第13話 密室談義(上)

 結局僕は何がしたかったんだろう。

 自分自身の進むべき道が見えなくなった今、ライバルだったはずの凛が僕に犯人を捜せと励ます。

 皮肉なものだ。

 僕を励ますためか、凛は今回の事件現場に行こうなどと言い出したのだった。


 5階建ての商業施設の屋上。

 それが第三の死体発見現場だった。

 今回の3つの事件の中で、最後に実行されたと思しき元興寺殺害事件。

 それは、バラバラ殺人というショッキングな内容だけに、犯人も随分と手の込んだ仕掛けをしたらしい。

 

「行動からは意志が推測できます。意志からは人格が推測できます」


とは凛刑事のありがたいお言葉だ。


 四方が5メートル以上ある鉄の板に囲まれた殺風景な場所。

 真上を見上げれば空は見えるが、それ以外に四方の鉄壁を支える支柱くらいしか目に留まるものはない。

階下につながる階段だけがここに立ち入る方法だ。


「なんだか、息が詰まるところだね。ミニチュアの監獄みたいだ。」


「ただの看板ですよ。裏っ側から見ると随分とつまらないですね」


 なるほど。近くで見ると随分と大きいんだなと感心する。

 看板は屋上の縁にぴったりと打ちつけられており、隙間のようなものはなかった。

 まさに水も漏らさぬ鉄壁の守りだ。


「こんなとこ、普段は人が近づかないんじゃないかな。よく死体が見つかったね」


「ええ。1階の錠が壊されていたんですよ。それで全館点検ということになって、一応屋上も調べることになったそうです」


 なるほど。こうしたやりとりをすると、本当に刑事になった気がするな。


「元興寺さんの死体は細切れになってここに散らばっていたそうですよ」


「うえええええ」


 僕は慌てて足元を見る。血の跡はもう残っていないようだが、もしかしてここにも体の一部が転がっていたのかもしれない。


「遺体を見せる訳にはいきませんけどね。でも、少しは人が死んだんだって実感を持ってもらえると助かります」


「死体を見たいとは思わないけど、確かに今までずっと恨んでいた相手がもうこの世にいないと考えると、なんだか不思議な気持ちになるな」


「皆さんにとっては憎い仇かもしれませんが、それでも人間が死んだんです。そのことは忘れないでくださいね」


そのことを伝えたかったから、僕をこの場所に連れてきたのだろうか。


「それは違いますよ。この事件が密室事件だったので、ちょっとマコマコにも考えてもらおうかなと思ったんです。現実には密室殺人なんてほとんどありえないですからね」


 僕の考えは御見通しのようで。

 だけど、なぜ凛は僕に犯人を探せなんていうのだろう。

 僕は凛たち警察よりも先に犯人を知りたかった、その動機は今では薄らいでいる。

 正直、凛が犯人を捕まえて事件は解決、それで終わってもいいんじゃないかと思っている。

 僕たちがすべきはその後の罪滅ぼし、木野先輩の意見に反対するつもりはない。


「被害者元興寺が発見されたのは、昼の10時ころです。前日の昼12時ころに目撃されたのが最後ですから、犯行時間はその間ってことになりますね。状況からして、ここで殺されたか、もしくは死体が運び込まれたのは従業員が全員帰宅した午後11時45分以降ということになります」


凛は真意を明かさないままにテキパキと状況だけを適切に僕に説明する。

死体は20cm間隔くらいにバラバラにされてたそうで、死亡時刻などは特定できなかったそうだ。


「道具を使わずに四方の看板を登るのは困難。階下への階段は監視カメラに見張られていたが、人物は映っていないと」


「ハイ。監視カメラなどは遠隔操作で、この施設に守衛さんなどはいなかったんですが、2階より上に登った人間はいないのは間違いないです」


「1階はどうなってるの?誰かが侵入してたんだよね」


「1階は別管理になってて監視カメラがなかったんですよ。元々ここにあった商店街が組合を作って管理しているようです。個人店舗が10件ほどとチェーンの飲食店が3件、あとはコンビニとスポーツジムがありますね。どこも目に見える被害はなかったようです」


 なるほど。

 この状況から合理的に導き出される唯一の回答は……


「わかったぞ。犯人は死体をバラバラにした後、ヘリコプターで上空からこの場所に死体を投げ落としたんだ」


ドヤ!僕の推理力が試される瞬間


「うーん。死体がバラバラだというところから、他の場所から運び込んだのではと考えたのはいい線だと思います。しかし、ヘリコプターなんて簡単に用意できるものではないですからね」


「今なら、大型のドローンとかを使えば可能なんじゃないかな!?」


「あいにく当日は大雨だったんです。とてもドローンを飛ばせる状況ではないです」


 そうか。完璧な推理だと思ったんだが。

 もしかして、警察は何か重大なものを見落としているのかもしれない。

 僕は現場を見渡す。

 先入観を捨て、真っ白な心で周囲を見渡す


「あった!これだ!」


 僕は叫ぶ。何と地面に穴が開いてるではないか。犯人はこの穴を通って出入りしたに違いない。


「それは排水溝ですね。四方の壁がぴっちりと固定されているので排水溝がないと、ここは大きな水槽になってしまいますからね。南北に二か所、かなり大きめですが半径15cmといったところでしょうか。スリムな私でもちょっとこの中は通れないかな」


