第5話 剥がれ落ちる仮面


━━夕刻、どこからともなく集まった、キチガイたちによる宴が始まった━━


噎せ返るような酸っぱい汗と血の臭い。ローゼリアは、前者に苛立ち、後者に興奮した。リーゼロッテは………両方に吐きそう。

崩れかけた手摺に寄り掛かり、先たちの乱闘を見据えるローゼリア。……しかし、リーゼロッテは堪らず横になっていた。リーゼロッテには辛い場所かもしれない。だがローゼリアにとっては、多分唯一の食事場だ。


「……魔法も武器も何でもありなのねぇ」


二人は訪れる前に、取り敢えずの役職を習得してからやってきていた。役職が最低条件だったからだ。フリーの冒険者では、戦えない。……通常の冒険者ならば。二人のように、特異な能力は稀だ。

ローゼリアと同じ死喰腐鬼グールも、様々。怪力や鋭歯が一般的である。人間社会に溶け込んでいる者は、そんな発達したものがないものたちだろう。基本的に腐肉や死肉が食べられれば、害をなさない。しかしローゼリアの村のように、人里からかなり離れているものたちは共存など端から考えていない。彼女も、盲目でさえなかったら、人間に討伐されていたのだろうか。リーゼロッテに出会うことのない人生。……そんなものは考えたくない。ローゼリアには、今が全てなのだから。


リーゼロッテは、いざというときの安全策として、"ホワイトウイッチ"を。回復魔法と光魔法を得意とする魔術師だ。心の綺麗なリーゼロッテにはぴったりだろう。

対するローゼリアは、アサシンだ。食べるなら接近戦と安直な選択だった。渡された、手頃な鈎爪おもちゃを弄びながら、暇を潰した。正直いらないが、ないよりはマシだと思いながら。


『エントリーナンバー11、エントリーナンバー12の参加者はゲート前へ。繰り返す。エントリーナンバー11、エントリーナンバー12の参加者はゲート前へ』


アナウンスが流れる。


「……行くわよ、リーゼ。あたしたちの番だから」


この宴は勝ち抜き戦。一番と二番、三番と四番、五番と六番のように、隣り合わせの敵と殺し会う。人数によってまちまちたまが、今回のエントリーは30人。登録順ではなく、運営側がシャッフルする。……観客から金を取れる組み合わせになっているのだろう。最後まで残った参加者が勝者となり、多額の賞金を得る。参加者の殆どが死ぬのだから、道理だ。果たして、イレギュラーな二人に掛ける勇者はいるのだろうか。


「……あたしたちに全額掛けたやつが、一番の一攫千金者ね」


場の空気になれないリーゼロッテに手を引かれながら、笑う。


◆◇◆◇◆◇◆


━━ゲート前━━


指示された場所の壁に寄り掛かる。崩れ掛けたままだけあって、天井はないに等しい。上から見た闘技場も、崩れた遮蔽物ばかり。走り回ることも出来ない、荒れっぷり。障害物にうっかり、頭を打ったりするだけでも命取りだ。毎日やっているなら、修復費くらい賄えそうなもの。まぁ、1日一人生き残ればいいのだから、整備も要らないのかもしれない。考えているようで、ただ面倒なだけかもしれない。しかし、身軽なローゼリアには無意味。………リーゼロッテが転ばないように配慮しなければ。


◯●◯●◯●◯


『お次は! 今回の注目株! エントリーナンバー11! "白雪姫ローゼリア"&"赤ずきんリーゼロッテ"! 美少女コンビだぁ!』


いつの間に注目株になったのだろうか。いや、珍しいからだけかもしれない。闘技場の観客席は、歓声と好奇の目で埋め尽くされていた。さっきまで戦っていた参加者のものらしい、肉片や血がそこら中に拾い忘れられている。片付けも荒いようだ。


『そして!エントリーナンバー12!我らが覇者!"猛熊のジャービル"!と相棒"ジャッカル"!』


一際、歓声が大きくなる。……図られた。確実に。そして、ローゼリアは違和感を覚えた。


「……ロ、ローゼ!あれ、ウルフジャッカル!」


獣の臭いがするから、怪しいとは思っていた。まさか、あのデカブツの相棒がモンスターとは。まさに何でもありだ。

歓声の理由くらいわかっていた。小娘たちを早く蹂躙しろと騒ぎ立てているのだ。


『両ペア前へ!』


五歩ほど離れて対峙する。ジャービルの荒い息遣いや臭い体臭が鼻につく。ジャッカルの獣特有の臭さも。


『始め!!!!』


……

……

……

……

……

……

……

……

……



開始しても、ジャービルは動かない。今にも飛び掛かりそうなジャッカルを押さえていた。


「……来ないの?」


イライラする。見えていないローゼリアは、状況が少しわからない。


「……よぉ、口達者な嬢ちゃん。さっきは好き勝手言ってくれたじゃねぇか」


文句でも言いに来たわけではあるまい。


「今回の俺のターゲットは小生意気な白雪姫だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


緊迫感に、静まり反っていた観客席が沸く。


「好き勝手したお仕置きをしてやるよ、白雪姫。可愛い顔して、俺様を侮辱するとはゆるせねぇなぁ?たぁっぷり可愛がってから殺してやんよ。俺の下でひいひいよがりながら、ジワジワ死の恐怖を味わいな。男を知らねぇ小娘に教えてやる。俺が最初で最後の男になってやるぜ。余裕ぶった顔出来なくさせてやんよ」


