第18話 人形屋再び
「おやおや奇遇ですねぇ。いつぞやのお嬢さんとお友達じゃないですか」
人形屋は、相変わらずの和装で昨日と同じ赤いオープンカーで現れた。
奇遇も奇遇。待ち合わせの場所はあの河川敷沿いの道路だったのだった。
「一人の友達が足りないですね。血の臭いのする彼女、僕は好きだったのに、残念ですねぇ」
あの時は凛がいた。
凛は絶対的なジョーカーだった。
彼女がいればまったく恐れる必要のなかった、この人形屋という男。
今こうして対峙してみると底が知れない恐ろしさがある。
「さっそく、本題に入りますか?綾瀬慎太郎君の情報を頂けるんでしたかねぇ」
人形屋は取り出した扇子で顔を仰ぎながら、すました顔で言葉を紡ぐ。
「綾瀬先輩はこの事件の犯人ではないですよ」
「ほほう。自信満々ですねぇ。それを信じろというわけですか?」
「お前の手下から連絡がいた通りだよ。綾瀬先輩は魔法を使える。そして僕もだ」
随分と突っ込んだけど、この情報をオープンにすることで、ギルドも安易に僕たちの命を奪えなくなるとの読みだ。
「2人……いやそこのお二人もかな?4人も魔術師の卵がいるとはこれは随分と大変な問題ですねぇ」
人形屋は首をかしげながらも、顔を歪め笑みを浮かべる。
「僕は他人の心を読むことができる。もちろん限定的にだけどね。その僕が綾瀬先輩が犯人でないことを確認したんだ」
「なるほど、それは興味深い話ですねぇ」
「海野先輩!答えてください、海野先輩が今日はいているパンツはイチゴ柄ですね」
「チ、違うわよ何言ってるのよ」
「ふっ。分かりました。海野先輩は……水色のパンティですね。さぁ、先輩パンツを見せてください」
「だぁぁぁぁぁそれで見せると思ってるわけぇぇぇぇぇ!!!」
「それじゃ、僕の能力を証明できないじゃないですか!」
「アホ、アホ、アホ」
「くっくっく。僕は茶番劇は嫌いじゃないですよ。その茶番、僕も乗ってあげましょう。逢坂君に質問だ。僕のパンツはイチゴ柄だよ。ほんとか嘘か」
人形屋は愉快そうに僕らを眺める。
僕の口の中に変化はない。
「和服の下にイチゴ柄のパンツとは随分と面白い趣味ですね」
「ほほう。凄いね。ちょっとだけ信じてあげてもいいかなぁ」
「そうしていただけると、ありがたい」
「でも、君の能力を信じることはできても、君が本当のことを言ってる保証はないよね」
「そうですね。ここからは取引ですよ。情報と情報の交換。どうですか」
「なるほど、なるほど。やり方としては実に正しい」
「裏切りはご法度ですよ。僕には人の心が読めることも忘れずに」
「そうだね。魔法の扱いについては、僕に一日の長があることも忘れずにね」
ここまで、木野先輩は黙って僕に交渉を委ねてくれている。
どの情報を出し、どの情報を隠すか。
その重要な判断を僕に一任してくれているのだ。
しくじるわけにはいかない
「さて、ではどういう取引になるのかな」
「いえ、ちょっと待ってくださいよ。僕は僕の手の内を明らかにしました。これは不公平じゃないですか」
「君が一方的にしゃべっただけだけどね」
「ええ、ですから、僕が予想したことを一方的にしゃべるので聞いてくれるだけでいいです。それでどうですか」
「なるほど。それなら構わない、というしかないだろうね。少なくとも今のところは、僕は最後の最後まで大人の対応を取るつもりだからね」
無理矢理に吐かせる。そういう選択肢をこの敵が持っていることは忘れてはならない。
「街にいた男、あれが人形ですね。ああいった人形を作るのが貴方の能力です」
人形屋は黙って僕の表情を見つめる。
だから僕は構わず続ける
「人身操作かと思いましたが、あの男の異様さを見て考えを変えました。そんな単純なものではないと。そして、貴方は人形屋と名乗っています。つまり人形は売り物なんです。単に人を操るだけでは人形屋とは言えないでしょう?」
人形屋は表情を変えない。
「あの部品と部品を組み合わせた感じ。おそらくあなたは人間のパラメータを操作するような能力の持ち主なんじゃないですか。人間を人形に変える、それっておぞましくて恐ろしいことだと思いますが、ギルドの幹部だというならそれくらい出来て当たり前かなと……」
人形屋は手を叩く。
上機嫌に白い歯を見せ笑顔をつくる。
「素晴らしい。試験なら80点というところでしょうかね。魔術師の卵としては素晴らしい才能ですよ」
「ちなみにあとの二人は僕の先輩で僕よりもずっと優秀ですよ」
「それはそれは恐ろしいですねぇ。まあ、可愛い後輩にすべてを委ねる度量の大きさは評価点高いですねけ。あっぱれですよ。まあ、僕の能力は業界では周知ですからお答えしますが、僕の能力は同意する他人から『人を構成する要素』を頂戴する能力です」
