第15話 ハイ。またお会いしましょう
「どうせ数日しか通わないんだから、制服はいらないって言ったんですけどね。上司が無理矢理制服をオファーしちゃって、予算厳しいんですけど無理しちゃって。案外そういうのに私も弱かったりするんですよ。ああ今の職場にいてよかったなあぁて」
すっかり日が落ち、人気のなくなった夜の学校に僕と凛は戻ってきた。職員室や一部の教室にはまだ灯がある。土曜日だというのにお疲れ様だ。
「上司と部下か。僕にはわからないな。凛はそういう世界に生きてるんだね」
上司がただの制服フェチという可能性はないのだろうか。
「そうですね。学校という世界を私は全然知りませんでしたので、勉強になりました」
「そうだな。あと数日だけでも学校生活を満喫してほしいよ」
たった2日間だけど、こうして凛と一緒にいる時間が当たり前のように思えてきた気がする。共同作業というものが人の絆を強くするのだろうか。
でも、1日でもいいから捜査とは全く関係なくどこかに遊びに行けたらな
「そういっていただけると嬉しいです。でも、感謝の一方で私はマコマコと出会わな方方がよかったかも、という反省と申し訳なさを噛みしめていたりするのですよね」
なんでそんな悲しいことを急に言い出すんだよ、凛。
「あ、あまり深刻に考えないでくださいね。私の思い過ごしかもしれませんし、なんてことのないジンクスのような話です」
でも、わざわざそれを口に出すということは凛にとって無視できることではないのだろう。
そのころ僕たちは、昇降口へと辿り着いていた。
どうやら凛は、教室から校門へと下校するルートをシミュレートしているようだ。
「あ、そうそう。そうでした。私、気になっていたんですけど、私とマコマコが最初であったあの日、なぜマコマコはあのような寂しい場所にいたんですか」
凛は先ほどの自分の発言を取り消すように、新たな質問をぶつけてくる。
「え、あ……校舎裏だったよな」
昇降口から校門にむかって真っ直ぐに石板敷きの通路が延びている。僕らが出会った校舎裏はその通路を少し脇に外れた場所だ。
僕らはその思い出の場所に一歩一歩近づきながら、当時を思い出していった。
「ああ、たしかあのときは気分が悪くなって、ちょっと涼もうかなと」
「あらら、気分が悪くなっちゃったんですか、それは一体どうしてでしょうね」
「理由なんて特にないさ、寝不足かな、風邪かな……いや、そうじゃなかった。アレは僕能力で……」
「それってとても大事なことですよ!?」
そうだ、あのときほど僕の能力が強烈に作用したことなんてなかったじゃないか。
何で今まで忘れていたんだろう
「そうだ、今までに味わったことのない様なエゲツナイ苦味が口の中に広がって」
「その苦味というのはマコマコの能力で嘘を感知した時に生じる副作用ということでしょうか。さて、そうだとすると、マコマコはそのとき一体誰と話をしてたんですか。どんな話をしていたんでしょう」
「あれは、いつも通り小町と一緒に下校する途中だったよな。あ、こいつ嘘をついたなと思ったんだ。他愛もない会話の中で何で嘘なんかつくんだろうって。でも、なぜだかそのときの味は強烈で、居ても立っても居られなくなったんだ」
「味が強烈ということは、それだけ大きな嘘をついたのかもしれませんね。一体どういう嘘だったんですか?」
「たしか、小町は自分も魔法が使えるって言ってたんだ。サイコメトリー。触れたモノの記憶を読み取る」
「いいえ、それは違いますよ。マコマコがその嘘に気付いたのは今日じゃないですか。さっき校庭で会ったときに初めて気づいたんですよ」
「あれ、そうだっけ。あーそうだ、僕は相手が嘘をついたことは分かっても、どんな嘘をついたのかまでは分からないんだよ。あのときは、そんな余裕がなかったんだ。うん、その後は凛と出会って成り行き任せになっちまったから……」
「妹尾小町さんが付いた嘘って本当にそれだけだったんですか。他に何か言ってませんでした?」
「いや、あの3人が死んだことを知ってるかって話をして、身の回りで変ことは起きてないか。何かあったらすぐに僕に知らせるのは当たり前だと言って、納得して……あとは日常会話だよ。親父さんは元気か、勉強はどうだとか。そんな話しだった気がするんだけど」
「ふーむ。もし、私と出会っていなかったら、マコマコは小町さんと二人きりで下校でいていたんですね」
「いや、別に一日だけ一緒に帰れなかったからって、気に掛けることじゃないぜ」
さっきから凛は何を気にしているのだろうか。
「次の日、小町さんが学校を休んだのもマコマコの仕業でしょう?」
「ばれてるのかよ。まあ、そうだけど、それも今更気にするようなことじゃないだろ」
「いえ、やはり私はマコマコと出会わない方が良かったのかもしれませんね」
気が付くと僕たちは最初であった、校舎の陰のあの場所に立っていた。
「考えすぎだって。俺はいつだって小町とは会えるし、別に小町といちゃいちゃしたいわけじゃないよ」
なんでこんなことを必死に弁解しなきゃならないいんだ。女子の嫉妬ってこんなに面倒なものなのか。ってやっぱり嫉妬なのかなこれ?
