第22話 親父の怒鳴り声
親父の怒鳴り声が聞こえていた。それは特に珍しいことではない。今日のターゲットは母さんだった。うちの場合、家族3人しかいないからターゲットが母さんでなければ僕に変わるだけ・・・。
親父の怒りの沸点がどこだか17年子供をやってる僕にもわからない。突然火がついたように怒り出す。それだけじゃなく、怒りの持続時間が長いのが面倒くさい。
今日は何に怒っているのか?2階の部屋にいる僕に途切れ途切れで聞こえてくるのは母さんの家事について文句を言っているようだった。
やれ、味が薄いだの濃いだの、お茶が熱いとか、洗濯物の畳み方が気に入らないとか、今日着たいワイシャツがないだの、弁当がマズイとか、物の置き方が乱暴すぎるとか母さんの一挙手一投足に上げ足を取っているとしか思えない。ほとんど言いがかりに近い。難癖つける当たり屋みたいだ。
親父の怒鳴り声ばかりが聞こえてくるってことは、きっと母さんはいつものように困った顔して反論もせず黙って聞いているんだろう。
小さな頃は親父の怒りがなるだけ自分に向かないようにと母さんが怒鳴られている時はなるべくそばにいないように、そっと逃げ出していた。今では日常過ぎて麻痺している。食卓で文句を言い続ける親父を横に僕は黙々とご飯を食べることだってできる。そんな僕でも過去には母さんが気の毒に思って、何度か勇気を出して怒る親父に文句を言った事がある。親父は口で攻撃はするが手をあげることはない。結果どうなったかというと、口を出した僕に怒りの矛先が向けられるだけで、親父が大人しくなるワケでも反省してくれるワケでもない。母さんに「無視してなさい。そのうち収まるから。一々真に受けてたらやってられないでしょ。」と母親なりの対処の仕方が困った顔して反論しないのだと理解してからは、やり過ごすことにしたんだった。
実際、母さんは料理があんまり上手じゃないと思う。だから味噌汁の味が毎日薄めだったり、塩っからかったりする。性格も良く言えばおおらか、悪く言えばおおざっぱ。情報としては正しい、けど言い方ってものがあるよね。最近僕は思う。相手に本当に伝えたいのなら、相手が言われた事を納得できて、尚且つ「今まで悪かったな」と思ってもらえるようなアプローチ方法って探せばあるはずだと。親父のやり方は改善を求めるってよりは自分の不満をぶつけるだけで、結局解決にはなってない・・・。親父も親父だけど、母さんも一度くらい親父の気に入らない所ををぶつけてやればいいのに、とは思うけどね。
母さんはどうして親父と結婚したのか?一体どこが良かったんだろう、こんな怒りんぼの親父の。今度母さんに聞いてみよう。「生まれ変わったら親父と結婚する?」って。きっと答えはこうだろう。「絶対しない!」って・・・。たぶんそう答えると思う。ばあちゃんみたいに。
まだ親父は怒っているようだった。僕は勉強机でノートを広げていたが、すでに手は止まり、意識は1階の親父と母さんに向けられていた。気づくとみみじぃは窓の縁に座って外を眺めていたが、僕と同じく親父の怒鳴り声に耳を傾けているようだった。
僕はみみじぃの背中に向かって、
「ごめんね、みみじぃ。なんだかお恥ずかしい所を。」
と言った。
みみじぃは、振り返って。
「いやいや、でも親父さんは気の毒な方じゃな。小僧、お前は親孝行せないかんぞ。親父さんにも、もちろんお袋さんにも。」
と、言った。
僕はその時初めて、自分の親父が「気の毒」な人なんだと知った。いや、それはみみじぃの意見であって、正しいかどうかはわからない。だけど子供の頃から自分や母さんが怒鳴られ被害にあってるとしか思ってなかったから、まさか怒鳴ってる本人が気の毒だなんてこれっぽっちも思った事がなかった。そうなの?親父は気の毒なの?
「気の毒な人は怒鳴るの?」
僕は驚いてみみじぃに聞いた。
「いや、みんながそうとは限らない。ただ、親父さんは強い人ではないようだな、息子のお前に言うのもなんだが。」
強くない・・・。
親父が強い人じゃない。
家族っていつもそこに間違いなく同じ場所にいて、どんな事があっても親という立場は変わらないし、それは息子も同じ。だからこそ、自分を創った親父が強い人ではないという事実に軽くショックを受けた。
怒鳴られる事や文句を言われることが苦痛だったけど、親父がそうなる理由の一つが強くない人だからって事は思いもよらない事だった。
「そうか・・・。」
あからさまにショックを受けてる僕にみみじぃは、
「色々大変なんじゃろ、きっと。わしは思うが。家にいる親父さんとは別の顔があるのじゃろ。人とはそういう生き物だと思うが。一度親父さんとゆっくり話でもしてみたらどうじゃ?」
と、言った。
さて、親父の外の顔?仕事は地方公務員だということは勿論知ってるけど、どんな種類の仕事をしてるかは聞いたことも興味を持った事がない。誰かに聞かれて「公務員」と言うと、「あら、いいわね」と言われることが多く、そんなにストレスのたまる仕事なんだろうか、まさかね。ただ、怒りっぽい性格なんだと思ってたけど、本当にそうなんだろうか?
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