第25話 ばあちゃんの秘密

 その後、お茶屋で冷たい飲み物を飲み少し休んでから山中さんのタクシーに乗り込んだ。墓参りの時、山中さんは待っている間メーターを一度切り、往復分をそれぞれ請求するようだった。ばあちゃんによると普通は待機時間もメーターを切らず加算するものらしい。山中さんは良心的だ。


 僕達は最寄りの駅まで送ってもらい、再び「コンパル」にやってきた。

みみじぃはタクシーの中で興奮していた。ばあちゃんが「じゃあ、コンパルで何か食べて帰りましょう。」と言った時から。


そう、ハンバーグ再び。


 店内は前回よりも少し混んでいた。だけど神様の導きか、いや、墓参りに行った後だから、じいちゃんの導きか、奇跡的にこの間座ったグッドポジションの角のボックス席が空いていた。


 ばあちゃんはハンバーグ、僕はナポリタンを頼んだ。

みみじぃはパスタも食べたことがないはずだ。ハンバーグ以外にもこの世には美味しい物があることを教えてやろう!


僕の胸ポケットでぴょこんぴょこんと顔を出す。

「ああ、忘れてた。ごめん。」

僕は慌ててみみじぃをソファーに移動させる。

「まさか、こんなに早くハンバーグに再会できるとは思っとらんじゃった。」

と、喜んでいる。


しばらくして鉄板の上でジュウジュウ湯気を上げながらハンバーグが運ばれてきた。ナポリタンは楕円の銀皿に盛りつけられてやってきた。

そのナポリタンには小皿にこぼれんばかりのサラダもついてきた。


「さぁ、召し上がれ。」

ばあちゃんが熱々のハンバーグをライスの皿に切っては乗せていく。

みみじぃはやっぱりハフハフ言いながらハンバーグに食らいつく、そう顔ごと・・・。

「アツッ。」

同じ事を繰り返す・・・。

「気持ちはわかるけどさ、この間学習しただろ、みみじぃ。気をつけて食べてよ。」

僕はほとんど呆れながら言った。

「わかっとるわい。」

みみじぃは顔をソースまみれにして悔しそうに言う。優しい僕は顔を拭ってあげるけど。


 今日はナポリタンにも挑戦だ。僕はフォークで少しパスタを刻み、ライス皿のハンバーグの横に置いた。

「みみじぃ、これナポリタンっていうんだよ。食べてみなよ。」

「ほうー。」

珍しそうにつまようじでナポリタンをつつき、しばらく観察してグサッと一本刺して口に入れた。

「むむっ。」

僕もばあちゃんも見守っていた。いつかのハンバーグのように。

「むむ?」

なに?どうなの?美味しくないはずないんだけど・・・。

みみじぃは再度同じようにして口に入れる・・・。

「どう?」

「うーん。美味いがハンバーグの勝ちじゃ。」

と、言った。

あれ?なんだぁ、ハンバーグの時みたいに喜んでくれるかと思った僕はちょっとがっかりした。

「知ちゃん、あれよ、スパゲッティ1本じゃナポリタンの美味しさ伝わらないわよ。ソーセージとかピーマンとかそういった具材も一緒じゃないとね。」

「ああ。」

なるほど。短いパスタ1本口に入れただけじゃ、ケチャップ味の麺食べてるだけだもんね、言われて納得。

僕はみみじぃのつまようじを借りて、それらの具材を串焼きみたいに少しずつ刺してみみじぃに渡した。

一度に口に入れたみみじぃはリスみたいに両頬を膨らましモグモグしていた。

「ふむふむ。」

ごっくん、して「こりゃ美味いもんじゃ。」

と言った。

良かったよ、また一つ美味しい物を知ってもらえて。


 みみじぃのまた新しい食の発見に立ち会った後は、商店街をブラブラしながら買い物をし、歩いてばあちゃん家に向かった。


