第23話 門


「おうい、助けてくれぇぇぇぇぇえ」


 校門に立つ僕らに向かって、金属バットを持った不良の一人が助けを求めて駆けつけてくる。


 校門までは数十メートル。しかし、彼の体にはすでに3体の動く死体がまとわりついている。

 必死にこれを振り払おうとするが、叶いそうにない。


 動く死体たちの表情からはおよそ知性のようなものは感じられない。

虚ろな瞳。半開きの口。その表情とは無関係に強い意志をもつように全身を使って目の前の男を押さえつけようとする。

 男の振るう金属バットに頭を打たれながらも、意に介することなく目的を達しようとする。

 やがて、その一体が男の首をがっちりと締めつけると、男は苦しそうにもがき、やがて意識を失うように倒れ込む。


 僕らは一瞬彼を助けようとしたが、視界の端に新たな死者たちが映る。

 動く死体の数は瞬く間に増え、その数20体強。

 校門に向ってゆく理知集結しつつある


「こんな奴らが街に放たれたら、地獄絵図ですよ。まったく」


人形屋が放射状に部下たちを展開し、これを迎え討つべく構える。


「戦闘用の人形が12体。これじゃあ、少々心細いですかねぇ」


人形は和服の袖をまくりあげ、たすきで縛り上げると自らも戦闘に加わろうとする。


「さてさて、学生さんたち。貴方達はどうします。はっきりいいまして、敷地内に入れば、確実に死にますよ。そうと分かっていても仲間を助けますか」


僕はためらうことなく頷いた。

もちろん木野先輩も、海野先輩も。


「清々しいですねぇ。ならばここは私たちにお任せなさい。できる限り周囲の奴も引き寄せてお相手しましょう」


願ってもない人形屋の提案。


僕らのすべきことは二つ。

 小町を救い出すこと

 風吹先輩を止めること

その2つを完遂しないかぎり、学校の敷地から出ることは許されない。


「『動く死体』がどこまでの能力を持つか分からない。慎重に行動しろ」


と木野先輩。

おそらく僕ら3人の中でまともな戦力になるのは木野先輩だけだろう。

対峙するなら同数でも厳しい。


倒れ込んでいた不良がむくりと立ち上がる。

先ほどまでの恐怖の表情は無く、一瞬、鋭い眼光で僕を見つめた、気がした。


「十分に引き付けたら、一気に入口まで走りなさい。追っ手はこっちでどうにかします」


人形屋が叫ぶ


動く死体たちの表情を見つめているだけで、恐怖のあまり走り出したくなる。

彼らのうち数体は僕も知らない顔ではなかった


「同じクラスの奴がいなくて幸いだけど……」


ガン

   ガン  


      ガン


動く死体たちと人形たちがいよいよ肉薄する。

僕は格闘技に詳しくはないけれど、人形たちの動きはプロのそれだと分かった。

肉体を武器に変える術に熟知している。

一方、動く死体の動きは、人間離れした奇妙なものだ。

およそ合理性というものを無視して四肢を振り回し、あるいは組み付こうとする。


僕らは隙をついて包囲網を破り、昇降口へと駆け出した。


「これを使いなさい」


人形屋が僕に金属バットを投げてよこす。


「ありがとうございます。必ず戻ってきますから」


バットを受け取ると、もはや人形屋の方を振り返る余裕もない。

ただ前だけを向いて疾走する。


                 ◇


 校舎の中は、校庭の何倍もの密度の動く死体で溢れていた。


「動く死体の代表格であるゾンビ―だけど、元ネタであるブードゥーのゾンビは死体ではなくて仮死状態に人間だと聞いた事があるんだけど」


海野先輩がいう。

何もうんちくを語りたいわけではない。この動く死体たちが本当に死体かどうかを気にしてのことだ。


彼らの異様さからとてもじゃないが、生きた人間を想像することができないが、確かに彼らが本当にしたいなのかどうか判断はできない。

彼らが元に戻るのなら、彼らを殺すわけにはいかない

その疑問は僕たちのミッションの難易度を劇的に困難にする可能性があった。


「若干だが、腐臭がする。この夏の暑さだ、既に腐敗が始まっているんだろう」


「でも、それで確信できるの?」


「そうですね。元に戻せる可能性があるなら……」


「ええい、仕方ない」


木野先輩が、廊下の一点を睨み、念動破を発射する。


ドフン


3体の動く死体が吹き飛ぶ。


「できる限りで、傷つけないように配慮する。だが、状況が状況だ。命だけでも助けられるならよしとする」


つまり四肢を奪ったり、重傷を負わせることには遠慮はしないということだ。


僕は階段近くにたむろする動く死体に向かって金属バットを振り上げた。


「うわあああああああああああああああああ」


 ソイツがバランスを崩して倒れるまで滅多打ち。できる限り頭は避けて、下半身を中心に攻撃する。


 2階へ上がる階段には敵が5体。

 1階の動く死体たちも僕らに気付いてゾクゾクと集まり始める。


「チャンスは二度はなさそうですね、一気に生徒会室に向かいましょう」


僕たちは互いの表情を確認すると、一斉に駆け出す。

