『ギルド』と呼ばれる専業の魔術師集団。奴はそいつらを用心棒代わりに雇ったようだ。僕からの忠告だけれど、決して彼らと争うおうなんて考えるな。彼らはプロだ。素人の僕たちが敵う筈がない。いいかな」


情報の行き違いになっているが、それは僕たちには周知の事実だった。


「奴らはすでに僕にまで辿り付いている。もちろん何か確信があるわけじゃない。ただ、\大悪党の野槌といえども人を殺したケースは数えるほどだよ。だから野槌によって『殺された』綾瀬棗の名前に辿り付くのは容易なんだ。そうなれば、その兄である綾瀬慎太郎が今回の事件の容疑者のひとりに上がるのは当然だと言えるね。ああ、『ただの幼馴染』である『みんな』にまで直ちに疑いが向くとは思わないけれど、僕を匿っていると疑われることはあるかもしれない。幸い僕には親しい友人が何人もいるからね。だから、『みんな』はまだしばらく自由に行動できるハズだ」


「そうだよ。僕はしばらく身を隠す。といっても数日が限界だろうけどね。それまでに何とか事態がいい方向に向かえば良いのだけど。こんな事態に至った原因を作ったのは僕だ。だから、最悪僕のことは諦めてもらって構わない。とにかく君たちが日常に戻れる方法を模索してほしい。いいかい。大事なのは元の日常に戻ることだ。それを忘れないでくれ。ああ、文句は聞きたくないから一方的に切るね。戦友たちの健闘を祈る。


 綾瀬先輩は一方的にしゃべると電話を切った。それきり綾瀬先輩が電話にでることはなかった。


「な、なによそれ。甲丙、どうするのよ!」


海野先輩は今までにない狼狽ぶりを見せた。


「分かってる。分かってるよ。落ち着け。すべては想定の範囲内だ。状況が悪化したわけじゃない。俺たちがすべきことは何も変わってないんだ」


「じゃあ、俺たちがすべきことって何よ」


海野先輩は木野先輩に掴みかからんばかりだ


「それをもう一度みんなで話し合うその前に。神楽坂凛さん、貴方が普通の人でないことはよく分かっています。そろそろ貴方の正体を教えてくれませんか」


木野先輩が慇懃に凛に問いかけると全員の視線が凛に集中する。


「そうですね。仲の良い皆さんの中に、私のような異物が一人混ざって、随分と不快な想いをさせて申し訳ありません。まず神楽坂凛とは紛れもない私の本名です。この世で私のモノと断言できる数少ないものの一つです。その点は嘘偽りはありません。そして本題ですが実は私は魔法刑事なのです」