 誰もいないばあちゃん家は玄関を開けるとムッと熱気が降りかかってきた。

「あっつー。」

僕はばあちゃんの部屋に入ると急いでエアコンをつけた。みみじぃがいるから最強にはしない。

「まぁ、それにしてもいつまでも暑いわねぇ。今日も暑かった。でも二人がいたから私いつもより楽させてもらったし、助かったわ。ありがとう。」

ばあちゃんは帽子を脱いで髪の毛を汗でペットリさせて言った。

 僕は冷蔵庫から麦茶を取り出し、ばあちゃんの部屋へ戻った。


部屋の扉を開けるとばあちゃんの笑い声が聞こえた。

みみじぃと二人でケタケタ笑ってる。みみじぃもばあちゃんの横で大きな口を開けて笑ってた。そんな風に笑うみみじぃを見るのは初めてで、僕は少しショックを受けた。

「なにがそんなに面白いの?二人とも。」

僕は傷ついていることをおくびにも出さずに聞いた。

「え?」

ばあちゃんが聞く。

「だから、2人でそんなにケタケタ笑ってた内容だよ。」

ばあちゃんはみみじぃと目を合わせ

「なんで笑ってたんでしたっけ?」

と、聞いた。ボケが出たのか、数分前の事をもう忘れたか?

「なんじゃったかな?わしも忘れてしまいました。」

みみじぃまでもが忘れたらしい。

「大丈夫?二人とも。ボケちゃったんじゃないの?」

仲間はずれ気分を勝手に味わった僕は皮肉まじりに言ってみた。

「あ、そうじゃ。今日食べたハンバーグとナポリタンの事じゃ。」

「そうそう。そうでしたね。」

「美味しくてあんなにケタケタ笑うかね。」

「みみじぃさんがね、両方共美味しかったからハンバーグにナポリタンを乗っけたお料理を作ればいいんじゃないかって言うから。」

「んで?」

「そういったお料理はもうありますよ。って言ったの。」

「で?」

「それだけ。あはははは。」

ばあちゃんが笑う。この会話のどこに笑うポイントがあるのだろうか?万人に問うてみたい、僕は。

みみじぃもばあちゃんにつられて「がははは。」と笑っている。

二人のこの絶妙なチーム感、僕の感じる疎外感・・・。


 それからしばらくテレビを見ていた。エアコンはしっかりと働き、僕達の汗も引いた。そこで商店街で買ってきた大判焼きを食べることにした。

小倉とカスタードとチョコレートを一つずつ。みみじぃ用にテーブルに小さい小皿にちぎって3種類を置いた。

久しぶりに大判焼きを食べた気がする。こんなにうまかったっけ?

「ばあちゃん、美味しいね。すっごい久しぶりに食べたけど。」

「美味しいわね、ここの昔から美味しいのよ。あんこもたっぷりでしょ。」

「カスタードも旨いよ。」

うんうん言いながら頬張るばあちゃんは可愛い。

みみじぃも初体験の大判焼き。両手で持ち上げて食べている。

「うまい!」

カスタードを食べたらしく髭についている。

「ついてるよ。」

僕はもうすっかり慣れた手つきでみみじぃの顔についたカスタードを指でぬぐう。

「やめろっ。自分で取れるわい。」

みみじぃが珍しく抵抗した。

「なんでよ?」

いつもは僕にされるがままのくせに。

「ゆっくり後で自分で食べるからほっとけ。」

そんなに美味しかったのか、髭についたカスタードを自分の指でツーッとしごいて口に運んでいる。意地汚い・・・。


 ばあちゃんと僕とみみじぃ。この3人の組み合わせは昔からそうしていたようになんの不思議もなく感じるけど、よく考えるとすんなり受け入れたばあちゃんはやっぱりすごい。驚くことのなく、最初に会ったあの日を思い返すと肝が据わっているというか・・・。


