第18話 真夏日の夜に思うこと

 僕はうなだれて自宅への道をとぼとぼ歩いていた。夜なのに風もないからか熱風がまとわりつく。足を進める度にそれがねっとりと身体に巻き付いてどんどん自分が重くなっていく気がしていた。

 みみじぃはバイト先を出た後、僕のシャツのポケットに移動していた。

「そんなに落ち込むな、小僧。」

あんなにさっきは笑ってたくせに・・・。

「ちょっと、ほっといてよ。今、誰ともしゃべる気にならないから。」

ふーうむ、とみみじぃは息を吐き

「人それぞれ、考える時期はくるものじゃ。違うか?」

いや、そうだと思うよ、っていうかそうじゃないとダメだろ、たぶん。


 そんなに真剣に人生について考えなくちゃいけないものなんだろうか?そんなギリギリで生きていかなくちゃならないんだろうか?例えば僕に物凄い身体能力が備わっていたとする、当然何かのスポーツにチャレンジする。そこからは常に競争の世界が待ち受けている。それに勝つためにアスリートとして日々無駄のないように自分の目標を掲げてその目標に向かって、計画を立て、悔いのないアスリート人生を歩むようにするだろう。

 だけど、僕にはそんな運動神経もずば抜けた頭脳も興味も夢もないんだもん、仕方ないじゃないか。


 何かに急かされてる気分になる。


 家に帰って熱気で重くなった身体から解放されたかった。シャワーを浴びようと風呂場に行った。みみじぃもついてきた。結局みみじぃと二人でシャワーを浴びた。ぬるいシャワーが気持ち良かった。下を見ると、みみじぃは子供みたいにはしゃいでシャワーを浴びていた。直接のシャワーに当たるとみみじぃは流されてしまいそうだった。僕の後方でシャワーの水滴が少しだけ当たる場所を自分で見つけて移動していた。僕が屈んで昔から家にある檜の椅子に腰かけ、水量を調節した。そういえば、みみじぃはいつも洗面器の風呂にしか入ってない。シャワーは初めてだった。少しだけ申し訳なくなって、僕はシャンプーでみみじぃの頭を洗ってやった。かがんで大人しく僕の親指と人差し指で頭を洗われている。

こんな時、小さいじいさんは可愛い。

「痒いとこある?」

僕が聞くと

「お?おぉう、首の上あたりを頼む。」

と言って深く下を向いた。指定の場所をつまむように洗ってやると

「おおぅ、おおぅ。そこじゃ、そこ。」

と気持ちよさそうな声をあげた。

いつの間にか僕のささくれだった心が癒されていた。不思議だね、誰かの世話を焼くことが自分の癒しになるなんて。


 風呂場から自室へ戻り、買い置きしていたプリンとアイスと麦茶を二人で食べた。みみじぃはアイスが苦手だった。まず僕が小さく砕いてやらないといけないんだけど、いつも上手く砕けず、半分溶けかかったものか、大きすぎて口に入らないかのどっちかだったから、食べるみみじぃが「難しいわっ。」と言って食べるのをやめてしまったことがあった。で、プリンを全面的にみみじぃが食べて、僕がアイスを食べ、麦茶は二人で飲む(絶対的に飲む量は僕の方が多いけど)というパターンが出来上がっていた。

 相変わらずみみじぃは、プリンを飲んでいた。僕がアイスを食べ終わるより早く完食!いつもの満腹スタイルでふんぞり返ってる。


 いつものように開け放した窓から夜風がすーっと入ってきた。久しぶりに感じる夜風に少し秋の気配が混じっている気がする。もしかしてそろそろ夏が終わるのかな・・・。

 僕はみみじぃに南田君の話をした。劉さんだけでなく同級生までが自分の人生に真正面から向き合う状況に陥っていることを話した。

「それで、お前は何に悩んどる?」

「え?」

言われて、困る。僕は悩んでるのかな?

「いや、その。なんだろ?僕、悩んでるのかな?」

「やっぱり、アホじゃの。自分が悩んでるかもわからんとは。」

仕方ないじゃん。

「人にはそれぞれ。頃合いというものがあるものじゃ。その南田にもおっぱいの大きなあの娘にも、お前にも。」

「おっぱいの大きなって、劉さんだよ。」

「まぁ。どうでもいい。名前なんてものは何かを指すただの名称でしかない。記号と同じじゃ。」

いやいや、違うと思うけど・・・。

「お前はいままで色んなものになるだけ関わらずに生きようとしてきたか?そんな感じじゃな、多分。お前は何かの壁にぶつかったのかなんだかわからんが、頑張ったり、挑戦すること、自分を試すことをいつの頃からか止めてしまった。それはそれで楽じゃった。このままでいいやって今まで過ごしてきたのかもしれん。でも、きっと、お前の心のどこか奥底で後ろめたい思いがあったんだろう。たまたま、人生に向き合う二人を目の前にして、その後ろめたい思いがお前の中で沸き上がったんじゃ、それでお前は今、戸惑っとる。」

・・・。そうなの?僕。今そういう状態?

「僕、今まで頑張った事ないんだよ。一度も。」

みみじぃはふんっと鼻で笑った。

「無理に頑張る必要なんてないわ。お前に無理に頑張って欲しいなんて誰も思っとらん。いいんじゃ、いつか頑張る時が嫌でも来る。その時が来ればお前は頑張れる。大丈夫じゃ。」

なんとなく、慰められたような、元気づけられたような・・・。

「僕はどうすれば?」

「お前は本当に・・・。まぁいいわ。そうじゃな、毎日楽しい事を自分で感じる、見つける。あ、言っとくが楽と楽しいは違うぞ!ま、それだけでもお前にはいいリハビリじゃろ。」

リハビリっすか・・・。僕は病んでるのか、どっか・・・。






 

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