第21話 僕と劉さんと柏木さんの夜

 みみじぃと外食・・・。

夏休み中に一番難しい宿題が出た気がする。

ばあちゃんは何故かみみじぃの存在を当たり前のように感じているフシがあって、僕達と同じように普通に暮らせる市民権をみみじぃは持っていると思ってる。

実際には、レストランでみみじぃがハンバーグ食べてたら誰だって驚くよね。

 さて、どうすんだ。

ばあちゃんとみみじぃは二人でハンバーグについて語り合っていた。みみじぃには未知の食べ物だから、「柔らかいのですか?」とか「甘いんですかねぇ?」と若干的外れな問いかけをしていた。

ばあちゃんは、

「いえいえ、お肉ですから甘いとすればお肉の脂の甘さですねぇ。」とこれまたかみ合わない会話を延々を楽しそうにしていた。

楽しそうなら、ま、いっか、と僕は二人の会話に口を出さなかったけど。二人の中では「近日中にハンバーグを食べに行く会」というイベントのような盛り上がりになっていてその勢いは僕には止められそうになかった。


 「はぁー。」

ため息が漏れる・・・。

「ドウシタ、オマエ。」

ああ、そうだった。今はバイト中で劉さんと一緒だった・・・。僕とした事が・・・。

「え、あ、別になんでもないよ。」

「キョウハ、オマエ、ナンジマデダ。」

「22時。」

「ソウカ。」

あれから時間が経ったけど、劉さんは元気になったのかな?

「怪我はどう?治った?」

僕は聞いた。

「シンパイスルナ。モウゲンキダ。」

笑って言った。その笑顔は本物のようだった。

 彼女に笑顔が戻って嬉しかったけど、それを見て、僕は自分の役目が終わった気がして勝手に少し取り残された気分になってた。

おかしな話だけどね。


やがて僕の勤務時間が終わる頃、この間紹介された新しいバイトの柏木さんがやってきた。

「お疲れ様です。」

「こんばんは。」


 僕はその時、初めてみたんだ。人が恋に落ちる瞬間を。

よく映画とかである、恋に落ちた人の周りに風が吹いて、彼女の周りだけ色が柔らかいピンク色に染まる、あの感じ。本当にあるんだね。僕の知らない劉さんがそこにいて、僕はその事に言葉も出ず静かに衝撃を受けてたんだけど。

 劉さんは柏木さんの登場にその場に固まって、視線だけは彼を捉えていた。

一方の柏木さんは劉さんの視線を気にするでもなくロッカー室に消えた。

「アレ、ダレダ。」

「え?ああ。会ったことなかった?新しく入ったアルバイトの柏木さんだよ。」

「ソウカ。」

なんだよ、なんだよ。僕は面白くない、けどそんな事は彼女にはなんの関係もないし、気にもしてない。もっと言うと気づいてもいない・・・。

柏木さんが着替えてすぐにレジに来た。

 言いたいことはあるけれど、ここは僕が間をとりもたなけばならない状況みたいだった。

「えっと、柏木さん、こちらアルバイトの劉さんです。今日は僕がこれであがりなんで、わからないことは劉さんに聞いてください。」

「わかりました。」

「じゃ、劉さん。あとお願いします。お疲れ様でした。」

劉さんはいつも出さない1トーン高い声で「ハイ」と言った。

うそだろ。

 僕は二人の行方っていうか、いつもと違う劉さんが気になって、というのもあって、私服になってから店内で商品を物色するフリをしながら二人の様子をうかがっていた。僕に劉さんの恋をどうのこうの言う資格なんて全くないのは百も承知だけど、僕は彼女が好きなんだ!気になるのは当たり前だし、とにかく仕方がない。


 カゴを持ってウロウロして、取りあえずみみじぃのお土産のプリンを入れて、麦茶とうまい棒も買う事にした。

レジでカゴを差し出すと、劉さんがレジを担当していた。

柏木さんは彼女の隣で袋に詰めている。

「457円デス。」

劉さんが言う。

僕は仕方なく店を出た。店を出る瞬間、二人に揃って「ありがとうございました。」とハモッて送り出された。もわっと生暖かい空気を感じながら店の方を振り返ると女の顔をした劉さんがいた。店でそんな顔をするなんて・・・。店の自動ドアがウィーンといって閉まった。僕の世界と二人の世界が真っ二つに分かれた気がした。

 人生って何が起こるかわからないっていうけど、本当なんだな。


僕は急ぎ足で家に帰り、ベットに横になっていたみみじぃを起こした。

「ちょっと、聞いてよ。みみじぃ。事件、事件。」

「なななんじゃ。何事じゃ。」

みみじぃも半分寝ぼけて慌てた様子で起き上がった。

取りあえず、麦茶を飲み、みみじぃにも差し出し、プリンも目の前に置いた。

みみじぃは僕がさっき見た事をじっと聞いていた。

「ね、ちょっと、劉さん一目みただけで柏木さんの事好きになっちゃったよ、っていうか好きになるよ絶対。柏木さんも好きになっちゃうかな、劉さんの事。タイプかも。」

「ふぅむ。仕方ないじゃろ、それは。」

「ま、そうだけどさ、僕の気持ち知ってるでしょ、みみじぃも。」

「ま、知っとるけども。」

他人事だと思って冷静すぎる・・・。

同じテンションでとは言わないけど、少しは僕を元気づけるとか相手のダメな所を探して僕を少しは嬉しがらせるとかなんか、ないかな、みみじぃ。

「でも、小僧にとってはいい経験じゃな。自分じゃない誰かがその恋に落ちる瞬間ってやつを目の当たりにするなんて・・・。なかなかないはずじゃ。」

いや、そんな所じゃないんだけど、僕が言いたいのは・・・。

モヤモヤした気持ちは収まらないけど、すでにみみじぃは劉さんの話はどうでもよくて目の前のプリンに頭を突っ込み食べ始めていた。

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