「ねぇ、ばあちゃん。今更だけどさ、みみじぃと初めて会った時びっくりしなかったの?」

僕は聞いてみた。その質問にみみじぃも大判焼きから顔をあげた。

「え?しないわよ。別に。」

「でもさ、普通出会ったらびっくりしない?僕すごく驚いたんだよ、ね、みみじぃ?」

みみじぃも頷きながら

「そうじゃったな。「これは夢なの?」と阿呆顔して聞いたな。」

阿呆顔は余計だけど、それがまぁ普通の反応だよね。

ばあちゃんはふふっと笑って、

「前にも会ったことがあるのよ。」

と、言った。

僕とみみじぃは同時に

「えええっっ。」

と声をあげた。

「どういう事?」

ばあちゃんは麦茶を一口飲んでから

「昔、ここにしばらくいたのよ。」

「誰が?」

「小さなお客様。」


え?どういうこと?僕達は混乱。みみじぃは自分と同じ境遇の存在に出会ったことないって言ってた。ばあちゃんの話が本当だとすると他にもいるんだ、やっぱり。


「みみじぃさんと出会う前、耳が痒くなかった?頭も痛くて。」

「そうそう。」

「ある日、トントンしろってお告げみたいにどこからか声がした?」

「!!!そうそう・・・。」

「おんなじね。」


「それで?それで?」

「トントンしたら正露丸みたいなのが出てきて、しばらくしたらぽんっって音がして人になったの。」

「どんな人だった?」

「そうねぇ、みみじぃさんとはちょっとタイプが違ってたかな。」

「どんな風に?」

「洋服着てたの。探検隊みたいな。年代はおばあちゃんよりちょっと下ぐらいかな、七三分けにしてて、そうなの、髪の毛もきちっとなでつけてあってね、ロマンスグレーっていうの?ダンディーなひとだったわ。」

「は?」

ばあちゃんの記憶はつっこみどころ満載だったけど、そんな事より本当に存在してたのか!

えっと、確か、みみじぃは甚平姿だった。ふんどしだったし。随分と違うぞ!

「それでばあちゃんはどうしたの?」

ふふふっとばあちゃんは笑った。

「腰が抜けたわよ、そりゃ。」

だよね・・・。僕も激しく同意。

「びっくりした時って人は動けないものなのね。おばあちゃん、そのまま動けなくなっちゃったの。そしたら、その人、あ、安田さんっていうんだけどね、」

「ちょっと待って、やすださん?」

「そうよ、その小さい人。安田信一郎さんっていってね。」

なにソレ・・・。そこら辺歩いてそうな人の名前じゃないか!

「安田さんがね、「どうも今晩は」って丁寧にお辞儀してね。声聞いたらとっても低い紳士的な感じがしたからおばあちゃん警戒心がすっかり消えてしまってね。どうもどうもってな感じで挨拶を交わしたのよ。」

「・・・。」

いやいやいやいや・・・・。

紳士的な低いいい声で挨拶されると警戒心がなくなるっておかしくないか?

ばあちゃん、やっぱりスゴイっていうかおかしい・・・。

なんですんなり受け入れられる?


「いや、だけどさ・・・。」

「おじいさんがなくなった頃だったの。おばあちゃん、もしかしたらどっかおかしかったかもしれないね、その時。あ、みみじぃさん、小さい人がおかしいんじゃないのよ。私の心の在り様がね、だから不思議な事が起きても受け入れるのに疑問を持たなかったのかもしれないの。」

じいちゃんが死んだ頃か・・・。僕にはほとんど記憶がない。あの頃ばあちゃんはどんな毎日を送っていたのだろう。


「どうやって毎日過ごしてたの?」

ばあちゃんは「うーん」と思い出していた。

「安田さんはね歌が好きだったのよ。」

「歌?」

「そう。おばあちゃんが聞いたことのない外国の曲をよく耳元で歌ってくれたのよ。」

「歌ですか・・・。」

みみじぃが呟いた。何故だか肩を落としているように見えるけど?

僕の勝手な想像だけど、安田さんって人はムードがあってもしかしたら女たらしっていうかジゴロみたいな男だったのかも。だってばあちゃんたら声と歌でイチコロだった訳だし、ま、だとしても探検隊の恰好ってどんなんだよ。

「そうなの。低音でね、いい声で歌ってくれて私、その時ずい分と慰められた気がするわ。」

声も高く、辛口でほとんどがクレームばかりのみみじぃとは真逆のタイプだな。

と、いうことはいろんな人種がいるんだな、小さい人には・・・。






 




 

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僕とみみじいとの暑い夏 サラン @saran

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