第10話 南田君の憂鬱
ワンプレートランチはロコモコだった。(僕はその名前を今知ったけど)ご飯の上にハンバーグがのっていて、デミグラスソースがかかっている。その上には絶妙な焼き具合の目玉焼き。皿にはサラダも一緒に盛られている。超絶ビックリうまかった。
母さんが作るハンバーグとどうしてこんなに違うのだろう?ま、家で出るハンバーグにデミグラスソースはかかってこない。ケチャップとウスターソースが混ざったやつがからまってるだけだ。お金取るワケじゃないからね。
二人でしばし無言で食べることに集中した。うますぎて手が止まらない。食べながら僕はロコモコって天才だ!とさえ思い始めた。ふと、目の前に座る南田君に視線を移すとスプーンを口に運ぶスピードが尋常じゃなかった。彼も僕の「ロコモコ天才論」に絶対激しく同意するだろう・・・。南田君は僕より小柄で華奢な身体つきだけど、どうやらよく食べるみたいだった。
結局、ほんの5分ほどで僕たちは完食してしまった。
「あー、美味しかった。」
僕は素直に感想を述べた。
「良かった、吉田君が気に入ってくれて。美味しいよね、ジロー君のご飯って。」
「これ、ジローさんが作ってるの?」
「そうだよ。ジロー君がオーナーであり、シェフでもあるんだ。」
「そうなんだ。」
「雑誌とかでもよく紹介されてるんだって。ジロー君も。」
きっと、モテるんだろうな、ジローさん。僕が女だったら絶対好きになってる。
ふと気がつくと、店内は満席状態だった。しかも僕達以外は全員女性だった。
僕の街にはいない人種の女性ばかり。みんな綺麗で可愛いい。僕は突然緊張した。僕だけが完全にアウェーだった。
「お、食べたな、2人とも。完食。偉い。飲み物どうする?」
「僕はいつものアイスミルクティーで。」
「僕も同じでお願いします。」
オッケーと再び爽やかな笑顔でジローさんは皿を下げて厨房に戻って行った。
カランと氷が溶けながら音をさせる。テーブルに置かれたアイスミルクティーは僕の人生でこれまた一番の美味しさだった。
南田君が僕に聞いた。
「吉田君は将来とか考えてる?」
「いや、全然。」
「そうなんだ。なりたいものとか?」
「・・・。特にない。」
「一度も?」
「・・・。一度も。」
「へぇー。そうなんだ。」
そういえば少し前に劉さんに聞かれたな、同じ質問。僕は思い返した。
17歳ってそういう事を考え始めないといけない年頃なんだろうか・・・。
「僕もね、なりたいものってないんだ。吉田君と同じ。」
「ふーん。でもさ、クラスで将来決めてるヤツなんて一体どの位いるんだろう。目標があるヤツいると思えない。」
「そうだよね、可能性っていう言い訳も含めて僕達にはまだ時間があるはずだよね。」
「うん。」
初めて南田君に賛同・・・。
「一昨日までじいちゃんと軽井沢の別荘に行ってたんだよ。あと母親と三人で。そこでさ、母親の会社を継ぐようにって僕はじいちゃんに言い渡されたんだ。」
「・・・。」
17歳の若造に会社を継げと言う・・・。
「継ぐの?それで。」
「うーん。だってイヤだって言ったところで僕にはなりたいものなんてないでしょ、イヤっていうからには理由が必要だけど、そうじゃないと説得もできないし。」
確かに。
「じいちゃんは自分の命令に僕が背くなんてこれっぽっちも思ってないしね。」
「でも、南田君てお兄さん2人いるんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど。兄さん達は二人とも医学部なんだ。それはじいちゃんも父さんも想定外だったらしい、いい意味でね。二人とも外科医なんだけど、どっちかが医者として、もう一人が父さんの会社を継ぐって話になってるんだって。」
なんだか、僕には想像できない世界の話だった。
「あのさ、南田君の家って何屋さんなの?」
「え?ああ、知らないよね。薬屋だよ、製薬会社。ひいおじいちゃんの代から。で、母親は化粧品会社をやってるの。」
名前を聞いたら、両方共僕でも知ってる会社だった。スゲー。
「大学を出たら、アメリカかヨーロッパに行って、帰ってきたら母の会社に入って、最終的に会社を継ぐんだってさ。」
そう言って、南田君は氷がとけたアイスティーを飲んだ。
大人はきっとそれを幸せなことだというのだろうな。だけど目の前の南田君はちっとも幸せそうじゃなかった。アイスティーをズズッといわせながら諦めが大部分を占めるこれからの自分の人生とどうやって向き合っていくのだろうか?
だけど、こうも考える。
夢も希望もない僕のような人間よりも、夢や希望がなくてもその人がやらなくちゃならないポストが最初から用意されているならば、そこに向かって人生を歩む人生の方がいいかもしれない。選択肢がそれしかないってことは、それをやらなきゃって思うしかないから。
でも、これも諦めの一種か・・・。堂々巡り。
僕達はしばらく無言でそれぞれの考えに耽っていた。
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