第12話 恋の始まり

 アルバイトに行くと劉さんがいた。

今日はいい日だ。単純な僕は彼女が同じ空間にいるだけで機嫌がいい。

シフト表では彼女は今日入ってなかったハズだけど?

「お疲れ様です。今日入ってなかったよね、劉さん。」

彼女はアンニュイな感じで僕をチラリと見た。

「テンチョウ、ビョウキニナッタカラ。」

山田さん、風邪でもひいたか。冷房効きすぎなんだよ。

「で、何時までなの?今日。」

「テンチョウノカワリダカラ、10ジマデダ。」

ふーん、4時間一緒かぁと僕は悟られないようにほくそ笑む。


 そもそも僕が彼女を好きになったのはアクシデントがきっかけだった。

そう言うとなんだか秘密めいていてドラマチックな感じがするけど、実際はかけ離れている。(今になって思うけど)

 それは、2月に遡る。24時間365日営業しているこの店では棚卸を行うのも大変だった。手分けして数の確認をしていく訳だけど、たまたまその日、僕と劉さんがペアで作業をしていたんだ。

 棚にあるものを数を数えて決まった用紙に品目と数を記入していく。数える人、記入する人に分かれて進めていた。棚の物を下ろしたりそれをまた戻したりを繰り返してたけど、床にもその内、物が増えていき作業がしづらくなっていった。だけど自分達の任せられた範囲がもうすぐ終わるってとこだったから、僕達は動きづらい事を無視して続けていたのがいけなかった。

 僕がつまづき、倒れる側に劉さんがいた。床には物が沢山ある。このまま床に倒れたら劉さんが怪我をする・・・。

 視界が床に向かって移動する中、僕はとっさに色々な考えが頭をよぎった。だからと言ってできた事は限られてたけど。

 僕は彼女の腕を引っ張り自分が先に床に落ちる事を選んだ。もちろんダンボールやらケースが床には沢山置いてあったので、僕の背中には相当の衝撃が走ったけど、副産物ともいえる出来事があった。

 その瞬間、僕は彼女を抱きしめてた。そして背中の痛みと共に彼女の柔らかい胸の感触を自分の胸一杯に受け止めることができた。女性を抱きしめたのは後にも先にもこの1度きり。すごい経験!

 痛さでしばらく動けなかった。大分長い事そうしていたと思う、いや気がするだけかも。最初は息ができないほどの激痛だったけど、途中から僕は劉さんの胸の柔らかさにうっとりしていた事は内緒だった。

「ううっ。」

と、僕は声をあげ劉さんは心配そうに

「ダイジョウブカ、オマエ。」

と言った。彼女が身体を起こそうとしたので、

「ゴメン動けないからちょっとこのままで。」

と申し出た。

劉さんは仕方ないといった感じで、起き上がろうと力を入れた身体からスッと力を抜いて僕に身を任せてくれた。後から考えてみると、なぜ彼女が身を委ねてくれたのか不思議に思うけど、とにかく、お蔭で僕は彼女の柔らかい身体にしばし密着できたのだ。


 僕を馬鹿なヤツだと思ってくれていい。その後の背中の痛みと引き換えに(変な打撲あとのアザや筋違いやら)僕は彼女を抱きしめる事ができた。だけど、初めての柔らかさに出会ったら誰だって少しでも長い時間触れていたいと思うのは当然じゃないだろうか?

でも、相手に気づかれてはいけない、これは重要な事。

これ以上はもう無理、と思われる時間一杯まで僕は劉さんを抱きしめた。もう思い残すことはない・・・。


 そう、コレだけ。このアクシデントがきっかけで劉さんの事が好きになったんだ。

僕を馬鹿なヤツだと思ってくれていい。恋とはそんな風に始まるものなんだ、きっと。

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