第3話 みみじぃ 突然の登場

相変わらずの猛暑の日々だった。部活にも入らず、友達もほぼいない僕は独りで過ごしていた。特になんのイベントもなく、息苦しいほどの1日1日をただやり過ごしていた。そんな僕はここ数週間体調不良だった。怠け病なのか夏バテなのか、よく耳鳴りがして戸惑っていた。右耳の奥で何かカサカサという音がする。気のせいだろうかと思ったり、物凄い耳垢が奥に溜まってるのかと耳かきで掻き出してみたりしたけど、一向に効果なかった。もしかして虫でも入ってる?そう考えるとクソ暑いのに鳥肌がたった。

 病院にそろそろ行こうかと思っていたある晩、それは起こった。

「右耳を下に。左手で左耳をトントンと叩け。」

と、どこからか聞こえてきた。

「?」

最初、聞こえた時はスルーした。だって、怖くない?そんな声・・・。

「早く、やれ!必ず机の上でやれ。」

なに、なに・・・。空耳じゃなさそうだった。

周りをそっと見回してもクソ暑い部屋に僕独り。念のため窓の外を見たけど公園には誰もいない。得体の知れないおっかなさに負けて僕はその声に言われるままにやってみた。

 勉強机に右耳を下にして左手で左耳をトントンとした。


 何も起こらない・・・。だよな。

 でも、一応もう一回やってみた。さっきよりちょっと強めに、トントントントン。回数も多めに。


 違和感があった、右耳に。こそばゆくて全身に鳥肌が立った。扇風機はブーンといって鳴っている。僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。その時だった。

 僕の右耳から直径5ミリ位の正露丸みたいな大きな耳垢がコロンと出てきたんだ。

「ウソだろー。」

頭を上げて思わず言った。心なしか右耳が軽い。これのせいで耳鳴りがしていたのも頷ける。耳垢ってもっと皮膚の一部みたいなもんじゃないのか!丸くなってるってどういうこと?

「あー、スッキリした。」

勉強もはかどりそうな爽快感だった。スッキリしたのはそこまで。その後、僕は暫し固まる事になる。


 勉強机に落ちた耳垢。まあるいソレが微妙に動いた。

「!」

 ナニ、これ・・・。今動いたよなぁ。机が傾いてるのかとも思ったが、暫く観察することにした。

 そして、ソレは変形していく。

左右に小さくコロコロと動き、何秒かそうした後、「ボンっ」と小さく破裂音をさせた。

僕はその音にちょっと仰け反った。耳垢が小爆発って・・・。驚くよね、普通・・・。

そしてその耳垢はペタッと机に伸びた。そう、殆どダンゴムシ状態・・・。

今、目の前で起こってるこの状況についていけてない僕だったけど、とにかく目が離せなくて、動けないままじっと見ていた。そのダンゴムシみたいなものから確かに「フンッ」と聞こえた。

「今度は何!」

次の瞬間、ダンゴムシから手と足が出た。そして手を伸ばしたり足をバタバタさせている。見ていると少しずつ伸びている。

「どういうこと?」

 もちろん、もう勉強どころではない。僕はそのダンゴムシに釘づけだった。

 出てきた手足は虫ではなくヒトと同じようだった。関節がある。しかもワラジみたいなものを履いている。ダンゴムシの背は布地のようだった。

「もしかして、ヒトなの?」

 嘘だろー。

 そのダンゴムシ的なヒト的な物体はうつ伏せから仰向けに反動をつけて体勢を変えた、そして、伸びてきた手でめり込んでいた頭を持ち上げていた。「えー」とビビリながらも、どんな顔してんだろ、と知りたい欲望が勝っていた。ムムムってなカンジでめり込んでた頭が出てきた。

 

 それは、完全な老人だった。ヒゲがめっちゃ伸びてる仙人みたいなおじいちゃんだった。そのおじいちゃんは神妙な顔つきで懐から何かを出した。細長い紙のようなものをだし、こよりを作っている。それはまるで時々テレビとかで見る神式の儀式みたいだった。

じいさんの様子につられてボクも若干背筋を伸ばし、見守った。

 じいさん作のこよりをどうするのかと思ったら、なんとじいさん、自分の鼻の穴に持って行った。再び「???」だが僕は大人しく見守り続ける。

 自分で作ったこよりを自分の鼻に持っていったじいさんは静かに目を閉じた。

次の瞬間、「フェックッションッッッ。」

と、ドリフ張りのくしゃみをした。

するとじいさんの身体がポンッと大きくなり厚みも出来た。なんだコレ・・・。

 さっきまで5ミリ程度の丸い耳垢が今、僕の目の前で5センチ位の小さいじいさんになった。

 じいさんは満足げに自分の腕や足を見て、起き上がり胡坐をかいた。そして、こよりを大事そうに懐にしまった。藍色の甚平みたいなのを着ている。それから

「よぉ。」

と僕を見上げて片手を上げて挨拶した。思いの外甲高い声だった。

「どうも・・・。」

僕も挨拶を返した、とりあえず。

 じいさんにとっては別に驚くことでもなさそうだったけど、僕にとっては一大事。

 これは夢なのか・・・。暑さでどうにかなったのか・・・。

「これは夢なの?」

馬鹿な僕は聞いていた。

じいさんは、にこっと笑って、

「いいや、夢じゃない。」

やっぱり・・・。でも夢の中の夢でって、設定かもしれない・・・。受け入れられない僕は半分だけ信じることにした。そうすればこの目の前のじいさんを受け入れられる気がしたから。

「おじいさんは、どこから来たんですか?」

じいさんは、僕を見上げて面倒くさそうに

「今、見ておったろうが。お前の耳じゃ。」

そうですけど・・・。

「じゃあ、質問変えます。僕の耳の前。」

軽く舌打ちされた。小さいじいさんの舌打ちは、ちょっと僕を傷つける。

「お前の知らない誰かの耳だよっ。」

なんで耳なのかよく理解できないが、この類の質問はじいさんの機嫌を悪くすることは理解した。

 身体の大きさはともかく、人として、そしてどう考えても年長者っぽい目の前の小さな老人にはそれ相応に接するべきだと僕はハッとした。

「では、お名前は?あ、僕は吉田知晴です。」

ちょっとの間僕を見て

「耳山田耳治じゃ。」

「ミミヤマダミミジ・・・。」

耳が2つも入ってる名前なんてあるのか・・・。本名かどうかも怪しいけど、取りあえず耳山田さんと呼ぶことにしよう。

 そんな僕の決意を知るはずもなく、耳山田さんは大きく伸びをして「ふぁー。」と欠伸をした。そして、

「風呂に入りたい。」

と言った。

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