「生体移植みたいな!?」
「うーん、もっと概念的なものですね。無謀さとか、臆病さとかね、鈍感さ」
「そんなもの集めてどうするの」
海野先輩が思わず口を挟む。
「無謀さは裏返せば勇敢さ、臆病さは慎重さ、鈍感さは精神的タフですから。そういった、不用品を集めて、死体から人形を作るのが僕の能力です。ま、非常にユニークな能力で重宝されてますよ」
人形屋の話したことがすべてではないだろう。それに説明の付いていない部分もある。
だが、それはいい。
僕の目的はこうして会話を続けるところにあるのだから。
「無駄話を続けるつもりはないんだけど、最後に一つだけ聞きたいんだ。魔術師と魔法使いは違うてどういう意味だろう」
「おやおや、これまた古臭い老人の戯言をもってきましたね。確かに私たちは魔法を道具として使っていて、そのうちに人生のほとんどを道具に支配される。そういう言い方もできるでしょう。だけど、それは全ての道具についていけることではないですかね。貨幣を生み出した人類は経済に縛られ、時計を生み出した人類は時間に縛られ、携帯電話を生み出せば、携帯電話が首輪代わりですよ。そのことに何か後ろめたい気持ちを持つ必要なんかあるんでしょうかね。魔法をただ道具として使い、決して道具に支配されることのない人間を魔法使いと呼ぶ。『名人伝』(※著:中島敦)に出てくる弓の名手のようなものでしょうかねぇ。いかにも年寄りが考えそうな空理空論ですよねぇ」
良し、食いつきがいい。
学校でもこの手の理屈屋はいるんだ。
とにかく自説にこだわりを持ているから、喋り出すと止まらない。
あとは、彼の理屈に合わせて話を進めていけば、こういうタイプは『自分自身を否定できない』。
こうして僕らは人形屋との交渉に入った。
僕らの提案はこうだ。
綾瀬先輩を含め僕らは犯人の汚名を着せられると困る立場にある。
だから僕らで犯人を見つけて、内々に処理をする。
その代わり、ギルドの依頼者である野槌を黙らせてほしい。
必要があれば、事件が終わった後もギルドには協力する。
当然、人形屋は『内々に処理をする』という点について激しく詰問してきた。
それはほとんど僕らが犯人を知っているということの暴露であったが、あくまで犯人は分からないと言い張った。
『内々に処理をする』という条件は受け入れられなかったがこれは現時点では想定の範囲内だ。
最終的に、僕らは
『ギルドが持つ事件の捜査資料をすべて開示する』ことと引き換えに
『我々3人が事件終了後もギルドに協力する』ことを約束した。
そして、その余の交渉については『僕らが犯人を捕らえた場合』にテーブルに着くということで収まった。
話が僕たちに有利に進んだ理由は2つあった。
ひとつは三人の殺害状況と、僕らの持つ能力が一致しなかったこと。それはつまりもう一人別の魔法能力者の存在を示唆するものだ。
「この事件には、『死体を動かす魔法』の使い手がいないと説明がつかないのです」
と人形屋は言う。
僕たち以外の魔術師の存在に人形屋は非常に神経質になっていた。
もうひとつは僕が最後まで口に出すことのなかった切り札。
それを勘のいい人形屋は巧みに感じ取っていた。
この切り札は実は切り札としては未完成なのだが、しかし切り札をもっている演技に僕が成功したと言うことだ。
未完の切り札、すなわち魔法刑事の存在。
◇
「見直したぞ、まー!」
「難しい交渉をよくやりとげたな」
二人の先輩からの温かい賞賛。
緊張の糸がきれ、どっと疲労感が襲ってきた僕には心地よ過ぎる。
しかし、まだ何も終わってはないんだ。
「よし、ここからは手分けをする。俺は、『犯人』の身の安全を確保する。逢坂は、事件の資料から真相を推理するんだろ」
「はい。それは絶対に必要なことだと思うんです」
真実を明らかにすることが、『犯人』の心を救うのに絶対に不可欠だと、凛は言った。
凛と出会わなければなんて思ったことはない。だから、凛と出会ってしまったことで遠ざかった真相があるというなら、僕はそれを取り戻す。
「乙女、お前はどっちと行く?」
「え?」
僕は思わず声を上げる。当然
「うーん、どうしようかな。確かに私の能力は人探しには役に立ちそうだけど、でも、まーのことも心配だしな。ってことで、まーが決めてよ」
え、僕が決めるんですか?
不意のご指名に慌てふためく僕。
いや、そんなこと言われても、答えはひとつですよね。やっぱ、僕に選択肢を委ねたということはそういうことでしょ、先輩?
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