第15話 僕の世界とみみじぃの世界

 その日、バイトから帰ってからも劉さんの事が頭から離れなかった。みみじぃはそんな僕におかまいなしで勉強机の上でプリンに舌鼓をうっている。

「おい、これはなんという食べ物だ?」

「プリン。」

「プリンか・・・。変な名前じゃのぅ。ま、うまいから構わんが。」

ジュルジュルいいながらいつもと同じワイルドな食べ方だ、いやほぼ飲んでる。

あっという間に食べ終わり、出た腹をさすりながらみみじぃは聞いてきた。

「あの娘の事が気になるのか?」

そりゃそうだろ!

「だって、あの傷。誰にやられたんだろう。見たでしょ、気にならないの?みみじぃは。」

「お前が気にしたって、解決できんだろ。」

「そんな事は僕だってわかってるけどさ、好きな人があんな風に泣いて傷ついてたら気になるはずだよ、誰だって・・・。」

「そんなもんか・・・。」


「ねぇ、みみじぃ。誰かを好きになったことある?」

「はぁ?」

「初恋はいつ?」

「はぁ?」

「どんな人がタイプなの?」

「はぁ?」

「結婚したことある?」

「はぁ?」

「ちょっと、一つ位はちゃんと答えてよね。」

「何一つ答えられるものはない。」

「なんで?」

「どれも経験がないからじゃ。」

「うそだろ。誰も好きになったことないの?」

「ない。」

「この人、女性として好きだな、とか。」

「ない。」

「いつか誰かと結婚するのかな?とか。」

「ない。」

「結婚した事ないの?」

「あるか、あほっ。」


うそだろ!!!


ちょっと待て。

「ねぇ。今まで気にもしてなかったけどさ、みみじぃって何歳なの?」

「なんさい?」

「そう。」

「なんじゃ、それ。」

「年だよ。生まれて何年生きてるかって事。」

「そんなもんないわ。」

「なんで!」

「生まれるってどういう事じゃ。」

「母親が十月十日お腹で子供を育てて、命がけで出産したその日が産まれた日だよ。」

「ふぅん。」

「なに、それ。ふぅん、って。」

「わしには経験ない。」

「どういう事?」

「わしには母親なんておらんし。」

「えっ?捨て子なの?」

「なんじゃ、それ。」

「育てられないとかそういう理由で誰かの家の前に捨てられたとか施設に送られたとか?」

「お前は本当にアホなんじゃなぁ。」

全く会話がかみ合わない・・・。なんで?


みみじぃは呆れたといった顔でため息をついた。

「いいか、よく聞けよ。わしはどうやってお前と会ったんじゃ?」

え?なんだっけ?あーそうだ。

「耳垢みたいにして右耳から出てきたよね。」

「そうじゃ。そのわしが誰かの耳の中で家族と一緒に過ごしてるとどうして思える?」

「お、おう・・・。」

なるほど、一理ある。

「母親から産まれるとしたら誰かの耳の穴の中で出産か?そんな馬鹿な事あるか。」

「確かに・・・。」

じゃあ、どういう事?


「生まれた時の記憶ってあるの?小さい時とか・・・。」

「ない。最初からこのままじゃ。」

「えーーーっ。なにそれ、最初からじいさんだったって事?」

「じいさんとはどういう事がわからんが、姿形はこのまま。そうじゃ。なんか悪いか?」

「いや。ねぇ、じゃあ、友達とかいるの?」

「おらん。」

「あの、みみじぃのような時々誰かの耳の穴から出てくる人種?の協会みたいなのとか。」

「そんなものないわ。」

「自分と同じような人に会ったこともないの?」

「ない。」

僕はたまらなくなって、

「みみじぃ、それって天涯孤独って言うんだよ!よく頑張って今まで生きてきたね。」

両腕を勉強机に置き、めいいっぱいみみじぃに顔を近づけて言った。

そんな僕に対してみみじぃは多少仰け反りながらも半笑いで、

「お前は本当に馬鹿じゃな。何歳だとか家族だとか結婚だとか、それはお前達の世界の概念だろうが。そんなものに全ての物を当てはめるんじゃない。それはお前達の奢り以外何物でもない。わしはきっと理由があって今ここにこうしてるんだと毎度毎度思う。意味があるからじゃ、きっと。それから天涯孤独は可愛そうなものでもないぞ。孤独が可愛そうなどと思うな。必要な要素だっ。」

強い口調で言われて、前のめりだった僕が今度は仰け反った。

「なんかすいません。」


 ま、確かにそうだよな。みみじぃの世界にはその世界の理由があって、僕には僕の世界がある。相容れない事柄があるのが当たり前でそれを否定したり、自分の世界に当てはめて可哀想がるなんて、たしかに奢りだ。みみじぃは正しい。

 僕は独りで考えていた。みみじぃが僕の所に来てくれたのも理由があるのかもしれない。


「それにしても、お前は見てると人と関わる事を避けてるようだが、天涯孤独は寂しいものだと思ってるんじゃな。自分の事は寂しいとは思ってないのに・・・。面白いな。」

言われてみると、確かだった。これまたみみじぃが正しい。僕はぐぅの音もでず、口をギュッと結び何度か頷くしかなかった。


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