第6話 ばあちゃん家にご機嫌うかがい

 それから1週間ほどは食べては爆睡を繰り返していた耳山田さんだった。そこで僕は日中も1階へは連れて行かず、僕の部屋で保冷材をハンカチでくるんでそこで寝てもらっていた。


 僕の母方のばあちゃんは自宅から歩いて10分ほどの所に住んでいる。母さんの実家になるワケだがそこに母さんの兄さん家族と同居している。ばあちゃんは元気だけど最近少しボケてきたらしい。伯父さん夫婦は共働きの為、昼間はばあちゃんが一人きりになる。デイサービスに週2回行ってるらしいが、それ以外の日中、母さんが様子を見に行ったりしている。夏休み中、周りを見回すと僕が一番暇なのではないか?という、至極、的を得た事実に母さんが気づき、ばあちゃんの顔を見に行く事は僕の仕事となった。

 と、いう事で夏休み中、塾のない時、最低週2回昼間にばあちゃんの家へ行っていた。

 ウチには耳山田さんとチロだけが留守番。一応、昼ごはんを耳山田さんに出した時に外出することは伝えていた。「行かないで!」などというはずもなく「ほうー。」の一言で報告は終わった。


 玄関を出るとすぐに息苦しいほどの暑さが身体にまとわりついてくる。そして今日も蝉は元気だった。もうすぐ死ぬから「ちっくしょー」とでも叫んでるのか?それとも「この世に未練はないぜ」とか言ってるのか。いずれにしてもこの世をもうすぐ去る哀愁は感じられない。

蝉はどんな昆虫よりもロックなのかもな・・・。


 ばあちゃん家に着くと誰も迎えに出てくれなかった。厳密にはばあちゃんがって事だけど。どうってことはない。僕は母さんから鍵を預かっている。玄関入ってすぐの右手がばあちゃんの部屋だった。驚いて死んじゃったら困るから一応ノックをする。

 ドアの前に立った時からテレビの音が聞こえるけど、うるさくないのかな?反応がないからもう一度ノックする。・・・。やっぱり反応がない。仕方なくドアを開けた。

「ばあちゃん。」

ドアを開けるとテレビの大音量が僕に降ってきた。僕はその大きさに少し仰け反った。

「あら、ともちゃん。どうしたの?」

「え、ばあちゃんの顔見に来たの。元気?」

僕は言いながらばあちゃんの横に腰かけテレビのリモコンをさりげなく手にとり音量を少しずつ下げていった。

 ばあちゃんはベットとテレビのある6畳の部屋で暮らしていた。ベットとテレビの間には楕円のちゃぶ台みないなのがあって、その上に煎餅とかお菓子をかごにいつも入れている。

「外暑かったでしょ。なんか飲む?」

ばあちゃんはいつも聞く。確かに10分歩いただけで汗かいた。

「うん、自分で持ってくる。ばあちゃんもなんか飲む?」

「麦茶あったら頂戴。」

「了解しました。」

 勝手知ったる伯父さんの家だから台所に行って冷蔵庫を開けて麦茶のペットボトルを取り出した。

コップを2つ持って戻る。

 煎餅と麦茶を二人でいただきながら暫くテレビを見ていた。

お笑い芸人がグルメリポートをしている。

ばあちゃんを見るとなにやらせっせとメモしている。

昔の人らしくメモは黄色いチラシの裏だった。

「何書いてるの?」

「え?美味しそうだから、今度行こうと思って・・・。」

ああ、紹介してる店のメモかぁ。

「さっき、やってたハンバーグのお店も美味しそうだったのよ。」

ばあちゃんは食べることが大好きな人だった。昔は美味しい物があると聞けば東へ西へ一人でも出かけていたけど、最近は足が悪くてなかなか外出ができない。なんだか可愛そうに思った。

「ばあちゃん、今度バイト代出たら連れてってあげるよ。」

「え?」

メモに忙しかったばあちゃんが笑顔で顔を上げた。

「どこにある店?」

黄色いチラシ裏のメモを覗きこむと幾つかの店の住所がメモってあった。店名の左に花丸してある所が一番気になっている店のようだった。見ると住所は神戸だった・・・。東京から行くにはちょっと遠いし、僕のバイト代では行けないだろう・・・。東京近郊の店だと思ったのに・・・。自分の非力さにこんな時軽く落ち込む。近々代替案として近所のハンバーグ屋に連れて行こう、僕は心に誓う。


 その後、暫くテレビの続きを見て、ばあちゃんが昼寝を始めたので僕はメモを残して自宅に戻る事にした。


 じいちゃんが死んだのは随分前の事だった。僕はまだ幼稚園だったから誰かが亡くなる悲しさがわからなかった。覚えてるのは葬式が終わって、焼き場についてじいちゃんの棺が焼かれる為に炉の中に移動した時の事だった。棺が収納されて銀色をした重そうな鉄の扉が閉まった。それまで親族と一緒に見守っていたばあちゃんが駆け寄ってその冷たい扉に手を当てて「おとうさん・・・。」と小さく言った。いつもよく笑い、美味しい物が大好きで明るいばあちゃんの悲しそうなその声と後姿。

 僕はどうしてばあちゃんが悲しそうなのかわからず母さんに「おばあちゃんどうしたの?」

と、聞いた。母さんは

「おじいちゃんが天国にいってしまって、悲しいの。おばあちゃんは。」

と言った。

天国は良い所なのにどうして悲しむのだろう?そんな風にその時の幼い僕は思ったんだ。

 焼き場で待っている間、僕は外で遊んでいた。従兄弟達が一緒に遊んでくれていた。

焼き場の煙突から白い煙が立ち上っていた。都会育ちの僕は何かが燃やされてその煙が立ち上る光景をその時初めて見た。

「ねぇ、あれなに?」

その時もう中学生だった従兄弟は「おじいちゃんが焼かれて骨になってるんだよ。」

と、言った。

不思議な光景だった。じいちゃんの煙?

天国に行くには煙にならないといけないのか・・・。

 あれから十数年経った。今では人の死が理解できる。ばあちゃんはあの日から今日までを全うしている。天国でじいちゃん再会したら色々と話をしてあげるのだそうだ。

でも生まれ変わったらじいちゃんとは結婚しないらしい。

ある時、生まれ変わったら結婚する?と聞いたら、ちょっと考えてから

「しないわねぇ、そりゃ。」

と笑って言った。

理由を聞いたら

「だって、おじいちゃんケチなんだもの。」

と言った。

でも、その言い方にはじいちゃんが何度もアタックしたら「してあげてもいいかな・・」という含みもあった気がした。恋愛経験のない僕にだってその位はわかった。

だけど結婚って複雑そうなものだと僕はなんとなく思った。

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