第7話 捜査2日目
「悪いな、逢坂。デート中に呼び出したりなんかして」
「いえいえ、彼女は僕のガールフレンドではないですし、むしろ先輩に会いたかったのは僕なんですが、海野先輩から何も聞いていないんですか」
「さあ、どうだったかな。乙女は無駄話が多くて肝心なことが伝わらん。困ったものだ」
「困ったというなら、今のこの状況をどうにかしましょうよ」
捜査2日目。順調に聞き取りが進めばいいなと思っていた矢先、木野先輩からの呼び出しがあった。
それは海野先輩の居所を知らないかという内容だった。
昨日海野先輩から聞いた状況に鑑みれば、無視することのできない話である。
僕と凛は、木野先輩に協力を申し出て合流することとなったのだった。
そして、今。僕と凛、木野先輩の三人は鉄パイプやら木製バットやらで武装した、あまり知能指数の高くなさそうな連中に取り囲まれていた。
最初は3人だった男たちだが、逃げ回っているうちに12人に増えている。残念ながら数が増えても一向に知能指数が増える気配はない。
「悪いっすね。今日はボーナスステージで、とりあえず怪しい奴捕まえれば、オカネ貰えるってシステムになってるんすよ」
気が付けば僕らは住宅街の中にポツンとある小さな空き地へと追いつめられていた。
男たちは皆それぞれにフードを深く被ったり、フルフェイスのヘルメットをしたりと用心深く顔だけは隠している。
派手な服の奴もいればジャージ姿の奴もいて、服装も体格もバラバラなのだが、休日の昼間からたむろするくらいに暇な連中だということは共通していた。
「よっぽどのことがない限り今日は警官も出てこないって話なんで、オタクらとっとと諦めて貰った方が楽でいいんですけどね。いや、色々いるからまじでヤッちゃう奴とか出たらシャレにならないっしょ」
先頭の男が僕たちに降伏を迫るすぐそのとなりで、別の男がブンブンとバットの素振りをする。
まさか本気で殴る気じゃないだろうな。あんなのマトモに食らえばトマトだよ。
だけど嘘の味はしない。
「くだらん脅しだな。それよりも、お前たち女子高生をさらったりはしてないか」
「ああ、乳のデカいねーちゃん、リアルJKかよ。へ、へぇ。アンタの彼女さんかい。まあ、可愛そうですが、当然のことながら今頃マワされてますなぁ。なんといってもあのエロさですからねぇ、ハイ。リア充爆ぜろってことで。へへへ」
「貴様……」
この展開はまずい。木野先輩は、空手、柔道、剣道と一通りの武道を修めていると聞いてはいるが、それにしたって多勢に無勢。武装した相手とまともにやりあうなんて正気の沙汰じゃない。
「許せませんね」
なんとか先輩を止めようと慌てふためく僕を差し置き、先輩と男たちの間に割って入ったのは凛だった。
「いや、ホント。久しぶりに頭にきてるんですよ、私」
「なんだい、君もJKなん?JCにも見えるけどさぁ。エッチなことは嫌いなのかな」
「私、別に貴方たちのようなゴミの所業はどうでもいいのですが、市民の平和と安全を守るはずの警官に何やら根回しを図っている様子。そのような腐敗は断じて許すことはできないのです」
「なんだ、こんガキ……」
凄む男、それを周りの連中は半笑いで眺めていた。ほうら、おちびちゃんと遊んでヤンなと言わんばかりに。
そんな弛み切った男たちの隙をつき、凛が動いた。
滑り込むように凄む男の腹に正拳を放つ。
そのまま動きを止めることなく、隣の男の顎を蹴りあげ、続いてひじ打ち、喉元への手刀。
瞬く間に四人の男を地に叩き伏せた。
一撃で男を気絶させるなんてこと小柄な凛の所業とは到底思えないが、凛の攻撃がヒットする瞬間火薬が炸裂するような小さな爆発が見えた。
「
と凛の解説。なるほどと悠長に聞く余裕は僕にはない。
否応もなく状況は乱戦へとなだれ込む。
タイミングを合わせて木野先輩が男を投げ飛ばすのを尻目に、僕は頭を庇ってしゃがみ込むのが精いっぱいだった。
もちろん殴られる覚悟くらいはできている。的にでも何にでもなってやるから、さあこい、1人くらいは相手になってやる。
「この糞アマ。調子に乗るなよ」
もちろん、そんな僕なんかに目もくれる奴がいるはずもなく。