主力は木野先輩の念動力だが。十分な火力を用意するには約5秒間隔のインターヴァルが必要だ。

僕のバット攻撃は一撃では敵を圧倒することはできず、何度を攻撃を繰り返してやっと1匹というところ。

海野先輩は残念ながら戦力にならない。


念動破を発射。

倒れた敵を階段から引きずりおろしながら、なんとか残りの敵を押さえつけ、

再度の念動破を発射までの時間を稼ぐ。

これを2、3度繰り返しながら、階段から敵を排除すると、しんがりの僕が下階の敵をけん制している間に、先輩たちが2回の様子を確認する。


「くそう。もしかして罠だったのか!?」


2階の廊下を真っ直ぐに進めば、目的の生徒会室に辿り着く。

しかし、2階の廊下には1階の倍以上の動く死体で溢れていたのだ。


「いったん3階まで進むぞ」


最短距離で進むことを断念し、そのまま3階へ移動した。

幸い、3階荷は目に見える限り5体の動く死体がいるだけだった。


「あ、あれは遠藤……」


今まで一人もクラスメートに合わなかったのだ。逆に言えば、これからは見知った人間に遭う可能性が高いということ。


「俺ももう、相手にしたくない顔を何人も目にして知ったっているよ」


弱音を吐く木野先輩。

敵を見なければ攻撃できない先輩の負担は大きい。


「2階に戦力が集中していたので、最初は誘い込まれたのかと思いましたが、こうしてみると敵の配置はかなり適当ですね」


「動く死体は自律して行動しているみたいだ。おそらく命令系統なんか存在しないのだろう。何か突破口へのヒントになればいいんだが」


「とりあえず生徒会室の真上に移動してみましょう」


僕の提案は受け入れられた。

僅かにいる動く死体を痛めつけながら僕らは、少しづつ前に進む。


「おい、おまえら。ちょっとまてぇ」


背後から突然、僕らを呼び止める声がした。


                ◇


ガタイのよい、その大男は

動く死体を担ぎ上げるとひょいと窓から放り捨てた。


「人形屋の旦那の知り合いのぉ」


その男は一度だけ見かけたことがある。人形屋の部下のお岩さんという男だった。


「あ、あの、お岩さんでしたっけ?」


「ああ。何でこんなところにいる」


「僕らは人形屋さんと一緒に。お岩さんは野槌の護衛でしたよね。いったいどうなってるんですか」


「あの坊やが、自分の手で犯人を殺さないと気が済まないとかわがまま言い出してな。犯人を引き渡すということでここに来てみれば、あの化け物の襲撃よ」


「他の方はどうなったんですか」


「分からんよ。もうてんでばらっばらだ。坊やは一番最初に逃げ出したから大丈夫だと思いたいがな」


「そういや、なぜ、動く死体を窓から放り投げたんですか」


「あれくらいやらねぇとこいつら何度でも蘇ってくるぞ。てか、落ちたくらいじゃ止まらねぇ」


お岩さんは窓から下を覗き込む。月明かりと外灯のみでよく見えないが、確かにまだ蠢いている。


「あれは生きているんですかね、それとも死んでいるですか」


「組み付いて近くから見ればわかる。ありゃあ、死体だよ。てか、お前らさっきから動く死体だって言ってるじゃねぇか」


「そうなんですけどね……」


なるほど。確認したい情報が一つ確認できてよかった。


「それより、旦那はどうした」


「今校門のところで戦っています。こいつらが外に出ないように」


「俺は旦那と合流するが、お前らはどうする」


「生徒会室におそらく元凶がいるはずなんです」


「手伝ってやりたいが、俺はあの坊やも探さねぇといけねぇしな。一回旦那の指示を仰ぎたい」


「いえ、あちらも頭数が多い方がいいと思いますから」


「よし。じゃあこれだけやるよ。俺にはいらねぇ」


お岩さんは背中に担いでいた木の棒のようなものを僕に渡してくれた。


「ポン刀だよ。想像より重いからうまく使えよ」


白木の鞘から抜き出した刃の輝きは思ったよりもくすんでいた。


「ハハハ、使用済みだからよぉ」


僕はお岩さんに礼を言い、彼と別れた。


「野槌をどうするか迷うから、逃げてくれてればそれはそれでいいのかも」


なんて海野先輩は言う。

既に彼の兵隊は壊滅状態なのだろう。

僕らとしては、できればこれ以上ややこしい状態にはなって欲しくない。


「生徒会室に小町と風吹先輩がいることを確認できたら、いいんだけど」


「私に任せてよ」


海野先輩はいつぞやのヘッドフォンを取り出すと耳に当て精神を集中する


目を閉じて、耳を澄ますように、眉間に皺をよせじっとしている

おそらくラジオの電波をチューニングするように

聞こえる音を選別しているのだ。


「うん、いけそうだよ」


「聞こえる、聞こえる……たぶん小町。誰かと話をしている。相手の声は聞こえないけど、たぶん風吹さんね……場所は分からないけれど二人は一緒にいる……」





































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