第19話 鳳仙花欺鐔


━━私、この悪魔イビルアイを呪わない日はなかったんです━━


いつも、お母さんと二人きり。他の人と一緒にいるわけにはいかなくて。そのお母さんとも、背中合わせの日々。友だちなんて、出来るわけもなく。外に出ることさえ、怖かった。


うっかり、誰かの魂を食べてしまうんじゃないかって。


お母さんが、離れないでくれることだけが私を留めていました。……お話しなかったわけじゃない。ちゃんと話してくれた。お母さんは、優しかった。


だけど、淋しかった。


そんな私を慰めてくれたのは、部屋中の絵本や小説たち。『3びきのこぶた』『シンデレラ』『ラプンツェル』『眠り姫』『美女と野獣』『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』『白雪姫』、そして、『赤ずきん』。


赤ずきんちゃんは友だちいたのかな?赤ずきんちゃんとお母さんとおばあさんと猟師さん、それと、狼。短いお話だから、登場人物なんて少ない。


私は友だちがほしかったんだ。二階の部屋から見える自然をなめした公園。そこには、いつも同じくらいの子どもたちが楽しそうに遊んでいて。


羨ましかった。あの中に入りたかった。


でも、みんな知っていたの。私が、魂を食べちゃうって。まるでバケモノにでも、出会でくわしたみたいに、逃げていく。


涙がぼろぼろ落ちた。こんなものがあるから、私はひとりぼっちなんだ。


死んでしまいたかった。死んだら、誰にも迷惑かけない。魂だけが、ごはんだと思っていた。普通にごはんが食べられることも、知らないまま。


◇◆◇◆◇◆◇


私は引き込もって、ただ死を待った。部屋に鍵をかけて、窓もカーテンも締めて。隅っこで、フードごと耳も塞いだ。おかあさんはきっと気にするから。


……何れくらい経ったかもわからない。半分人間じゃないから、我慢すれば意外としぶとく生きているもんだ。だけど服は痛んできた。


なんで、なんで死ねないのかな。人を不幸にしか出来ないなら、生きていたくないのに。


◇◆◇◆◇◆◇


すごい音を立てて、私の部屋の扉が破壊された。………おかあさんが、斧で叩き割ったみたい。おかあさんは泣きながら、私にすがった。


「ごめんなさい、ごめんなさい!私があなたを追い詰めた。『お父さん』みたいに上手に使えたら……」


私は、……無意識にお母さんを突き飛ばした。


聞きたくない。私たちを置き去りにした、悪魔のお父さんの話なんて。私は顔すら知らない。瞳をえぐりたかった。だって、おかあさんは、未だにお父さんを忘れられない。私たちを棄てたのに、なんでまだ好きなの?!わからないわからないわからない!おかあさんは、私と目を合わせなくても、私を見てた。を持つ私を。大嫌い大嫌い大嫌い!


…………それでも、お父さんなんだと思ったら、悔しくて、哀しくて、苦しくて、涙が出た。


「……鳳仙花、あなたは優しすぎる子。でも、お母さんはあなたに生きていてほしいの。………だから、私の目を見て」


やめて……、私は『お父さん』じゃない。


無理矢理向かされた、初めてちゃんと見たお母さんは綺麗だった。優しく笑いかけながら、初めて抱き締めてくれた。それが、嬉しくて、でもつらかった。………一瞬後、お母さんから抜け出た魂は私の口へと滑り込んだ。お母さんは優しく微笑んだまま、死んでいた………。最期まで、


私を長らえさせたお母さんを絶望と愛情に苛まされながら、抱き締め続けた。歪んだ愛情。


結局、お母さんは、を見てはいなかった。それでも、……大好きだった。


◇◆◇◆◇◆◇


私は、お母さんをベッドに横たえ、誰もたちよらない森から、お花を両手いっぱい持ってきた。何度も、何度も。お母さんが、お花で埋まるまで。


顔と手首が出るくらいまで埋めると、ベッドの横に座り込む。


お母さんはもういない。私はひとりぼっち。なのに、お母さんは私にをかけた。


『あなたに生きてほしいの』


残酷な呪い。どうやって生きろと?わからない。わからないけど、ここにいても仕方がない。数日間、座ったまま、漠然と考えた。


◇◆◇◆◇◆◇


お母さんが用意してくれた、新しいフードの服を纏い、玄関にたつ。


「……さようなら、お母さん」


私は、振り向かずに扉を開け、そのまま歩き出した。道標みちしるべもない、目的もない旅に出たの。




━━私は、優しくて素直な赤ずきんちゃんじゃない。どうしようもなく、自分が嫌いな弱虫の赤ずきん。真っ赤なフードを、更に赤黒く染めて生きるしかないの。ローゼはきっと一緒にいてくれるよ。私とローゼは二人で一人なんだから━━

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