第7話 みみじぃ チロと初対面

 ばあちゃん家から自宅に戻るとチロが「散歩」って感じで僕を見ていた。

「ちょっと待っててね。」

チロに声を掛けて2階へ上がった。

 ベットを覗きこむとやっぱり耳山田さんは眠っていた。

どんだけ寝るんだろうか、この小さいじいさんは・・・。

一応声を掛けてみた。

「耳山田さん。」

反応はない・・・。でも死んでる訳ではない。いつものようにくーぴーと気持ちよさそうな寝息が聞こえる。

人差し指で彼の肩をくいっと押しながら

「耳山田さん。」

と、もう一度繰り返す。

「うーんん。うんん。」

いくらなんでも寝すぎだと思う。

耳から脳みそでるんじゃないか?

無理やりでも起こした方がいい気がする。

僕は少し大きな声で

「みみじぃ!起きて。」

と言ってみた。どうせ起きないだろうと思ってたら、

パチリと目が開いた。

「あっ。」

みみじぃなどと呼んでしまった。

みみじぃは寝っ転がったままジロッと僕を見た。その視線は不服そうだった。

「なんじゃ、小僧。なんか用か?」

と言った。

「いえ、別に用はないですけど、あまりにも眠りすぎのようなので起こしてみました。」

「わしの特技は眠る事なんじゃ、余計な事を・・・。」

結局怒られた・・・。

「すみません・・・。」

とっさに思いついて

「あの、これから犬の散歩に行くんですが、一緒にどうでしょうか?」

と、提案してみた

「犬?」

「あ、はい。うち犬飼ってるんです。チロって雑種ですけども。」

「ふうむ、そういえば外に出ておらんな、随分と。」

みみじぃは遠くを見つめて言った。そのまなざしから察するにかなり昔の記憶をたどっているようだった。

「そうですよ、行きましょう。」


 1階にみみじぃを連れて降りた。

降りたところで、「あれ、どうやって散歩すればいいんだろう?みみじぃ連れて。」と気がついた。

「犬はどこじゃ。」

みみじぃに言われて居間から縁側の窓を開けて腰かけた。チロは犬小屋から出て日陰になっている地面に腹ばいになって寝ていた。

「あれがチロです。」

僕の声でチロはむくっと起き上がり、立ち上がってこちらに来た。

みみじぃは僕の横で縁側に仁王立ち状態でチロを見ていた。

チロは近づく途中でみみじぃに気が付いたようだった。一瞬「はっ」とした感じて歩みを止めたが

すぐに近づいてきた。

僕はそこで、チロがみみじぃをおもちゃと勘違いでもしたらどうしようと不安になった。

「あ、危ないかもしれないから・・・。」

「大丈夫じゃ。」

言いかけた僕をいつもの甲高い声ではなく太く落ち着きのある声で遮った。

チロが僕の前ではなくみみじぃの前にきて止まった。

(本当に大丈夫かな・・・。)

僕は不安だった。

しばし見つめ合う小さいじいさんと雑種の犬・・・。

どの位たっただろうか・・・。

「くぅーん。」

とチロが鳴いて下を向いた。どうやら短い見つめ合いで上下関係がはっきりしたらしい・・・。

なんで?

 みみじぃは僕に向かって言った。

「さて、散歩に行くとするか。」


どうやってみみじぃを連れて散歩をするか。

結局、僕の心配は無駄だった。

僕達一行はみみじぃの号令により散歩に出発した。

みみじぃはチロに馬乗り、イヤ犬乗りでご機嫌だった。

チロの首の辺りにみみじぃは器用にまたがっていた。

いつも散歩のコースは大体決まっていたが、みみじぃが右へ曲がりたければ

両手でチロの首輪を掴み右折を誘導していた。

リードを持っているのは僕だけど、方向転換を最後に知らされるハメになった。

ま、どうでもいいけどね。

「いやー外の風は気持ちいいのう・・・。」

見ると、キョロキョロしながら目に入るものにコメントしているようだった。

僕にとってはいつもの風景だけど、みみじぃにとっては新鮮な景色なんだろう。

こんな事ならもっと早く連れてきてあげればよかった・・・。

行き交う人の数はそんなに多くはなかった。それでも数人とすれ違ったけど、誰も雑種の犬にまたがる小さなじいさんには気づかなかった。

そんなもんなのだろうか。

 みみじぃとの初めての散歩は30分ほどで、僕達は家に戻ることにした。

玄関に入る手前でみみじぃが

「おい、この犬臭いぞ。洗ってやれ。」

と、言った。

言われて僕は、母さんがチロをシャンプーに連れて行ったのはいつだったろう思い出していた。

 チロは水が苦手だった。

「嫌がるんだよね、うちで風呂に入れようとすると。」

僕がそう言うと、

「そんな事、関係あるかっ。わしが臭くてかなわん。こんなに毎日暑いのにこいつは毛皮着てるのと同じだぞ。ホースで水かけてやるだけでも喜ぶはずじゃ。」

なるほど、一理ある。


 夕暮れ時とはいえ、昼の熱を帯びたままの地面は熱気が上がってきてまだまだ暑い。僕はみみじぃのアドバイスを実践してみる事にした。

庭の犬小屋にチロを戻し、散水用のホースから水を出しシャワー設定にした。

「チロ」

と呼び足元に水をかけてやった。

チロは一瞬片方の前足を上げ警戒したが、「ん?」てな感じで近寄ってきた。

あれ?大丈夫そうじゃん・・・。

足元から徐々にお尻から背中に水をかけてやった。大人しい・・・。

僕は空いた左手で水のかかった場所を撫で、水洗いを始めた。

チロは抵抗しなかった。拍子抜けするくらいに・・・。

全身をざっと洗って水を止めた。

それまで大人しくしていたチロは水が止まった途端、身体をブルブルふるい自動脱水をすませ自分の寝床に戻っていた。心なしか気持ちよさそうだった。


「どういう事なんですか?」

僕はみみじぃに聞いた。

「なにがじゃ、小僧。」

「チロ、さっきシャワー大人しく浴びてくれました。」

「そうか。」

「でも、今までは嫌がってたんですよ。水」

「ふーむ、どうやって風呂に入れておった?」

「えーと、風呂場に連れて行きまして、そこで洗ってました。」

「今日は庭でか?」

「そうです。」

「風呂場が嫌じゃったんじゃろう、きっと。」

風呂場が嫌だったのか・・・。

 うちにチロがきて、何度か試みたけど、余りにも暴れるのですぐに自力で風呂に入れる事を諦めてしまった。最初の風呂場で何か怖い思いをしたのだろうか・・・。考えてみたら、チロがうちに来てからチロの気持ちって考えた事なかった。僕はペットを飼う事にちっとも興味はなかったし、母さんが仕事先で引き取り手のいない犬がいる、と聞いて可哀想だとある日、家に連れて帰ってきた。可愛くないことはないけど、思い入れがあった訳ではない。生き物だから最低限の世話をしてきただけだった・・・。他にもチロが持つ思いがあるのかもしれない、なんだか申し訳ない今までを反省した。暑い時期は今日みたいに庭でシャワーしてやろう・・・。

「ありがとうございました。」

僕はみみじぃに心からお礼を言った。

顔を上げるとみみじぃはニヤっとして、

「小僧、腹がへった。」

と、言った。

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