舌なめずりをしながら、ローゼリアを厭らしく値踏みする。見えていなくても、そんなことはわかっていた。観客席は更に熱気を増す。正直、煩い。


「怖くて何も言えないか?ほら! さっきの威勢はどうしたよ?! ヤッちまうぞ?!」


ローゼリアはため息をついた。


「……ねぇ、言いたいことはそれだけ?」


卑猥の数々を浴びせられたにも関わらず、冷ややかな顔をしている。


「……あ?」


「何か言われたいの?あたし、ムサイ男嫌いなのよね。好き勝手?本当のことしか言ってないわよ。それと、なんだったかしら?たっぷり可愛がってから殺してやる?どの口が言っているのかしら?俺の下でひいひいよがりながら、ジワジワ死の恐怖を味わえ?あんたの下何かにいたら、あたし潰されちゃう。いやだわぁ。よがらせるってどうやって?あなたのそのぶら下がってる臭くて汚い、真っ黒なイチモツをあたしの中に突っ込みたいの?やめてくれる?あたしまで臭くなっちゃう。お股が裂けたらどうしてくれるのぉ?男を知らない小娘に教えてやるですって?何であなたみたいなのに教わらなきゃならないの?俺が最初で最後の男になってやる?いやだわ、気持ち悪ぅい。誰が好き好んであなたと性行為しなきゃいけないの?あり得なぁい。寧ろ、触りたくないから自分で自慰してろって感じぃ?しかも、おじさんじゃない。あなたみたいなロリコンマジキチ、死ねばいいのに。あと、余裕ぶった顔出来なくさせてやるですって?余裕ぶってなんかないわ。余裕だから、余裕顔してるんじゃない。バカなの?死ぬの?じゃぁ、…………殺してあげる♪」


みるみる顔を強ばらせ、ひきつり始めた。


「ジャッカル! あっちの弱そうな赤ずきんをいたぶってこい!」


ガウッ! と、動けるようになり、一目散にリーゼロッテに向かう。


「リーゼ!」


「きゃぁ!」


びっくりしたリーゼロッテが、転倒する。何もない場所が幸いした。飛び掛かった瞬間、ジャッカルは落下する。地面に落ち、動かなくなった。


「ジャッカル?!」


駆け寄ることはしないものの、想定外の出来事に勢いが止まる。ヤツは知らない。リーゼロッテの瞳を。リーゼロッテが最短距離で、ジャッカルの魂を食べたことは間違いない。


「リーゼ!」


リーゼロッテがいる方へ、駆け寄ろうしたそのとき。


「赤ずきん! 小娘! ジャッカルに何をしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ひっ……!」




━━ザシュッッッッッッ!!!




……一瞬後、何かが血を撒き散らしながら、宙を舞う。



「ぐ……あぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!!!」



ボトリと落ちたそれは、大きな腕の一部。落ちても尚、ビクビクと痙攣していた。


「汚い手でリーゼに触れないで!!!! あたしのリーゼをけがすんじゃないわよ!!! このゲスが!!! 簡単には殺してあげない!!! あたしのリーゼに近寄らないで!!! 汚い汚い汚い!!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」


見えていない目が血走っていた。人間に近い色をしていた肌が、死喰腐鬼グール特有の灰色に。ジャービルに跨がり、振り上げた手から血が滴り落ちてきた。……尖って、異常に伸びた爪。そう、彼女の死喰腐鬼グールとしての能力はこの鋭利な爪。鋼鉄さえも貫く、強靭な爪だ。

そして、盲目であるが故に研ぎ澄まされた感覚。異常なまでに正確な位置を捉える、洗練された精神力。だからこそ、臭いや音がいやと言うほど、誰よりも響く。発狂してもおかしくないほどに、彼女を蝕む。いつだって壊れることが出来た。殺戮者になれた。


……だが、リーゼロッテと出会ってしまった。出会った瞬間、周りの音が止んで、澄んだ声が真っ直ぐローゼリアに届いた。知ってしまった、甘美なる瞳を持つリーゼロッテを。離れたら理性などなくなるほどに。


「あ、やめ! あ! あーーーー!!」


……もう片方の腕を切り落とす。更に脚を切り裂く。


「………………………!!!!!」


四肢を失った声にならない痛みが、大男を襲う。


「五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!!!」


声にならなくても聞こえてくる、喉の音。それは雑音のように響く。堪らず、喉を切り裂いた………。絶命しているはずのジャービル。しかし、ローゼリアは止まらない。お腹を切り裂き、内臓までも切り裂き続けた。余りの壮絶さに、観客席のキチガイどもは逃げ始めていた。


「最後………………」


切り裂き、露になった下半身のそれを、粉微塵に切り裂く。


「……………………」


食べることもせず、そこでぴたっと止まり、動かなくなる。…………だが、一瞬後。



顔面に爪を突き立てた━━



そこで動けなくなる。………彼女を抱き締める腕によって。


「……もう、もういいよ! ローゼ! やめて! お願い!」


泣きながら、ローゼリアにしがみつく。


「あ…………」


瞳がまた、無機質なガラス玉のように変わる。肌も、人間に近いそれに変わった。………ローゼリアは正気を取り戻したのだ。

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