第5話 捜査1日目(承前)
「先輩にお返ししたいものがあるんです」
と、僕が取り出したのはドリームメーカーの改造品。
あの日先輩から借り受けたものである。
『何をしてもいい』という凛に対する僕からの最初の奇襲攻撃のつもりだ。
この行動で綾瀬先輩は警戒レベルを上げざるを得ないはずだ。
しかし、凛は涼しい顔。
「それはもう、僕には必要のないものだからね。君が好きにしていいよ。ところで、隣にいる彼女は誰だい」
僕の意図は十分に伝わっただろう。
しかし、綾瀬先輩は見た目には警戒心など微塵も見せることなく、いつも通りの優しい声で問いかける
「えーっと……」
「2年C組。神楽坂凛です。よろしくお願いします。転校してきたばかりのところをマコマコに学校案内してもらってます」
最上級の笑顔を作り、お辞儀をする凛。
綾瀬先輩はわざわざ執務机から立ち上がると、右手を差し出し凛と握手を交わす。
「僕はこの学校の生徒会長である綾瀬慎太郎だ。困ったことがあれば何でも言ってください」
もちろん額面通りに受け止めることの出来ない言葉だ。
「ふふふ。お手柔らかに」
凛は余裕の表情を崩さない
「さて、実は今日、逢坂を読んだのは非常にプライベートなことに関してなんだが……」
「構いません。例の件であれば、彼女も興味があるらしいので話してもらっていいですよ」
「そうか、先に神楽坂さんのほうからお話したいことがあれば聞くけれど」
「いいえ。どちらかというと私はお二人の話に興味があります。逢坂さんも聞いてもらって構わないということなので、是非」
「ならば、結構」
先輩はそういうと、椅子に腰を掛け、机の引き出しからいくつかの新聞記事を取り出した。
「新聞記事は読んだのかな」
「はい、僕が気付いたのは昨日になってからですけど……」
「知り合いに新聞記者がいてね。僕は記事より詳しい事情を少しだけ知っているから、説明しよう
「10日前、希望が丘市郊外の雑木林で死体が発見された。死体には頭部が無く、それは切断されたというよりは、すりつぶされた様な跡だったらしい。死亡から発見まで1週間以上が経っていたらしい。それが
「次に1週間前、希望が丘市から県境を渡ったY県O市で交通事故で死者が出た。奇妙なのは明らかに自動車に跳ねられた外傷があるのに事故自体が見つからない。一部の人間は、死体が死後かなりの時間をかけて歩いて移動した形跡までもあると言い出す始末だ。K県ではニュースにはならなかったから、気付くのに時間がかかったのかもしれないが、この被害者が
「さらに3日前、
「さて、神楽坂さん。この3人にはある共通点があるのだけど、分かるかな」
件原、豆狸、元興寺。
「主犯である野槌清春を加えれば、ある少女の死に関わった不良グループの完成ということになるでしょうか」
凛は、いい淀むことなく真っ直ぐにそう答えた。
「そうか。こんなことに興味があるなんて、神楽坂さんは本当に変わっている。そして、この話を僕の口から聞きたかったというのなら、それは度を越して悪趣味ということになるんじゃないかな」
どこか悲しげな先輩の視線。しかし、凛はやはり動じない。
「私が聞きたいことはただひとつです。貴方はその3人の死を望んでいましたか?そして、野槌清春の死を望んでいますか」
凛は先輩の執務机の前に立つと、バンと両手をついて、強く、強く先輩に視線を向ける。
「答えは簡単明瞭だ。1年前からその答えは変わっていない。ノーだよ。彼らが死んでも、妹は帰ってこない。僕が望むことは、もう一度妹をこの手に取り戻すことだけだ。それができないのであれば……それ以外の何かを望むことは……実に空しいことだと理解している」
綾瀬先輩の言葉に嘘偽りはなかった。僕は安堵した。
凛も先輩の表情に満足したか、すっと後退する。
先輩は凛の相手は終わったと言わんばかりに机の腕で手を組むと語り始める。
「一人なら偶然だろう。二人でも偶然かもしれない。でも三人となればこれは、何者かの意図だ。逢坂も当然このことに気付いていろいろ調べたのだろう。もっと早く連絡していればよかったんだが、甲丙や乙女の居場所が分からなかったんだ。だから、そちらを優先してしまった。不安にさせたのならすまなかった。今やるべきことは状況を把握することだ。幸い明日は土曜日で休日だ。明日、学校に全員集まって話し合おうと思うんだ」
それが先輩から僕への用件だった。
「なるほど、みんな集まるのはいいかもしれませんねー」
答えに詰まる僕に代わって凛がそう答える。
全員が集まるにあたって彼女の存在は避けられない障害となるはずだ。
先輩に何かアイデアがあるのか、それとも僕に何かを期待しているのだろうか。
「神楽坂さんの正体についても、そのとき全員にゆっくりと説明してもらえればいい」
「私も楽しみにしていますよ」
話がそこまで進むと、凛はあっさりと生徒会室を後にした。
「もういいのかい」
捜査というのだから、もっと詳細に聞き取るものかと思っていたけど。
「ええ。まあ、今の段階ではという留保が付きますけどね」
綾瀬先輩は嘘をついていない。だから、まず容疑者から外して間違いないのだ。
