第4話 毒舌は絶好調

ローゼリアはリーゼロッテを抱き締めた。


「……ごめんなさいね?あなたが嫌がるのはわかっているわ。それでも……」


我慢するのは、リーゼロッテのため。気持ちに嘘をつかないのは、リーゼロッテだけ。傍に置いておきたいのはリーゼロッテのみ。


「……ううん。我慢させたのは、私だもの。一年も頑張ったよね」


一緒にいてくれるのは、ローゼリアだけ。いつも守ってくれたのは、ローゼリアだった。死にたい気持ちが和らぐのは、ローゼリアがいるから。


お互いがお互いを、大事に思う。たとえ、すれ違っていたとしても、二人は二人で一つ。ローゼリアがいるから、リーゼロッテは無差別に魂を食らわない。リーゼロッテがいるから、自制心が利く。

……一人でいたら、二人は今頃、無意識下の防衛本能で生きとし生けるものを、貪り続けただろう。それほどまでに……二人の忌むべき力は、恐ろしい。笑ってなどいられない。正気でなどいられない。

………だからこそ、離れてはならない。


◇◆◇◆◇◆◇


「……ルールや、判定は?」


"デスマッチ"が行われる、廃墟のようなコロッセオに来ていた。お母さんや、ラプンツェルは流石についてくることを躊躇ったがために、場所だけ確認。……それもそうだ。普通なら、モンスターだけと戦えばいい。好き好んで、殺し合いをしたり見たりなどしなくていい。


「嬢ちゃんたち、初めて見る顔だな。……悪いことは言わねぇ、帰んな。ここはお遊戯の場所じゃねぇんだ。金のためなら人殺しもいとわねぇ、最低野郎共の殺り合いさ。年端もいかない子どもが見るもんでも、ましてや殺るもんでもねぇよ」


受付の、無気力で強面な壮年男性があしらおうとする。それは、通常ならばの話だ。


「……そんなこと、聞いていないわ。あなたはただ、あたしの聞かれたことに答えてちょうだい。」


見えていないはずの瞳で、その男性を冷やかに見据えた。視覚以外はなにものにも劣らない、見えていないとは思われない瞳で。


「……嬢ちゃん、殺るためにきたのか。」


男性は、小さく、見逃すレベルで身震いした。細やかだが、怒気を含んだローゼリアに恐怖を覚える。


「……ルールは至って簡単だ。ツーマンセル。全滅した方の負け。リタイアは出来ない。生きるか死ぬかの殺し合いだからな。………………判定は、。」


……ローゼリアの顔が、心底嬉しそうに歪む。リーゼロッテは身震いした。だって、それは……。


「……いいわ。『白雪姫ローゼリア』と『赤ずきんリーゼロッテ』のエントリーをお願いするわ。………………一戦でもの足らなかったら、何戦でも大丈夫よね?」


……ローゼリアは笑っていた。空虚な、ガラス玉のような瞳の奥の何かが揺らめく。リーゼロッテは悟った。いや、わかっていた。

……今隣にいるのは、凶悪と言われた村に生まれた死喰腐鬼グール。そして、村人を残らず根絶やしにした死喰腐鬼グール。異常なまでの美しき死喰腐鬼グール

それを実感するころの、コロッセオはきっと……。でも、見てみたかった。

リーゼロッテはリーゼロッテが怖かった。お母さんの魂で長らえた自分が怖くて、憎くて、哀しくて……。



━━消えてしまいたかった━━



そんなリーゼを繋ぎ止めているローゼリア。麻痺するためじゃない、ローゼリアを知るために。……もう逃げられやしない、逃げるわけにはいかない。ローゼリアのためにも、自分のためにも。


◆◇◆◇◆◇◆


……コロッセオ内。

札付きと言われそうな、ガラの悪そうな男たちとその男たちの体臭に満ちていた。……そして、まだ残る血腥ちなまぐさい臭い。


「……おい、聞いたかよ?今日の参加者に美少女二人組がいるらしいぜ?」


「バカな嬢ちゃんたちだな。犯られて殺られるしかねぇじゃねぇか」


「可愛い悲鳴がたのしみだな」


下品な笑いが、コロッセオ中に響く。


「……あなたたちなんかに、性的に興味はないわ。あらいやだ、筋肉ばっかり。堅くて時間かかりそう。きっと肉なんてあんまりないわね。体脂肪率とか、一桁前半なんじゃない?やだやだ、汗臭ぁい。あたしの前に出てくる前にシャワーだけでもいいから浴びてきてちょうだい。血の臭いは好きだけど、あなたたちの加齢臭なんていらないのよ。シャワーがないなら、何でもいいから臭い消して。気持ち悪ぅい。見た目だけでも、あたしのリーゼが怯えちゃうわ」


男たちが静まり返る。怒濤の毒舌に、怒るのも忘れてしまっていた。隣には申し訳無さげなリーゼロッテ。


「……まさかあれか?何かすげー捲し立てられたぞ。何なんだあの肝の据わり様……」


戦意を削がれ、呆気に取られる。


「……ちょっと!道を開けなさい!固まられちゃ、動けないでしょ。……リーゼ、引っ張ってちょうだい♪」


打って変わって、相方のリーゼに優しい猫なで声。道を開け、二人が通り過ぎるまで誰も口を開けなかった。


◆◇◆◇◆◇◆


「おい!!!!!!てめぇら!!!!!」


二人が通り過ぎた場所を呆けた顔でいること数分。怒声により、我に変える。


「誰も俺様を出迎えねぇとは……。死にてぇのか?!」


皆がヘコヘコ謝り出した。彼が現在の覇者、『猛熊のジャービル』。兎に角、デカかった。

そして、ズカズカと二人が向かった先へと、男たちを撥ね飛ばしながら向かう。……今日も覇者となるために。


◆◇◆◇◆◇◆


「……おい!ここは乳臭いガキが来るとこじゃねぇぞ!さっさと帰っておねんねしてな!」


二人を見つけるやいなや、お決まりの台詞を叫ぶ。………リーゼロッテはビクビクと俯きながら震え、心底機嫌の悪そうなローゼリアが大男を睨み付けた。


「……五月蝿いわよ、デカブツ。あたしのリーゼを怖がらせないで。デカイ声は無駄に響くのよ。そんな嗄れた声で適当なこと言わないでもらえるかしら?目障りよ。なんなの?死ぬの?死にたいの?でもあなた、一際不味そうね。固い肉って、下手な動物の肉より喰い千切りにくいから嫌なのよね。味なんてなさそうよね。ゴムみたいな味なんじゃないかしら。デカイから面積だけはありそうだけど。イチモツとか絶対食べたくないわ。きっと、真っ黒で腐ってるわね。それもただデカイだけでしょうね。そんなもの見せられたらあたしのリーゼが気絶しちゃうわ、気持ち悪さで。あたしも吐いちゃいそう。せめて本番までは視界から消えてちょうだい、あたしのリーゼのために。せめて気配と臭い消してちょうだい、あたしのために」


…………怒濤の下ネタ混入毒舌に、大男が固まったのは言うまでもない。反撃をしようとするころには、既に二人の姿はなかった。

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