凛は右目の横に横ピースを作ってキメ顔を作る。僕に自己紹介したときは無かったけどな、キメポーズ。


「それって、どういうこと。刑事ってことは警察の人間? 」


小町が睨みつけるような表情で身構える。こんな怖い顔の小町を俺を見たことはなかった。


「落ちつけよ、小町」


「マコト君。説明してよ、二人はグルなの?」


今度は僕が睨まれる番。


「グルも何もありませんよ。逢坂さんについては私の捜査に協力してもらっただけです。脅して無理矢理お願いしたことなので、逢坂さんを責めるのは止めてください」


「警察なんかが偉そうに」


 到底納得できない様子で凛に冷たい視線を向ける小町。小町こんな一面があったことに正直僕は驚いている。


「俺たちの中に犯人がいる、そう言いたいんだな」


対照的に木野先輩は落ち着いた様子で、腕を組み確認するように訪ねてくる。


「貴方たちの中に、今回の少年3人の殺害犯がいると私は確信しています。でも、私は犯人当てをするためにここにいる訳じゃなりません」


「ほう」


「皆さんは未成年です。被害者側にも落ち度もありますし情状酌量の余地は十分にあります。だから、罪を名乗り出てください。罪を償って、そうしてまた戻ってきてください」


「月並みのセリフだな」


「私は刑事ですから。刑事なら皆、私と同じことを思っていますよ。木野さんは検事志望というじゃないですか。貴方は私の意見に同意できませんか?」


「残念だが、俺は君みたいに作られた正義を盲信することはできない。すべての罪が司法によって裁かれるべきとは思わないな」


「そうよ。警察なんて信じられない。警察が野槌たちを逮捕していたら、こんなことにならなかったんじゃないの。私たちが一年間どれだけ苦しんだか分かっているの」


「死んだ3人にだって、家族はいたんですよ」


叫ぶような声の小町に、凛は諭すように優しく答える。

ガツと小町がグラウンドを蹴りあげると、舞いあがった土が凛を汚す。


「おい、止めろよ小町」


「へぇ、そいつを庇うんだ」


「そういう話じゃないだろ」


 僕は小町と凛の間に割って入る。小町は今にも僕に殴りかかってもおかしくない、すっかり火の入った怒りの表情だ。

 僕たち二人はしばらく睨み合った。いや、それはほんの一瞬のことだったんだろう。


「私、真君のことを裏切り者だなんて言いたくない。だから帰る」


 いや、言ってるじゃんってツッコミはこのシリアスな雰囲気ではとても口に出せない。


「まってください。最後に逢坂さんの話を聞いてください」


と凛。

え?僕の話、なにそれ?


「そうだな。逢坂、お前の話を聞こう」


木野先輩までもが僕に振る。

僕になにをしろっていうんだ。

今にも去って行く様子の小町も立ち止まり僕の方を見つめている


「えーと、えーと。状況を整理するとデスネ……」


突然のことにきょどってしまう僕。いや、分かる。分かっているんだ、やらないといけないことは。


「逢坂さんは、私より先に犯人を探そうとしていたんでしょう。いいですよ、今ここで犯人を見つけてしまってくれていいですよ」


凛が服についた土を払いながら言う。


「刑事失格かもしれませんけどね。自体はもはや犯人を捕まえて終りというわけにはいかないのです。逢坂さんたち5人の安全の問題でもありますから。ちゃんと私が最後まで責任を取ります、少しは私を信用してくださいよ。」


「え、あ……」


 確かに僕は凛より先に事件の犯人を見つけようとした。その上でこうしてみんなが集まって、すべてを正直に話してもらえば、そうすればきっと何かいい解決策が浮かぶだなんて考えていた。


「真君はさ、5人を集めて何をしようと思っていたの」


小町が僕に問いかける


「もう一度言うね、ここに私たち5人を集めて何をしようと思っていたの?犯人当て? それとも、罪の告白をするようにお説教でもするつもりだったのかな。でも、そんなことに意味があるとは私思えない。私はね、ホント誰が犯人かなんて興味がないの。大事なのは私たち5人が変わらず一緒にいられることじゃないの? 」


そういうと小町は踵を返し校庭を去った。

僕はそんな彼女をただ黙って見届けるしかできなかった。


「逢坂。俺は、言ったように5人全員で罪を償えばいいと思っている」


呆然としていた僕に今度は木野先輩が畳み掛けるように言葉を浴びせかける


「逢坂、俺たちの魔法の中で、お前の能力だけ特殊だといえる点がある。分かるか」


突然話題を変える木野先輩。唐突な話題に僕の脳みそはついていけない。

体格のいい先輩に問い詰められると、思わず萎縮してしまう。


「逢坂。お前の能力だけは、その能力が本物なのかどうか誰にもわからないってことだ。他人の嘘が分かるというが、本当に嘘を見破っているかどうか俺たちに確認する方法はない。お前が知り得る真実は、お前だけの真実でしかないってことだ」


 え? え? つまりどういうこと?

 頭の回転の悪い僕には木野先輩が伝えたいことが理解できない。


「逢坂。俺はお前を信じるよ。みんなお前の言葉を信じている。お前の力はその信用の上に成り立っているということを忘れるなよ。俺は乙女を悲しませたくはない。だから犯人当てなんかに参加するつもりはないんだよ」


 さてといって木野先輩もこの場を立ち去ろうとする。


「最後にお前が聞きたかったことに答えてやる。俺は三人を殺してないぞ。嘘も叙述トリックも無しだ。件原、豆狸、元興寺の三人を殺したのは俺じゃない。一晩よく考えてみろ。今後のことはまた話し合えばいいだろう。じゃあ先に帰るわ」


