第2話 天から少女が舞い降りて(承前)
僕はとうとう腹をくくって次の凛の言葉を待った。
確かに僕は魔法を使える。魔法を使えるだけの普通の高校生だ。
それは言葉遊びでもなんでもない。
「逢坂さんには、私の助手になってもらいます」
凛の言葉は予想外のものだった。
「え、どういう話!?」
「実は、私はある事件の捜査をしているんです。おそらくこの学校の生徒の誰かが深く関与している……」
なるほど、彼女は潜入捜査中というわけだ。それはだいたい予想のとおり。
「事前調査は十分にしてきたつもりですが、やっぱり高校生のコミュニティというのは特殊で、外部の人間には窺い知れないところがあるんです。内部の協力者がいればどれだけ心強いことかって、そういう話です。逢坂真さん。」
「それは交換条件ってこと?」
「交換?何を交換するんですか」
「僕が君に協力すれば、僕の罪は見なかったことにしてくれる……とか」
「逢坂さんは何か罪を犯してるんですか?いえ、その答えは聞かないことにしましょう。貴方の質問に対する答えはノーですから。私はいかなる犯罪も見逃すつもりはありませんよ」
じゃあ……
「これは純粋なお願いですよ。聞いてもらえなければ、強制するだけのお願いです」
それはもうお願いでもなんでもないよね。
「そうでしょうか。強制しなくていいのなら、少なくとも私は嬉しいです」
僕と話しをしている間、彼女は終始笑顔だった。それは決して作り物ではなく、彼女は心からこの時間を楽しんでいるように思えた。
それはつまり、凛はSってことなのかな。
「Sってどういう意味ですか? 私は今回初めての単独捜査なのでちょっと浮足立っているかもしれませんね。こうやってリアル学校生活を体験するのも私なんかにとっては楽しいものなんですよ」
「それは、僕と話をしてる時間も楽しいって意味かな」
「はい、もちろんです。まだこの学校に来て3日目ですけれど、早速助手になってもらう方が見つかったのはラッキーでした。なかなかユーモアがあってグッドですよ逢坂真さん」
ユーモアなんか発揮したつもりはないんだけど
「分かった。その事件が解決するまで、僕は君の助手。それでいいんだろ。すぐに飽きると思うけど、君も随分と変わった人生歩んでるみたいだから、いい思い出作りができるよう協力するよ」
僕だってデート気分くらいは味わえそうだ。
「ところでさ。一体どこまでが君の思惑通りなんだい。それくらいは教えてくれていいよね?」
「それってどういう意味です? 逢坂さんが私のパンツを見たのは偶然ですし、あの時あの場所にいたことも偶然ですよ」
凛は嘘をついていないようだ。きっかけは全て偶然という訳か。
だけど僕たちは同学年で隣あったクラスに通っているわけで、こうした出会いが起こるのも時間の問題だったのだろう。
「私は嘘を言いませんよ。だから、逢坂さんも絶対に私に嘘をつかないでくださいね!」
僕の口の中に腐った豚肉の酸い味が広がる。
「私は嘘を言いませんよ」なんていいながら彼女は一度僕に嘘をついている。それは明らかな嘘だし、おそらく彼女はこれからも僕に嘘をつくつもりなのだ。
それくらいは、魔法がなくたって僕にだって分かる。
「僕は嘘をつかないよ」
返事に嘘偽りはない。僕は彼女に嘘をつくつもりはない。
もちろん、言葉足らずは嘘ではないし、質問に正確に回答をしないことも嘘ではない。事実でないことを真実だと思い込んでいることもあるし、記憶違いってこともある。
だけど、僕は彼女に嘘をつくことだけはしないつもりだ。
「それがフェアってもんだろう?」
「フェアですか。嫌いな言葉じゃないですね」
こうして僕は、魔法刑事を名乗る凛とタッグを組むことになった。
彼女が何を知っていて、何を知らないのか。
何のためにここにいて、何をしようとしているのか。
聞きたいことは山ほどあるけれど、それは追々聞いていこう。
「私の知っている情報と、逢坂さんが知っている情報。それぞれ整理する機会も必要かと思いますが、今日のところは解散ということにしておきましょう。私の携帯アドレス教えておきますね。それと、ツイッターのアカウントと、それと……」
凛に言われるがままに僕の携帯電話に彼女の情報が注がれていく。なのに、彼女は僕のことを何一つ聞こうとしない。そのことにはもう少し引っ掛かりを覚えるべきだった。
それよりなにより、彼女に問いかけるべき質問をすっかり忘れてしまっていた。
『この学園で行われている犯罪って一体なんなんだ』
それは当然、僕が興味を抱くべき事柄だったはずなのに。
◇
凛と別れて、僕はすぐに学校を後にした。
すべきことはあったかもしれないが、何もできなかった。
僕はすっかり疲れ果てていた。帰ったらこのままベッドと一体化して泥のように眠ってしまいたい。
家までは徒歩で30分。
丁度、家についたころを見計らったのだろうか、僕が部屋に入ると同時に僕の携帯電話に初めて『送信者:神楽坂凛』と表示されたメールが届いた。
『件名:捜査方針
本文: ちーっす。とりあえずこちらで把握している容疑者の名前を送ります。
ご存知の方がおりましたら、後ほど情報提供をお願いしまっす
綾瀬 慎太郎(3年A組)
木野 甲丙 (3年B組)
海野 乙女 (3年B組)
妹尾 小町 (2年A組)
以上
』
メールを読み終えると自然と笑いが込み上げてきた。
ハハッ ハハハハハッ ハハハハハハハハハハハハハッ
なるほど。
なるほど。
このリストには本来続きがある。あるはずだ。
逢坂 真 (2年A組)
これで完成だ。
それこそは例の事件のおそらく完璧な容疑者リストである。
誰も知らないはずの。
誰にも知られていないはずの。
このときまで僕は、まだまだ安全な砦の中に身を隠しているつもりだった。
だってそうだろう、『魔法でも使わなきゃ』僕たちのことなど知れるはずがない。
しかし、神楽坂凛という少女は、既にほとんど真相に辿り着いていたのだ。
すべて分かった上で僕を助手に選んだというわけか。
その意図はなんだ。
なぜ僕のところに?
彼女にとっての本命はまさかこの僕なのか?
いや、それならまだいい。それならばまだ最悪の事態じゃない。
彼女は何を知っていて、何を知ろうとしている。
いずれにせよ、彼女もプロならば、僕らに残された時間は僅かだろう。
はぁ。凛に僕は随分と間抜けな容疑者に映ったのだろうな。
湧きあがった羞恥心が顔を真っ赤に染める。
悔しい気持ちを通り越して、すがすがしくさえもあった。
僕の猿芝居なんてすっかりお見通しというわけか。
でも、そんなことは構わない。僕は道化の振りをした道化でいい。
ただ、この事件を終わらせるのは刑事なんかじゃない。
警察なんかが終わらせていいはずがないんだ。
全身の血潮は煮えたぎり、結局その日僕は眠ることができなかった。
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