ずいぶんと手短に引き下がったのは、凛も同意見だからだろうか。
「さて、どうしようか」
みんなで集まるなら明日まで待つという選択肢もあるけれど
「もう1件、聞き込みに行きましょう」
やはり、凛の希望はその真逆だった。
当然、全員が集まる前に全員と個別に対面しておきたいはずだ。
それは状況が把握できていない僕にとっても同じだった。
「その前に一つ聞いてもいいですか」
「答えなければ強制するだけです……じゃないの?」
「逢坂さんも性格悪いですねぇ。そういう方法は私好きじゃないんですってば。マコマコの使える魔法ってなんなんでしょう。私の知る限りドリームメーカーを使って修得できる魔法は一つか二つが限界だということなんですよ」
それは、ドリームメーカーを扱うアングラサイトでは常識として知られている情報だった。
「僕が答えたら、神楽坂凛さんも同じ質問に答えてくれる?」
「ごめんなさい。それは機密ですのでお教えできません」
「そっか。まあ、正直に答えてくれたのはうれしいかな。僕はね、他人の嘘を見破ることができるんだ」
僕はそれだけ答えた。もっと詳しく説明するならば、僕は他人のついた嘘の味を知ることができる。
どんな人間でも人は嘘をつくとき無意識のレベルで抵抗を感じる。その抵抗を僕は味覚を通じて感じ取ることができるのだと、そう理解している。
便利な能力だが、それによって生じる味覚のためにたびたび酷い目に遭っているのは今まで見てきてもらった通りだ。
「すごいですね。刑事の助手としてはこれ以上ない能力です」
「綾瀬先輩は嘘をついていなかったよ。これは本当。僕は絶対に嘘をつかない事は約束した通り」
「はい、もちろん覚えていますし、信用していますよ。お礼に私も一つだけお答えします。私には他人の嘘を見破るような力はありません。そんな便利な能力は、刑事にとってはむしろ毒かなと思います」
凛は嘘をつかなかった。
◇
さて、ネタばらしをすると、この日、小町が学校を休んだことも、綾瀬先輩が風吹先輩を僕のところに遣わせたことも実は偶然でもなんでもない。
僕は昨日のうちに二人に連絡を取っていたのだ。
僕たち五人はそれぞれ第三者名義の携帯電話を持っていた。海野先輩用意したものだ。まさか盗聴されるようなことはないと思っていが、後々のことを考えて、水曜会がらみの連絡には、ずっとそれを使ってきていた。
普通に考えて凛と最初に接触するのは僕のクラスメートである小町だった。しかし、僕たち5人の中でどう考えても一番ボロを出しやすいのは小町である。
「今日はゴメン、先に帰っちゃって」
「そうだよ、いきなり姿を消すんだもん。ここ数日、一人でどこかに行ってるようだし、何かあったの?ほら、あの部屋にも最近に行ってないからさ、いろいろ不安で不安で。何かあるなら正直に話してくれない?」
「いや、大したことじゃないというか、面倒なこと……にはなっているだけど、どうにかなるというか、どうにかするというか……とにかく仮病でも何でも使って、明日一日だけ学校を休んでくれないか。その後でちゃんと全部説明するから。絶対約束する」
「うん、わかった。それは男の約束なんでしょ。だったら、信じてあげないとね。だけど、無茶はしないでね」
「小町もな」
とこんな具合である。
そして、続いて綾瀬先輩に連絡し、今日の放課後自分を呼び出してもらうように手配した。
なぜって凛に最初にあってもらうのは綾瀬先輩が適任だったからだ。
それは、綾瀬先輩がこういう受け答えについては一番しっかりしているだろうという以外にちゃんとした理由が2つあった。
ひとつは、僕と綾瀬先輩はお互いの『魔法』を知っており、僕は綾瀬先輩が今回の事件の犯人でないことを知っていたことだ。
凛と出会う前、僕は今回の連続殺人事件のことを知ると真っ先に綾瀬先輩にコンタクトを取った。
「綾瀬先輩は、件原、豆狸、元興寺の三人を、または三人のうちの誰かを殺しましたか」
という質問に彼は
「ノー。僕は三人の誰一人殺していないし、彼らの死に何ら関わっていない」
と明確に答えてくれたのだ。
それで、真相解明はずっとしやすくなったし、何よりいざというときは先輩を頼れるというのは心強い。
そして、理由のもう一つは、綾瀬先輩の能力である。
綾瀬先輩は手で触れた人間の魔法能力を正確に理解することができるのだ。
つまり今回、綾瀬先輩に凛の持つ能力を調べてもらうという目的もあったのだ。
ちなみに綾瀬先輩が持つ魔法がそれひとつだけであることも確認済みである。
綾瀬先輩は凛と握手した際に人知れず凛の能力を読み取ったはずだ。
それはひょっとすると僕の切り札になるかもしれない。
さて、まだまだ捜査は始まったばかりだ。
木野先輩、海野先輩、小町。この三人の中に犯人がいたといして、どうすればいいか僕には分からない。
だけど、警察より早く真実に辿り着き、僕たち5人の手で決着をつける。
それだけは間違いなかった。
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