第2話 少年アリスと愉快なパーティ

お母さんが野次馬を退け、奥の席を進めてくれる。


「話はまだあるのよ。役職ね」


向かいの席に座り、二人を見る。リーゼロッテは相変わらず視線を反らせて、ローゼリアは気儘に寄り掛かっている。アンネお母さんは気にも止めない。


「長剣や大剣などを扱うソードマン種、属性ごとの魔法を扱うウィッチ種、短剣や逆手剣を扱うアサシン種が大まかかしらね」


それぞれの条件を2つ以上マスターし、上級職につく事や、一つを極めてプロフェッショナルにもなれるらしい。合わなければ、転職も可能。実に冒険者の自由を重んばかったシステムなようだ。


「……あまり職業とかなくても生きていけるんだけど。……面倒ね」


心底面倒臭そうに見えていない瞳を虚空へ向けるローゼリア。


「か、稼ぐには取り敢えずつかなきゃいけないの?お母さん」


恐る恐る口を挟むリーゼロッテ。


「ん~、基本的にはみんな決めてるからね。決めない冒険者は今のところいないよ?まぁ、あなたたちは特殊な力を最初から持っているからね。……望む望まないは別としてね。大概の人は何もないから身に付けるため、かもしれないね。取り敢えずは肩書きだけでもいいから選んでおきなさい、ね?」


リーゼロッテはローゼリアと顔を見合わせ、頷き合う。お母さんのためにも取り敢えず、決めようとした………矢先、近くの客の話が耳に飛び込んできた。


「なぁ、最近さ?ベアウルフ、少なくねぇか?」


「それそれ!俺も思ってた!一定以上だとランク中々上がらないけど、牙とか小銭稼ぎになるのにな」


二人の男性冒険者が酒盛りしながら話しているようだ。ベアウルフ、それは名前の通り、熊の体に狼の頭のモンスターだ。初心者のランク上げに大いに狩られている。


「ん?それならさっきクエスト調査隊が調べてた結果が貼られてたの見たぜ?確か、"繁殖し過ぎのためにご用意していたベアウルフ一斉討伐クエストは中止になりました。"って」


今来たばかりの冒険者が割ってはいる。


「え?俺、あれ当てにしてたのにー!」


「まぁ、報酬がいつもの倍だったしなぁ。で、理由なんだったの?」


当然、そこは気になるところだろう。


「それがさ、"この一年で絶滅寸前危険レベルまで減少していることがわかりました。現場にはベアウルフの'骨'が大量に残り、ベアウルフキングも'骨'で発見されました。それに伴い、急遽中止と致します。"だとさ」


渡されたらしいチラシを読み上げていた。


「へ?何で骨?流石に一年じゃ白骨化なんでしないだろ?」


「まさか、誰かが食べたとか………ないよなー」


「可能性としてはありえるけど、そんな大食漢なんて居なくないか?」


意味がわからないと乾いた笑いをする三人。


「……骨?ベアウルフ?…………あ」


「食べた……わねぇ。クスクス」


………そんなことが出来るのは、二人しかいなかった。何を隠そう、リーゼロッテとローゼリアが過ごした山は、ベアウルフの住かだったわけだ。


リーゼロッテだけだったならば、無傷のベアウルフの死体が転がっているだけ。しかも数をこなすだけ、リスクは高くなる。視線を100%合わせるとは限らない。

ローゼリアだけだったならば、数が限られただろう。死喰腐鬼グールの体力は人並み程度なのだから。しかも通常ならば、人間以外はあまり対象にしない。

二人でいるからこそ、無駄な体力も消耗しなかったのだろう。視線を合わせなければ、切り裂いて食べればいい。全てにおいて、100%など存在しない。


「……あなたたち、まさか?」


目をパチクリさせるお母さん。


「……そうね。犯人はあたしたちだわ。無害な人間には手を出したくないってリーゼが言うもんだから。腹の足しにもならないけど、毎日何十匹と食べて凌いでただけだったのよ」


しれっとして言う。まさか問題になるとは思いもよらなかった。


「ま、まぁ、減らさなきゃならなかった案件では合ったからね。にしても、便利というか何て言うか……」


流石に驚いたようだ。


「あなたたちにチームやパーティの説明もしたかったんだけど、寧ろ足手まといを作る感じになりそうだわね……」


戸惑いは隠せない。


「仲間を作れって?あたしたちは二人で十分だけど、お母様が作れっていうなら……対処法くらい簡単よ?」


どこまでもローゼリアは余裕で、焦ることを知らない。


「……問題はそこじゃないわよ?あなたたちのランクね。見あったメンバーでなければって話になるわ。現在の最高ランクは70までしかいないの。まさか、キングを倒したのもあなたたち?」