 木野先輩は一人去っていく。

 校庭から二人の人間が去り、残ったのは三人。

 海野先輩は彼を追おうとはしない。海野先輩はずっとうつむきかげんで黙ったままでいる。

 俺は乙女を悲しませたくはないという木野先輩の言葉が頭をよぎる。

 俺は海野先輩を傷つけていたのだろうか。

 

「まー。甲丙が変なことを言ったけどさ。気にする必要はないからね」


「えっ」


「私は仲間を絶対に疑ったりはしないよ。だから、私たちの中に犯人がいるとか、誰が犯人だとか、考えたくないってのはある。でも、そんな私自身が正しいかどうかなんて分からないもの」


海野先輩は妙にしおらしく、片足でグラウンドに図形を書きながら話を続ける。


「私にだって分かってることがあるよ。まーだって、仲間を疑うことは辛いんだよね。ただでさえ、自分がこれからどうなるか分からないのにさ。もし、私たちの中に犯人がいるとしたらさ、なんで一人でそんなことをしたのかとか考えたらきりがないよね。まー最近おかしかったもん。いきなりおっぱいの話し出したりさ。うん、そんなことは魔法なんてなくても分かるよ」


 そこまでいうと、海野先輩は今までの沈んだ表情を打ち消すような満面の笑顔を作り、右手の指を3つ立てて前に突き出した


「まーに言いたいことは3つ。本当に大事なことは聞いて答えてもらえるなんて思うなってこと。それと、勝手な思い込みを捨てろってこと。最後はもう少しだけがんばれってこと。頼りにしてるぞ」


はははっと海野先輩は恥ずかしそうに笑い声をあげるとゆっくりと僕たちから離れて言った。

彼女の姿が見えなくなるまで僕は先輩を見送った。


「海野先輩は僕に何を言いたかったんだろうか」


「本当に大事なことは聞いて答えてもらえるなんて思うな」


凛がそう答える。


「いや、それはそうなんだけどさ。勝手な思い込みってなんだ。もしかして、僕たち5人の中に犯人がいるって前提がただの思い込みなんじゃ……」


「それは違います。犯人は逢坂さんたち5人の中にいますよ。それは間違いないです」


「そ……そうなんだ……もしかして、凛はもう犯人が誰か分かっているんじゃないの」


「本当に大事なことは聞いて答えてもらえるなんて思うな」


「いや、それはそうなんだけどさ……もう、全部凛に任せてしまった方がいいのかなとか思ってさ。俺が犯人を探そうとしていたこと自体が大きな間違いだったんじゃないかと思い始めてる……」


「本当に大事なことは聞いて答えてもらえるなんて思うな……っていうのは意地悪ですね。逢坂さん。逢坂さんがしようとしていることは正しいと私は思います。刑事は犯人を追います。被害者のために、そして犯人のために、です。ただの高校生である逢坂さんが3人もの人間を殺したら、どうですか。憎っくき仇を殺せてハッピーですか。私は違うと思います。犯人も絶対に苦しんでいるんですよ。犯人を明らかにせず5人で償おうなんて、詭弁ですよ詭弁」


凛はきっぱりとそう言い切る


「凛ってさ。やっぱ頭がいいんだろうな。俺にはもう何が何だかわからないよ。5人を集めて何がしたかったんだって、言われてショックだった。みんなで話し合えばさ、なんとなく解決するかなって、その程度しか考えてないんだよ、俺は。魔法刑事の好敵手を多少気取ってた自分が恥ずかしいわ」


なんて俺の愚痴を凛は言葉半分にしか聞いていないようで


「5人を集めて何がしたかったですか……なるほど。そうですね!5人を集めて何がしたかったんだろう。5人を集めて何がしたかったんだろう」


凛が何か納得した様子で何度もそう繰り返す。


「おい、それ以上僕の傷口を広げるのは止めろよ!」


とツッコミをいれるけど、凛はしれっとした表情で


「そうですね。少しは魔法刑事の助手らしい仕事をしてみたらどうでしょうか?今から、犯行現場に行ってみましょう」


なんてことを言い出した








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