第4話 捜査1日目

「マコマコ~。今日から放課後はよろしくなのだ」


いきなり美少女に後ろから抱きつかれるという夢のようなシチュエーション。

あまりに刺激的だったので、お胸の方が洗濯板だったのはむしろ幸いである。

振り返ればそこに彼女の笑顔があった


「わぁ、やめてくだっさいよ。神楽坂凛さん」


 僕は敬語を使って、彼女と距離を取る。

 昨日はフルネーム+さん付けだったのに、今日はいきなりマコマコと、呼ばれたこともないニックネームも連呼する。それも彼女の擬態の一部だと納得するとして、僕はそれに付き合っていられない切実な理由があった。

 凛のような超絶美人が、なぜ学校で噂にもなっていないのかと不思議に思っていたのだけど、実はそんなことは無く、既に学校中の有名人なのだそうだ。

 であるから、廊下の真ん中でこのような手厚いコミュニケーションを交わしていると、学校全体の俺に対するヘイトゲージがみるみる溜まっていっているのが肌で感じられるのだった。

 少しでも距離を取らないと僕の身が危ない。


「さてさて、もちろん捜査には協力させてもらいますけど、とりあえず作戦会議とか必要じゃないんですか」


「皆さんマコマコとお互い知らない仲でもないんですから、まずは『みなさん』に順番にご挨拶に行こうかなって思ってたりしています。とりあえずはマコマコにリードして貰おうかなって」


 僕を泳がせて何をさせようっていうのか分からないが、凛は相変わらず悪びれる様子もない。

 魔法という『贈り物』を受けとったとき、僕だってそれが自分たちだけの特別なものではないことは理解していた。

 だけど、ネットなどで断片的に得た情報からは闇社会を中心にして広がるこの異能の力に、政府は対応できていない印象を受けていた。だから、凛が魔法刑事を名乗ったとき僕は全く心の準備ができておらず、ずいぶんと動揺してしまった。

 どういうわけだか、警察は僕らのところまで辿り着いていた。

 一方、僕らといえば、それぞれ事情があって結局、あの日以来ほとんど会話をすることもなく過ごしていた。まさか、僕たちのうちの誰かが2カ月を待つことなく先走って『行動』するだなんて、僕には信じられないでいる。

 僕自身なんの確信も得られていない状況で、どうにかして凛を出し抜く必要があった。


「なんか捜査をする上で、これはダメとか、あれはダメとかあれば事前に言っておいてもらえるか」


「そだね、私がしゃべってるときは邪魔しないでね。それ以外は何をしてもいいですよ。特に『今考えているようなこと』は、好きにしていいからね」


 とあまりに人を小馬鹿にするものだから、本当に好きにしてやろうか。

 凛は冗談といってたけれど、『ジンケン』が僕を守ってくれないのは間違いない。

 国家権力というのは、真っ向から勝負するにはあまりに強大な相手だ。だから、遠慮しがちに機会を覗うつもりだったのだけど。


「最初はマコマコのクラスメートの妹尾小町さんからと考えていたんですが、彼女今日は欠席しているみたいですね」


「ああ」


僕は少し突き放したように答えた。


「さてさて、予定が狂ってしまいましたけど、3年生のうち誰から会いに行きましょうか」


と悩んでいる様子の凛を、やっぱり冷たく無視してみる。


「ふふふ。マコマコってわかりやすい性格ですね」


 凛は、僕のささやかな抵抗など意に介さずだ。

 あーもう、好きなだけ馬鹿にしていればいいんだよ。そのうち後悔することになるのだから。

 僕らが捜査の第一歩も踏み出せずに教室前で立ち止まっているところに、珍しい来客が現れた。


「ごきげんよう。逢坂君」


 黒い長髪に黒縁の眼鏡。華やかさを犠牲に上品さにパラメータを全開まで振ったような、これぞ知性系美人の代表という風貌の彼女は、風吹早苗ふぶきさなえ先輩。生徒会の書記を務めている。

 僕が認めるところの我が校三大美女の一角(ちなみにうち一人は海野先輩である)。

 170cmを超える長身から放たれる、男を近づけさせない独特のオーラに触れるたび、僕は鞭に打たれるかのような快感を感じる。

 あれ、もしかして僕ってMなのか。


「綾瀬君が君を呼んでいるわ。生徒会室まで行ってあげてもらえるかしら」


 それだけいうと踵を返して立ち去ってしまった。

 いやだ、もう少し心の交流を深めたかったのに。


「マコマコは、ああいう女性が好みなのですか。妹尾さんとは随分違う雰囲気ですが」


「好みというわけではないけど、風吹先輩が素敵だってだけだよ。僕は四季を愛でる日本人だからね……って、なんで小町の名前が出てくるんだよ」


「高校まで仲のいい幼馴染って設定でもう恋人候補だと思ってました。でもマコマコは浮気症だって告白されましたし、これはいろいろ大変だぁ」


「刑事さん。それは事件に関係ないでしょう」


「そうですね。ごめんなさい。私も、仕事でなければしばらくマコマコと疑似恋愛を楽しみたかったんですけどね。」


 凛は少し恥じらうかのようにうつむきながらそう言った。

 あれ、もしかして僕と凛って相思相愛なのかな。そういうことであれば、僕たちに必要なのは時間だと思うんだけど。


「なーんて、マコマコってわかりやすい性格ですね」


 再び顔を上げてにこやかな表情を作る凛。あー本当、いつか●●●●しちゃうよ。


「いや、でもさ。たった、あれだけの用事のために僕に会いに来るなんて、案外風吹先輩の方が僕に気があるって可能性もあるよね」


「ないない。ないですよー。会話2秒じゃないですか。マコマコってどんだけ寂しい学校生活送ってるんですかぁ」


うるさいな。風吹先輩はレアキャラなんだぞ。こうやって顔を合わせるだけでポイントがたまっていくんだよ。


「とにかく、僕が誰と恋愛しようが事件とは関係ないだろ。丁度良かったというか、なんというか綾瀬先輩のとこに行かないといけなくなったわけだ」


「綾瀬慎太郎。棗さんのお兄さんですね」


 凛の口から初めて棗の名前が出た。

 やはり凛はそこまで知っているのだ。


「綾瀬先輩は、棗の自慢のお兄さんだよ。頭が良くて、優しくて、人望があって」


「そして、兄にとっても棗さんは自慢の妹だった」


「そうだね。先輩はやると決めたらやり遂げる人だよ。でも、先輩は必ずみんなにとって一番いい方法でことを為す人だ。僕はそう信じるよ。さぁ、行こっか」


 そういうわけで、不出来な出来あいコンビによる捜査は、綾瀬慎太郎先輩への聞き込みから始まることとなった。


               

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