「小町さんは一緒に居たかったのかもしれませんよ。はぁぁぁぁ、私はとんだお邪魔虫だったってわけですね」
「いや、凛が何を言いたいのかよく分からないな」
「あのあと、私たちは屋上に上がったんでしたね。さあ、あと少し」
あの時と同じように、凛が俺の腕を引っ張る。
僕は訳も分からず、また引きずられるように凛の後をついていく
◇
屋上から見える町は、10万ドルの夜景とは程遠いさびれた地方都市の景色。
僕の生まれ育った街は今日も変わらない。
闇の中で月だけが僕らを照らしていた。
「事件現場で私はある誘導をしました」
凛は、分かりますかと挑戦的に僕を見据えるけれど、何のことだかわからない
「この事件を密室事件だと言ったんです」
「アレは密室事件じゃないの」
「はい、密室事件です。密室事件を密室事件だと言ったから、マコマコはそのトリックを推理してくれました」
「ああ、何か問題でも」
そろそろ、このわけのわからないクイズごっこにも飽きてきた。
「いいえ、問題はないんです。問題がないように私は誘導したんです」
「よくわからないなぁ」
「あの密室は不完全密室です」
凛は、縁のフェンスに向かって小走りに駆けだす。
その姿が一瞬闇に飲み込まれた。
「ああ、えーっと、不完全密室とは誰かにとって密室であっても、誰かにとっては密室ではないような密室のことだね。たしか」
「はい。あの密室は密室ではありません。例えば私です。私なら、跳躍の魔法を使って簡単に出入りできるんです」
「うん。でも、それは極めて特殊な人間だけだ」
「そうですね。魔法を考慮しなければ密室です。魔法を考慮しない、それは極めて常識的な思考ですよ」
「ですよね」
「でも、その常識的な判断を曇らせる異物が存在しています。そう、つまり私、魔法刑事神楽坂凛です」
「へ?」
「私という存在のせいで、マコマコは自然とこの事件が『魔法によって起こされたものだ』と誘導されてしまっていたんですよ」
「いや、そうじゃないよ。僕は最初からあの3人が殺されたのは、魔法の力だと思ってたよ」
凛と出会うずっと前から、僕たち5人のうちだれかが犯人だと自然に思いついていた。それは間違いない。
「かなり猟奇的な死に方ですからね。でも、もしかして犯人が普通の人間だとしたらどうですか。その可能性を私が奪い去っていたのだとしたら本当に申し訳ないのですよ」
「いや、それは気にし過ぎじゃないかな」
魔法刑事は魔法で行われた犯罪を捜査する、確かに彼女はそう言った。
でもだからって、僕が何かの先入観を持っていただなんて、そんなこと……
「私がずっと悩んでいたこの不吉な予感は、さっきマコマコから聞いた話で核心に変りました。私はとんだお邪魔虫だったんですよ。この事件は最初から最後までマコマコのためにあった事件です。それなのに私が介入したせいで、おかしな方向に……」
「何言ってんだよ。僕じゃなくていい、この事件の真相は凛の口から語ってくれていいって言ってるじゃないか」
「私は魔法刑事です。魔法を使って行われた犯罪は私の領分。そうでないものは、警察の……あるいは仲間想いのただの高校生の領分なんですよ」
「何を言ってるんだ」
「私のは私の仕事があります。そのことを気付かせてくれたのはマコマコです。『なぜ五人を集めたのか』。はい、全くその通りです。素晴らしい。でしゃばってる『ギルド』の方々についても私ができる限りのことをしますよ。ですから、逢坂真さん、貴方は貴方の役目を果たしてください」
凛は振り返るが、月の明かりだけではその表情は読み取れない。
「僕には無理だよ」
僕は一歩づつ凛に近づいていく。
凛は僕を拒絶するように夜景に向かう。
「いいえ、マコマコはもう真相に辿り着いているはずなんです。密室が作られた動機。それだけが私には分かりません。でもそれは極めて単純な動機なはずなんです」
「あの密室が不完全密室だとすると、犯人が自分が容疑者から外れるために密室を作ったということか。魔法が無ければできない犯罪であれば、魔法を使えない犯人は容疑者から外れる……」
「いえ、そうじゃありません。犯人は魔法刑事の存在を知らなかったですよ。魔法が無ければできない犯罪はイコール不可能犯罪ですよ。私の話をよく聞いてくれていたようで、光栄の極みですけれど」
僕にはすべての真相が分かったのかもしれない。
でも、この事件のことなど、この瞬間には1ミリだって考えたくはなかった。
「凛。明日もまた会えるよな。ここでお別れってわけじゃないんだろ」
「ハイ。またお会いしましょう」
それが、彼女の最後の言葉だった。
凛は振り返る。その顔は飛び切りの笑顔だったのだろう。
僕の口の中に古くなった肉のようなキツイ酸味が広がる。
思わず目を閉じた次の瞬間、彼女の姿はそこにはなかった。
「階段で降りようぜ、まったく……」
いつもの夜景だけがそこにはあった。
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