第19話 真相と告白(前編)


「えっと、とりあえず地図関係は全部プリントアウトしてきてもらえますか?」


人形屋から送られてきたデータを自宅のパソコンに展開し、画面を眺める僕。

自宅ではプリンタが使えないので、海野先輩にデータを託し、近くのコンビニに行って貰う。

そう。結局、僕は海野先輩について着てもらうことにした。

本当は僕一人でも全然構わなかったのだけれど、なんというか、欲望に負けた。

善人を気取るだけの余裕がなくなっているのかもしれない。


海野先輩も木野先輩も嫌な顔一つせずに僕の判断に従ってくれた。

それは本当に申し訳ない。


「そういえば、もう私は容疑者から外れたのかしら」


海野先輩は僕を苛める。


「ごめんなさい」


「でも、本当は私が犯人かもよ」


「いいえ。それはないでしょう。お二人とも彼女が犯人だということにはもう気付いている。でも、どうして?」


「私だって核心をもっているわけじゃないよ、でも、実際に会って、話をすれば彼女が普通じゃないことくらい気付くでしょう」


僕は気付かなかった。気付けなかった。


「そうだね。まーは最近もの凄く、『耳』に神経を集中しているのが分かるよ。私だってそうだからさ」


僕の力は、会話から嘘を見抜く能力。当然に他人の言葉に意識が行ってしまう。


「でもさ、彼女の顔を見た?目を見た?服装を見た?」


パンツは見ました……


「彼女は疲れていたし、何日も家に帰っていない様子だったわよ。男子はそういうところに全然気づかないのが不思議なんだけど」


そうなのか。そんなことに気付かなかった僕はどこかおかしいのかもしれない。


「魔法を使っているつもりが、いつの間にか使われている。そういうことですか」


「うん、そうかもね。力に頼りすぎるのは良くない、それくらいに考えておけばいいよ」


「今思えば、事件がおった後も先輩は僕のことを色々気遣っていてくれていて、そんな人が犯人なわけないって当たり前の事なのに。はい、僕は今確信しました。先輩は犯人であるはずがない」


「そうね。彼女は罪を犯して追い込まれている。普通の状態でいられるはずがないのよ。まーの言ってることは正しいと思うけど、でも一つだけ忘れないで。犯人でなければ、悪人ではないというわけじゃない」


「悪人って……何のことですか」


「ただの一般論よ。でも、心に留めておかないといけないことよ」


そういうと、海野先輩は部屋を後にした。


                    ◇


 第二の事件、豆狸のケースにちては目撃情報が多数存在していた。

 不審な学生が何十キロと国道沿いを歩いて移動したことは事実のようだ。

 それが魔法によるものなのか。そうでないのかは分からない。

 もし、魔法だとすれば共犯者がいることになるのか?