悩みは別だったらしい。算盤を器用に叩き始める。


「……あのバカデカイ、ベアウルフがキングならそうね。あれは多分……、既に片目をやられていたんじゃないかしら?」


「うん、傷は塞がっていたけど大きな裂傷痕みたいだったよ」


やはり淡々と語るローゼリア。それを補足するリーゼロッテ。


「証拠になるものはあるかい?戦利品になるものが必要になるのよ。一年365日、1日十体でも3650匹……。1~10が一体ずつ、11~20が五体ずつ、21~30までが十体ずつ、31~40が二十体ずつ、41~50が五十体ずつ、51~60までが百体ずつ61~70までが二百体ずつ……。通常ベアウルフだけでランク69?!」


パチパチと算盤を素早く叩いてあっという間に算出。ふぅんと、気乗りしない声で生返事しながら。


「これかしら?」


ローゼリアが杖がわりにしている、少し歪な棒。包帯でグルグル巻きにされていた。それをついっと、アンネお母さんにつき出す。お母さんはそれを受けとった。


「……お父さんに鑑定してもらってくるから、お待ち」


登録前でも加算されるのかは怪しいが、異例には間違いないだろう。


「ランクってそもそも何なのかしらねー。あたしたちには肩書きの一部にしかならなそうだわ」


ローゼリアの何の執着もない物言いに、リーゼロッテは苦笑いをするしかなかった。


◯●◯●◯●◯


「……ねぇ、君たちもここの登録者?赤ずきんと白雪姫可愛いねー」


リーゼロッテが慌てて下を向き、ローゼリアが面倒そうに見えていない瞳で声のする方に顔を上げた。


「……ナンパなら他を当たりなさい」


あっさりと切り捨てる、が。


「えー?同じ穴のムジナ同士、少ないんだから仲良くしようぜー?俺、アリス!」


声は高めだが男性、身長は低めだが男性……。被害者バツゲームに思えてならない。


「……彼、どんな滑稽な格好で言ってるのか知りたいのだけど。」


リーゼロッテにだけ聞こえるように囁いた。


「……え?そう言われると答えにくいんだけど」


苦笑いをしながら囁き返す。恐る恐る視線を合わせないように、フードから盗み見る。……そして、そのまま固まった。確かに聞こえてきた声は高めだが、男性のもの。しかし、今目の前にいるのは…………。長いブロンズヘア、可愛らしいアリス衣装。どう見ても可愛い女の子だった……。後ろには、帽子屋と3月ウサギの衣装を纏った長身の男性たちがチラリと見える。

こちらには全く興味がなさそうに、手鏡をみたり、周りを見渡していた。


「……可愛いアリスの女の子に見えるよ」


申し訳なさげに顔を背ける。ローゼリアがニヤリと笑う。


「あなた、格好に頓着ないのねぇ?正に勇者だわぁ。うふふふふふ」


一瞬たじろぐアリス。


「ふ……。俺は何でも似合っちゃうからさ。その辺、気にしないの」


見た目は絵本から飛び出したかのようなアリスそのもの。だが、仕草は男の子のそれ。何とも痛ましい、しかし、本人は開き直っている。


「俺らはランク50台。おまえら、初心者だろ?俺らがフォローすればあっという間だよ」


知らぬがほとけ。


「ランクねぇ。アンネお母様が計算してたわね。いくつだっったかしら?リーゼ」


意図がわかるだけに言いにくいが、言わないとならない。


「え、えっと、通常ベアウルフだけでランク69にはなるかもって……」


後ろで手鏡を見続けていた帽子屋と別の席にナンパしに行っていた3月ウサギの動きが止まる。当のアリスはぽかーん。


「……おまえら、どんだけ狩ったの?」


「数千かしらねぇ。食用に。腹の足しにもならなかったわぁ、骨っぽくて」


まさかの言動に我を忘れる。


「まさか、赤ずきんも?」


ローゼリアとは違う感じ。リーゼロッテが気になっているようだ。


「わ、私はその……」


言いにくそうなリーゼに代わり、またもローゼリアが代弁する。


「この子は魂を食べるの。だから、この子と見つめ合えるのはあたしだけ。諦めなさい」


ニヤリとどや顔。だが、負けたくないアリスは食い下がった。


「……知るかよ。俺はそこらの女どもより可愛い。そんな俺でも赤ずきんは可愛いと思う。顔くらいみせてくれよ。この俺が言ってるんだからさ!」


どの俺が?がっつり可愛いアリス衣装の俺様くんが。


「あ、あの……」


「あたしのリーゼに近寄らないで、変態。何?死にたいの?じゃぁ、殺してあげる。あなたみたいな人間、脂も乗ってないから食べても足しにならないだろうけど、骨までしゃぶりつくしてあげるわよ?うふふふ……」


リーゼロッテを抱き締め、全身から威圧オーラを醸し出す。帽子屋、3月ウサギ両名は興味がなくとも、アリスへの異様な言葉に身の毛をよだらせた。


「ロ、ローゼ……」


慌てるリーゼロッテ。


「お、おい。この白雪姫、まさか……」


アリスをつつく。


「……あ、ああ!帽子屋、3月ウサギ!あのクエスト完了してなかったわ!いくぞ!……くそ、諦めねぇかんな!」


ローゼリアが怖くとも、リーゼロッテを諦める気は更々ないアリスは去っていった。

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