第14話 みみじぃバイトについてくる

 僕とみみじぃは今ではお互いの存在がいつしか当たり前のようになっていた。毎日一緒に寝起きして、僕はみみじぃの身の回りの世話をなんの不満もなくしていた。これってもしかして「無償の愛」ってやつ?と自問しちゃうくらい。だって、僕がいなければみみじぃは生きていけない。ご飯や風呂や寝床の準備、そんな事を毎日やっていた。今まで母親が僕にしてくれていた事を僕が誰か(みみじぃ限定だけど)の為にやってるなんて!自分がスゴイ人間に思えてもきた。(ま、これは大人になった気分にさせてくれたってこと)

 親がいないときには1階で一緒にテレビを見て声をあげて笑ったり、悲しい映画を見れば二人して涙ぐんだり(みみじぃの方が涙もろい)。

 多分人生で初めてだと思う、他人(?)と長い時間一緒に生活を共にするのは。

みみじぃは口は悪いし自分勝手だけど、根はいい人だった。感謝はされないけどそれは気にならない。みみじぃが今日も元気にしていれば僕は満足だった。ばあちゃんも楽しみにしてるしね。


 「おい、お前のバイトに連れて行け。」

ある日、みみじぃが言った。

えーっ。誰かにばれたらどうすんの!と僕は思ったけど、その反応を見越してたのか、

「人形のふりするから大丈夫じゃ。」と言った。

小さいじいさんの人形を僕が持ち歩いてたらキモくないだろうか?

いくら確認しても「大丈夫じゃ」しか言わない。

渋々僕は彼をバイトに同行させることにした。


 そこで僕はいつもと違うカーゴパンツを履いた。これなら大き目ポケットがたくさんあるから少しは安心だ。いつもはGパンだけどお尻のポッケや前のポッケじゃ屈むときっとみみじぃが窒息してしまう・・・。左側の膝辺りにあるポケットにみみじぃをセット。

出掛けに、

「顔出してもいいけど、本当気を付けてね。」

「わかった。大丈夫じゃ、心配性じゃな、小僧は・・・。はい、出発。」

どっから来る自信なんだよ、まったく。

イマイチ不安が残るけど、僕はバイト先へ向かった。


 店には体調不良から立ち直った店長山田さんがレジの中にいた。

「お疲れ様です。」

「お疲れ、ご苦労さん。」

僕は挨拶してロッカーに向かった。

制服の上着を着てレジに戻る。なんだか左足を気にしながら歩くので変な筋肉痛になりそうだった。チラと見るとポケットから頭を出して辺りを見回していた。

(えーっ。やめて欲しい・・・。)

慌てて山田さんを見たけど、山田さんはカウンターに置いた台帳を真剣に見ていた。左足を軽く上げてみみじぃにサインを送る・・・。

 みみじぃは視線に気がつきしかめっつらをしてポケットに潜り込んだ。あー気が気じゃない。


 山田さんと二人で2時間程働いた後、劉さんがやってきた。お、そうだ、今日は楽しみな日だった。

「オツカレサマデス。」

劉さんが僕達に挨拶したが、声がいつもと違い暗かった。何かあったのだろうか?

そしてなかなかロッカーから出てこない。なんとなく心配になった僕は在庫を見に行く振りをしてロッカー室の劉さんに声をかけた。

「劉さん大丈夫?」

ノックをしたけど応答はない。まさか倒れてないよね?

再度ノック。そして声を掛けた。

やっぱり反応なし・・・。

不安になって、「開けるよ。」と言いながらロッカー室をそっと開けた。


劉さんが泣いていた。


 その泣き方は静かだった。両腕で自分を抱きしめるようにして身体を震わせていた。声を掛けるのがためらわれるような泣き方だった。僕は未だかつてこんな風に泣いてる人に遭遇したことがなかった。だからどう接したらいいのかわからなかった。どうしよう・・・とプチパニックに陥っていたが、泣いている事より重大な事にすぐに気が付いた。