「腕だけなら何とか入りそうだ」


「それでどうするんですか?」


 その排水管は金属製の丈夫な管で、節々はしっかりと溶接されている。1階までまっすぐに伸びるその管に、一部が外された様子はなかった


「いや、逆にこれくらい丈夫な排水管ならよじ登れそうじゃないか」


1階から5階までまっすぐに伸びる金属の管。ロッククライムの経験者なら登れそうな気もする。問題は5階部分からコンクリートの建物内部に入り込んでしまっているところだ。結局、外からここに入るには5メートルの金属看板を乗り越えなければならない。

 僕は、丁度ここの1階にあるスポーツジムの会員だったので、あることを思い出す

 

「たしか、1階のスポーツジムにはボルダリング、クライミングの施設があったはずなんだ。だとすれば、クライミング用のロープやハーネスも置いてあったかもしれない」


「たしかに、マコマコたち5人が揃ってジムの会員であることは調査済みです。なるほど、ロープクライミングで30メートルほどを登るのが不可能だとは言えませんね。それがごく普通の高校生であったとしても、可能性がゼロとは言えません」


それが正答にほど遠いのは凛の声のトーンから明らかだった。


「いえいえ、私だって正答を持っているわけじゃないですよ。そもそも密室をパズルと考えれば、条件を満たす答えは全て平等といえます」


パズルならね。


「強いて言えば、クライミング用のロープやハーネスならば事前に準備すれば済む話ですね。わざわざ犯人が1階に侵入した理由から攻めたのは、イイ線いってますよ」


「じゃあ、トランポリンを使って……いや、そうだ。フライボードってあるだろ。『水圧で空を飛ぶ奴』だよ。分からない人に詳しく説明すると、水上バイクから噴出された水をホースで誘導して下向きに発射し、その水圧で人間が乗ったボードを飛ばす装置だよ」


「いや、フライボードは知ってますよ。まあ、水はプールからホースを伸ばせば何とかなるかもしれませんけど、地上でフライボードなんて使って大丈夫なのかしらね。それにたぶん10メートルくらいが限界だと思いますよ。流石に5階建ての建物を飛び越えられない気がするかなぁ」


「イイ線はいってないか?」


「イイ線ですよ。イイ線。ブレインストーミング的にはイイ線です。それにしても、やはりマコマコも一般人というか、常識的な考えというか。うーん、やっぱりそうなりますか」


「何か、ご不満があるのかな」


「確かに刑事っぽいが、魔法刑事っぽくはありませんねってことです」


「ああ」


なるほど。一番大事なことを忘れていた。凛は魔法刑事なんだ。


「魔法を使えば……そうだ。魔法を使えばいいだけじゃないか。凛ならぴょーんと飛んで1階からここに来ることもできるんじゃ?」


「はい、できますね」


「60kgの死体を背負ってたって」


「はい、60kgの遺体を背負っていても、私ならできますね」


「つまり、魔法が使えれば誰にでも……」


「いえいえ、誰にでも魔法は使えません。マコマコも今までのことでよく分かっているはずです。人はそんなに簡単に魔法を使えないんですよ。魔術師のたまごさんでは『そういうことのできる能力』でもないかぎり、そう簡単な話ではないですよ」


そこで一呼吸おいて


「だから犯人は、普通じゃない人間だって結論であれば、みんな幸せなんですけどね。『そういうことのできる能力』があれば、なんとでもできるあたりこのパズルはパズルになっていないんですけどね。少なくとも容疑者の中にはいませんよね」


 凛は俺たち5人の中に間違いなく犯人がいると断言した。そこに嘘はない。

 もちろん凛の勘違いという可能性は残っているけれど。


「さて、もう必要な情報は揃ったんじゃないですか。これ以上のヒントはマコマコに対して失礼というモノですね」


「いや、全然わからねぇ」


「だったら、もう少しですよ」


「なぁ、凛。僕は君よりも先に犯人を見つけようと思っていた。警察に捕まる前に僕たちの手ですべてを解決したかった。なのに、君は犯人が分かっているのになぜ、捕まえようとしないんだ。答えられないならそれでもいい。せめて犯人が誰かだけでも教えてくれよ」


 凛が僕にこの事件の真相を解かせようとしていること、それが単なる遊び心からではないくらいは察しがついていた。

 元々、僕が言い出したことだ。仲間のことは仲間うちで解決してみせろという温情を無下にしているのかもしれない。

 だけれど、ここらが僕の限界だ。能力の限界。精神力の限界。

 密室の謎。犯人捜し。その先にいる強大な敵。

 この物語が、魔法刑事神楽坂凛の物語だということを僕は痛感していた。

 

「わかりました。今日の捜査も次でおしまいです。学校に行きましょう。私たちの学校に」


 魔法刑事神楽坂凛は凛として、そう告げた。

 僕の弱音さえも見透かしていたように。





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