第26話 終りでもなく始まりでもなく


あれから一週間が過ぎた。

余りに多くのことが一度に起こったので、僕らはその後始末に追われ何かを考える時間など与えられなかった。

死者200人強、行方不明者50人以上という未曽有の事態に巻き込まれてしまった僕らの母校。

組織としては存続するが、流石に惨劇の舞台となった校舎はもう使えないだろうというのが大方の見方だ。これからのことが決まるには、まだまだ時間がかかる。

そんなわけで世間はもう夏休みに突入していたが、僕らは臨時休校なのか夏休みなのか、曖昧な時間の中で過ごしていた。

さすがに隠蔽の仕様がないと思えたこの事件だが、表向きには『大陸で起こっている内戦への参加を呼び掛ける極右集団』による学校占拠、無理心中事件ということで処理されるらしい。

公安と『ギルド』、2つの勢力が一致団結して隠蔽に奔走した結果だ。

ギルドの幹部や野槌の部下たちが、凶悪犯罪を起こした危険思想集団という汚名を着せられることになったのは可哀そうな気がするけれど。

ああ、そういえばテレビでは『極右集団』の幹部たちが逮捕される映像が流されていたのだけれど、僕には彼ら幹部たちが人形屋の遺した人形だろうことが一目で分かった。

きっとギルドの幹部である彼は、こうして『後始末』をさせるコマを確保していたのだろう。彼の作った人形はこの先も色々なところで大人たちの都合のいいように利用されていくのかもしれない。

 人形屋は僕が知る唯一の本物の魔術師だ。魔術師として生き、魔術師として死んだ。

彼は自分の死を予感していながらも、決して逃げなかった。彼は、僕が守ろうとしたものよりもずっと大きなものを守るために死んだ。それは分かる。

 僕もいつかそういう大人になれるのだろうか。

 立ち止まり、立ちはだかることができると思えるその日まで、僕は魔術師であることを止めようと思う。


 綾瀬先輩がどうなったかは僕には分からない。おそらくギルドの構成員として、そして棗を生き返らせる魔術師を見つけるために、どこかで暗躍を続けるのだろう。個人的な恨みはない。いや、個としての僕はアイツを憎しみ切れない。ただ綾瀬先輩が悪であるということは断言できる。断罪できる。

 今はただ、いつかどこかで誰かが彼を止めてくれることを祈るばかりだ。


 風吹先輩はただのテロの被害者として葬られた。

 果たして葬られた真実は掘り返されるべきなのか。

いつか彼女が墓穴から引きずり出される日が来るとすれば、出来過ぎた皮肉だ。


野槌がテログループの幹部だったのではないかという噂は一時インターネット上に広まった。しかし、父親の圧力によりまた彼に関する記述は消し去られた。

 もはや彼がこの事件の加害者だったのか被害者のだったかさえ誰にもわからない。

それでいいと思う。

 罪を逃れようとした彼は未来永劫誰にも裁かれることなく、さまよい続ければいいのだ。


 あれ以来、凛にはあっていないけれど、メールやSNSを使った交流は続いている。

 数百人の犠牲者を出した大失態の責任を取らされ『処分もしくはラボ送り』になるなんて怖いことを言っていたので「僕たちが絶対そんなことはさせない」と応答すると、「ヤダなぁ、半分以上は冗談ですよ」と随分と喜んでいる様子が伝わってきた。

 その凛、今回も僕らの知らないところで、綾瀬の部下を10人以上逮捕していたらしい。

 彼らの妨害が無ければ、綾瀬の凶行も阻止できたはずだ。

 凛の上司は、改造ドリームメーカーの摘発も後手後手に回り、雨後の竹の子のように魔術師の卵が産まれている現状。一人一人の捜査員の力量の問題ではなく、組織の問題として取り組む必要があると上層部に直談判したらしい。

 そんな機密っぽいこと喋っていいのと尋ねると、上司から悩みを相談できる友人ができてよかったなと励まされたと返ってきた。

 まあ、職場でも、楽しそうにやっているようだ。

 僕はもう二度と彼女たちの世界に足を踏み入れないでいようと誓ったけれど、彼女とはずっと友達でいたい。


 小町は病院に入院している。

 凛たちが手を回してくれたおかげで、刑事的に処罰されることはないだろうということだ。

 それはアンフェアだと思う人もいるかもしれない。

 でも、罪の償い方なんて人それぞれだろう。

 彼女はきっと、彼女なりの方法で罪を償ってくれると僕は信じている。

 彼女に会えなくても、僕は病院に通い続けるつもりだ。


 木野先輩と海野先輩は相変わらずラブラブである。

 仲間に裏切られ、仲間を救いきれなかった傷を癒すために、今まで以上に互いを求めるようでもある。


 そして、僕。ぼクは……


                      ◇


「えーっと。木野先輩と海野先輩は相変わらずラブラブである。仲間に裏切られ、仲間を救いきれなかった傷を癒すために、今まで以上に互いを求めるようでもある。ふむふむ」


「だぁ、海野先輩勝手に人の日記を読むとかありえないですよぉ」


「いやぁありえないのは、まーの方でしょ。『今まで以上に互いを求めるようでもある』とかさぁ。え、え、なにそれ、何かエロくない?エロでしょ。てか、まーの頭の中では甲丙と私が付きあっていることになってんの?キャー、ホント発情期の男子高校生の妄想力のとかマジないわー。まーって、ずっとエロい妄想してるの。ほんと止めてね」



「え!?先輩は木野先輩と付き合ってるんじゃないんですか」


「付き合ってなんかないわよ、当たり前でしょ。どこをどう見たらそういう発想になるのか不思議だわ。私にとっては甲丙もまーもただの幼馴染よ」


「あれ、僕もやっぱり。ただの幼馴染ですか……」


「当たり前ですし。あんたみたいな妄想全開変態男子は恋愛対象にはなりません。もっと大人になってからアタックしてきてね」


「あ、海野先輩って年上好きなんですか。親父の魅力で籠絡できますか」


「まーは、一生そのままで生きていけばいいと思うよ。いい意味で」


「やったよ、褒められたよ。で、僕たち付き合おうかってエピローグなんですよね?」


「いやいやいや、エピローグとかまだはやいっしょ。私、高校最後の夏休みが始まったとこだし。どっちかっていうとプロローグだし。てか、またエロいこと考えてるのか」


「考えていないですよ。じっくり、観察してるだけです。それよりも先輩何でこんなところに?」


「ああ、凛ちゃんが遊びに来てるのよ。甲丙が駅前でバッタリ会ったんだって」


「え、だったら僕に連絡くれたらいいのに」


「何の連絡もなかったのか。あー振られちゃったわねぇ」


「いや、きっと何か理由があるんですよ」


「あら、なんだかんだ言って凛ちゃんラヴなんじゃないの」


「先輩は僕を苛めないでくださいよ」


「はいはい、そろそろ行くぞ」


魔法刑事とイチゴのパンツ、そして忌まわしい嘘の味。

 僕は何度も何度も彼女との出会いの瞬間を思い出す。


 思い出は変わるもんだ


だから最初は、そんなものでもいいかもしれない

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偽題;魔法刑事☆神楽坂凛の逡巡 まめたろう @mame-taro

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