 劉さんは制服を着るためにタンクトップになっていたが、肩や腕、背中がアザだらけだった。

 今度こそどうしようと声を失った。泣くだけでなく、身体が傷つけられた人を目の前にした事も初めてだったから・・・。

 だけど意を決して僕はロッカー室へ足を踏み入れた。

「劉さん、どうしたの?」

なんとかひねり出した問いがそれだった。

劉さんは僕の声に驚いて振り返った。初めて見る劉さんの顔がそこにあった。

「ダイジョウブ」

そう言ったけど、全然大丈夫じゃない。

「怪我してるみたいだけど、今日はバイト休んだら?店長に言ってあげるよ。」

「ダイジョウブ」

「だけど、大丈夫そうには全然見えないよ。僕にだってそれくらいわかる。」

「・・・。」

 僕はどうしてよいのかわからなかった。しばらく二人で立ち尽くしていた。

左足に刺激を感じた。あ、みみじぃが一緒だった、僕は思い出し、連れて来たことを後悔した。

 みみじぃは何かゼスチャーで僕に知らせようとしている。「え?なに?」

僕には全然わからない。みみじぃお得意の小さな舌打ちが聞こえた。もうーマジかよ。劉さんに気付かれたらどうすんだよ。僕は注意深くみみじぃのジェスチャーを見つめた。


そして「!」


 僕は自分のロッカーにある飲料メーカーから何かのキャンペーンでもらった長袖のラグランスリーブのTシャツを出して劉さんに手渡した。

「これ着ればアザは見えないと思う。店内寒いくらいだから長袖着ててもおかしくないと思うよ。」

と、言った。左足のポッケを覗くと人形のふりをしてるのか目をつむり僕にだけわかるように小さく頷いている。

こんな状況で僕は噴き出しそうだった。まるで魔女の宅急便のネコみたいだよ。こっちはじいさんだけど・・・。


 劉さんは「アリガト。スグイクカラ、オマエモドレ。」と言った。


 僕は素知らぬ素振りで店に戻り、劉さんちょと体調悪いみたいで、仕度に時間かかってるらしいです。と山田さんに伝えた。

山田さんもいつも元気な劉さんが体調不良と聞き、様子を見に行こうとしたところに彼女がカウンターへやってきた。少し前まで泣いていたのがうっすらわかる。

「大丈夫?劉さん。風邪?」

なんとも的外れだけど、僕にとっても劉さんにとっても救いのような一言だった。

「ダイジョウブデス。スミマセン。」

劉さんは笑顔を作って答えた。

「無理だったら途中で電話して。俺、今日は家にいるから。すぐ代わるからね。」

山田さんが労わるように言った。

もしかして、山田さん、劉さんの事好きなのかな?僕は劉さんにかけられる優しい言葉に反応していた。

「ダイジョウブデス。アリガトウ。」


 店はいつも以上に暇だった。僕は店内から死角になる場所に丸イスを移動し、劉さんを座らせた。

「暇だからいいよ、座ってて。」

劉さんは小さく頷いて僕の意見に従った。

 本当に今までにない位の暇さだった。今日はテレビでなんか見逃せないものでもやってるのか?それともこの街からみんなどこかへ出かけたのか・・・。


余りに暇で時間を持て余した僕は店内の整理でもしようとウロウロしていた。冷蔵コーナーに手をつけて商品がいたずらされてないか(人が来てないから多分ないけど)など確認していた。

あるコーナーでみみじぃがポケットから顔を出して言った。

「コレじゃ。コレ。」

「なに?」

見ると身体を半分ポケットから乗りだし、あるものを指していた。

プリンだった。僕はしばし記憶をたどる・・・。

「あ、コレね。これ。プリンだったのかぁ。じゃぁ、コレ帰りに買って帰ろう。」


 みみじぃが食べたいと言っていた物が判明した。さて、彼はいつ食べた記憶なのだろう・・・。


2時間ほどした頃、劉さんが店に出てきた。

「いいよ、休んでて。店ヒマだから。今世紀最大のヒマさ加減だよ。今日。」

笑いながら言った。

「ダイジョウブダ。オマエ、コンドハヤスメ。」

口調はいつもの口調だけど。

「いやいや、大丈夫。」

結局二人でカウンターに並んで店番をした。

その後も1人、公共料金の支払いに来ただけだった。


 僕は勇気を出して聞いてみた。

「何かあったの?」

「・・・。」

「怖い思いしたの?」

「・・・。」

劉さんは答えない。僕もいつになくしつこく食い下がった。

「僕に何かできる事はない?」

「・・・。」

劉さんはやっぱり答えない。

僕もこれ以上は勇気が出せなかった。もう、黙るしかない。

「オマエニ、デキルコトハ、タブンナイ。」

劉さんが小さく言った。僕は撃沈した。

「デモ、タスケテクレテ、アリガトウ。」

と彼女は言った。

僕は小さくため息をついた。


22時になって武田さんが来た。僕と交代だ。

劉さんに「僕が残ろうか?」と一応聞いてみた。

応えはやっぱり「ダイジョウブ。」だった。僕は引き下がった。

みみじぃのリクエストであるプリンとアメリカンドックと唐揚げを買って帰った。

 帰り道はみみじぃをシャツのポケットに移動させて帰った。

僕が黙って歩いていると

「あの娘が気になるのか?」

と聞いてきた。

「そりゃそうだよ。見ただろ、あんなにアザだらけになるなんて。何があったのか気になるよ。」

「そうじゃな。でもお前に出来る事は何もない・・・。」

「わかってるよ。そう言われたじゃん。」

僕は少し苛立って強い口調で言った。自分が非力な事を今更ながら実感して自分に苛立っていただけ。そんな事、とっくに気づいてる。だから触れられたくなかっただけだ。

 しばらく何も話さず黙々と歩を進めた。

「小僧、お前あの娘が好きなんじゃろ。」

みみじぃは何もかもお見通しだ。僕は観念する。

「うん・・・。」

みみじぃが小さなため息をついた。

「でも、思いが通じることはたぶん、なかろうな。」

みみじぃはそう言って、左のポケットの中で僕の胸をトントンとまるで慰めるように2度叩いた。

僕はちょっと泣きそうになった。



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