 彼女が犯人であると確認した僕だけれど、事件の全貌は全くハッキリとしなかった。

 3つの事件が起こった間隔をみても、計画性のようなものが感じられない。


 件原の死が20日前、豆狸が10日前、元興寺が6日前。

 犯人が奴ら全員を殺そうとしたのなら、間隔が空き過ぎじゃないか。


 件原は、殺害されたのちに頭部を破壊。頭部以外に外傷はない。おそらく頭部を殴られての撲殺。

 豆狸は、自動車による轢死。

 元興寺は死因不明。バラバラの切断死体。


 状況は異常だけれど、殺害手段を考えればいかにも行き当たりばったりのモノだ。


 そうだ。犯人はただ行き当たりバッタリで人を殺しているだけなんだ。

 ひょっとしたら最初は事故だったのかもしれない。

 殺人自体は難しく考える必要はないんだ。

 単純な殺人、それを飾る異常な装飾……


「きゃーーーーー」


 僕の思考を中断させる叫び声。

 間違いない、海野先輩のモノだ


 畜生、先輩を一人で外出させるべきじゃなかったんだ


 僕は飛び出すように玄関に向かった


                    ◇


おっぱいだった。


実に豊かなおっぱいだった。


透き通るブラウスの向こう側に移るのは淡い水色のブラジャー。

彼女たちが守る最後の聖域


先輩のおっぱい。


「ゴメン。プリントしてきたの全部、びしょ濡れになっちゃったよ」


頭からびしょ濡れになった先輩は、申し訳なさそうに僕に謝る。

僕の視線が胸元に集中していることには気付いていないみたいだった。


僕は阻止限界点に一歩手前で、聖域に別れを告げバスルームに向かった。

これ以上見つめていたら僕はただの犯罪者になってしまう。

バスタオルを先輩に手渡すと、「飲み物でも入れますね」と台所に引っ込んだ。


「近所の子供たちがホースで打ち水をしててさ。調子に乗って高く高く持ち上げたものだから、私の頭の上にバシャーってこと。ほんと災難よぉ。仲のよさそうな子供達だったから許してあげたけどさぁ」


海野先輩は、幼かった頃の僕たちのことを想い返しているのだろうか。

ひどい目に遭ったというのにどこか嬉しそうだ。


「ホースで水を掛け合ったりもしましたよね」


僕も少しだけ過去にタイムスリップする。

棗、小町、僕、海野先輩、木野先輩。

あの頃は本当によく遊んだな。


いや、そんなことよりホースだ。

なるほど、ホース。

ホースから放たれる水は天に七色の橋を架けるんだ。


                   ◇


 真夏の日差しは濡れた先輩のブラウスをすっかり乾かしてしまっていた。

 僕は部屋に戻ると、密室事件のトリックの解説を始めた。


 これはあくまで一つの可能性で代替可能な方法は他にあると思います。


 犯人は1階にいて、密室は5階建の建物の上にあった。

 密室と言っても天井は開いていましたし、外に繋がる排水溝もありました。

 この密室を密室にしているのは単純に約25メートルという高さです。

 死体という物体を重力に逆らって、25メートル上に移動させるだけなんです。

 しかも、死体はバラバラに切断されていた。 

 1個の死体よりもさらにハードルは下がっているんです。

 あとは、さに逆らうチカラを用意すればいい。

 そう水圧ですよ。


 排水溝に逆向きの水流を注ぎ込めば、25メートルの高さに物体を持ち上げることは難しくありません。

 圧はどうやって生み出すのか。

 はい、水上バイクです。

 フライングボードの原動力となる水上バイクの水圧をホースを通じて、排水溝に流し込めばいい。

 

 おそらく死体は液体窒素で凍らされ、バラバラに破壊されたんです。

 そうすると一つ一つの破片は氷柱のようなものです。

 圧力を掛ければ勢いよく飛んでいきますよ。


 彼女も、あのジムの会員ですからね。機材を見て思いついたのかもしれない。

 そして、おそらく思いついたからこの殺人を実行したんだと思います。

 3つの事件のうち、最後の事件だけは彼女が自らの意思で、他人を殺すために他人を殺したのだと僕は思います。

 


                   ◇


「今から彼女の家に行ってきます。それでピースはほとんど埋まると思います。それでも、分からないところは、彼女自身に聞けばいいことです」


「それは私には着いてくるなってことかな、まー」


「はい。木野先輩と合流して、彼女に関する情報をください。それともう一つ大事なことがあります。それは……


 僕は先輩に、もう一度、人形屋と連絡してもらうことにした。

 おそらく犯人は、人形屋たちが考えるほどに危険な存在ではない。

 彼女もまた、状況に翻弄され苦境に立たされているだけなのだ。

 時計は逆向きには動かせない。

 だけど、この苦境にあってもなお僕らに未来を創造する力がある限り、大団円があり得ないとは言わせない。


 「集まりましょう、一度全員で。

 綾瀬先輩も、凛も、人形屋さんも全員集めて、一度話し合いましょう 」

































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