木野先輩は間合いを取って慎重に敵の得物を避けているが、凛はそんなそぶりも見せず
「えい」
と振り下ろされた鉄パイプを片腕で払いのける。
攻撃を押し返された男の動揺を、もちろん見逃すはずもなく凛は鳩尾に強力な一撃を放った。どうと倒れる男。
圧倒的じゃないか。
「畜生バケモノかよ」
敵も状況に焦り始めていた。
半数にも数を減らした男たちの一人が、とうとう光物を取り出した。精神的に追い詰められているのは見るからに明らかで、小刻みに手が震えている。
その手に握られているのは軍用のナイフ。職務質問されたら一発アウトなブツだ。
これはヤバイと全身が緊張するのを感じる一方で、あの無双っぷりを見たばかりだ。凛ならばどうにかしてくれるだろうという安心感があった。
これを漢字二文字で油断という。
凛に向かって一直線に向かってくるかに思われたナイフの男だが、以外にもその行動は冷静で地面を蹴りあげ、飛び散る土で目つぶしを試みた。
これに戸惑い一瞬動きを止める凛。
彼女は訓練を受けていても、プロではない。そんなことに気付いていなかった。
あくまで彼女は刑事でしかないのだ。
男はフェイントに成功したことを確かめると、他の男と組み合っている木野先輩をに方向を変え、躊躇うことなくナイフを突き立てた。
刃はすんでのところで止まった。
よろめきながらも、後ろから男を掴む凛。
しかしバランスを崩して転倒してしまう。
「貰った」
男は今度は突っ伏した凛目がけてナイフを振り下ろそうとする。
「ヤメロ」
叫ぶと同時に僕は動き出していた。
このときすでに中腰まで体勢を整えていた僕は、腰を低くしたまま頭から男につっこむ。
恐怖は無かった。ただ盤上に僕というコマが残されていたことに感謝した。
僕はもうがむしゃらに男に食らいつくように抱きついた。今の僕にできる精いっぱいだ。
そして男のナイフが振り下ろされて……
◇
結局、血は流れてしまった。僕は役に立てなかった。
「そんなことはないですよ。マコマコがいなければチャンスも生まれませんでしたよ」
僕を励ます凛の右腕は真っ赤に染まっている。
彼女もまた僕を庇うように男との間に割って入り、その際にナイフで肩を負傷したのだった。
顔や服も血に染まり修羅場の様相である。
「今日は私服で良かったです。制服は大事にとっておきたいですから。まあ、皆さん誰も怪我がなくて何よりですよ。誉れであります」
その場には男1人を残して11人の気絶した男が転がっていた。怪我がなくて何よりというのは男たちも含めててということなのだろう。
刑事としてはそのことが何よりも大切なことに違いない。
「凛。怪我は大丈夫なのか」
「ハイ。もう傷口はふさがりました。
魔法、それは間違いなくこの世界の法則を破るものだ。
勿論、だからといって僕の気持ちがおさまるはずもない。
「僕たちの事情で、君に怪我をさせてしまったのは本当にすまない」
「なぁに言ってるんですか。私、最初に言ったでしょ。これは私の個人的な感情が原因です。しかし、情けないですね。私の体も魔法が無ければただの女子高生ということですか」
といいながら身体をクネクネする凛。分かりにくいけど『ただの女子高生の体』をアピールしているのだろう。
「凛さん。すべての原因は、二人を呼び出した俺にある。汚れた服も綺麗にしたいかもしれない、だが、もう少しだけ時間をくれ」
ただ一人意識のある男を締め上げながら木野先輩が話に加わった。
そうだ。今回のことは木野先輩からの救援要請に始まったことだった。
「ハイ。海野先輩を助けに行きましょう」
「すまん。この男にお願いしてみたら、河川敷にアジトまで案内してくれるらしい」
木野先輩に担がれた男はすっかり反抗する気力を失い、力なく首を縦に振る。
こいつらの仲間があと何人いるのかは分からない。
正直これからどうなるかもわからないし、情けない話、最後は凛頼みなのだ。
「マコマコ。一緒に海野さんを助けましょう」
「うん」
僕らはボロボロの姿のまま、走りだした。
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