第17話 僕の人生設計
数日が経って、あれ以来のバイト日だった。出かける準備をしていたら、みみじぃが、
「バイトに行くのか?」
と、聞いてきた。
「そう。」
シャツを羽織ってボタンを留めながら答えた。
「よし、わしも行こう。連れてけ。」
と命令口調で言った。
前回のヤキモキが忘れられない僕は、
「やだよ。いつか誰かに絶対気が付かれちゃうよ。」
「大丈夫じゃから、連れてけ!」
勉強机の上で両腕を上げて、猛アピールするみみじぃ・・・。
いつも僕は根負けすると同時に笑ってしまう。みみじぃの小さな身体から発せられるエネルギー量のデカさに。仕方なくため息をついてカーゴパンツを手に取った。
やがて劉さんは8時にやってきた。
「オツカレサマデス。」
「あ、お疲れ様です。」
僕を見てニコと笑った。良かった、元気そうだった。いつもの笑顔が戻っていた。
シフトパターンで店長と引き継ぎをして劉さんがカウンターに入った。
制服の下に七分袖のシャツを着ていた。アザはまだ残っているのだろうか?
「その後、大丈夫?」
僕は気になっていた一言を真っ先に口にした。
「ダイジョウブ。」
一体、何度目の「ダイジョウブ」だろう・・・。劉さんは僕を頼らない。ま、そりゃそうだけど。見るからに頼りないんだろうな、って、自覚はめっちゃあるから、僕・・・。
だけど、気になるよね、一応僕の今、好きな人なんだから、劉さんは。彼女が知るはずもないけどさ。
「劉さん、僕に出来る事はほとんどないけど、話を聞くだけならできるし、実際、僕はけっこうな聞き上手なんだよ。」
「キキジョウズ?」
聞き上手って言葉は中国にはないのか?イヤイヤそんな訳ないだろうけど、聞き上手を聞き返されると思わなかった僕はうろたえた。うーん、なんて言えばいいのだろう。
「つまり、誰かに話すだけでも気持ちがスッとする事があると思うんだよね。でも誰にでも話す訳にはいかないでしょ。ほら、近い人ほど話づらい事もあるじゃない。解決はしないけど、気持ちをすっとさせるために、誰にも言えなくて苦しい時は僕を利用してもいいよ、っていうただの同僚からの提案だよ。」
理解できただろうか?
劉さんは黙ってカウンターを見つめていた。コレどういう反応?僕は劉さんのリアクションがわからず、困惑・・・。
暫く沈黙の後、顔を上げて劉さんが、
「アリガト。オマエ、イイヤツダナ。」
と、言った。おっ、褒められた!一歩前進?!
「イヤイヤ。それほどでも・・・。」
僕は多分、必要以上に反応していたはずだ。
その後は珍しく、しばし客も入ってきてお互いレジ打ちや店内整理に忙しかった。あと30分ほどで僕の勤務が終わる頃、暇な時間が戻ってきた。
カウンターで二人で突っ立っていた。
「オマエ、イマナンサイ?」
劉さんが聞く。年も知らないのか!僕は彼女の年齢をもちろん、知っている。
「17歳。」
えっ?と驚いた顔をした。僕の方がそのリアクションに驚くよ。僕って老けて見えるのか?もしかして・・・。
「ワカイナ。オマエ。コドモジャン。」
え?ま、まあ。未成年ですけども。
「え?もっと年いってるかと思ってたの?」
「・・・。イヤ、ソウデモナイ。カンガエタコトナイカッタ。」
ああ、興味なかったってことね。だけどさ、軽く傷つくよね、この感じ。嫌われるのも嫌だけど無関心が一番悲しくない?だって、僕、彼女の事、好きなんだよ!
この辺りで自分の左足が揺れてるのに気が付いた。しまった!みみじぃが聞いてたんだった。ああ、もう、最悪だよ。僕は絶対、今、左足のポケットの中で笑ってるみみじぃを見ない!と心に誓う。
「オマエ、オオキクナッタラナニニナル?」
劉さんが聞いてきた。この質問、前にもされたけど、彼女は僕にこの質問をした事を覚えてないんだね、きっと。初めて聞かれたかの感じで、
「さぁ、考えた事ないよ。」
と、言った。
「ナンデカンガエナイ?」
「え?」
「ワタシ、オマエノトキニハ、モウキメテタ。ダイガクデタラ、ニホンキテ、リュウガクスル。ソノアト、アメリカイク。ホテルデハタラク。」
あぁ、この瞬間、僕は自分自身を薄っぺらい紙みたいに思った。だけどさ・・・。
「なんで、そんな風に自分の進路を決めて突き進めるの?」
「キメナイデ、ドウスル?」
「え?」
「ナンノタメニ、ゴハンタベテ、ネテ、クラス?イツマデモ、ダレカニタベサセテモラウツモリカ?」
「いや、大学出て、どっか就職はするよ、多分。」
「ドッカハ、ドコダ。」
劉さんがいつになく食い下がって僕を質問責めにする。どうした、劉さん。
聞かれても僕は明確な答えが出せない。だってカンガエタコト、ナインダカラ・・・。
「正直言うと、考えたことないんだよ。どこでもいいからどっかに就職できればいいな、くらいで。なりたいものもないし。夢なんてもちろんないし。」
僕は包み隠さず言ってみた。
劉さんは僕をじっと見ていた。こんなに長時間彼女に見つめられたのは初めてだった。
見つめられてドギマギしている僕に、彼女は言った。
「オマエノジンセイ、チョウ、ユルイナ。」
僕の頭上のかなり高い位置から大きな漬物石が落とされた気がした・・・。
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