第14話 セリカのトモダチ
━━高笑いと共に目の前に、何かが飛び出した━━
ガッという擬音が正しい。帽子屋が、それを掴む。…………それは、ローゼリアによく似た人形。
『ちょっと!乱暴にしないでちょうだい!』
否、ローゼリア自身だ。
「ローゼなの?!」
慌てて、帽子屋からローゼリアを受け取る。
「……見事に、人形にされたな。で、何で飛んできたんだ?」
人形にされ、ますます表情が読めないが、彼女自身が独特の空気を日頃放っているために、機嫌がそこぶる悪いことくらいわかった。
『人形を名乗る小娘に、助けられて、最後は投げられたのよ!』
わかってはいると思う。ローゼリアはすこぶる説明が下手。これ以上聞いたところで、八つ当たりもいいところだ。
「ロ、ローゼ?落ち着いて?」
悶々とした苛立ちオーラは、小さな人形になっても驚異的だ。しかし、怒る矛先が違う。いつもなら、リーゼに手を出す輩に、上から目線で叩き潰すはずの彼女だが、今回は勝手が違った。
「……態度のデカイガキに、競り負けでもしやがったか」
キッと、帽子屋に首を巡らす。言い当てられて、ローゼリアが睨まないはずがない。
『あの高飛車ツンデレ娘にあたしが負けるわけないでしょう?!今回は、動けるようにしてくれたから引いてやったのよ!じゃなきゃ、叩き潰してるに決まってるわ!』
それならば、そもそも怒ってはいなかっただろう。
『……で、ソイツはどなた?人間の臭いがするわ』
三人のやり取りに呆気に取られていたユウヤに、顔を向ける。
「あ、ああ。俺はユウヤ。"ユリカ"さんを探しに来たんだ。協力することを前提に、同行させてもらっているよ」
人形がしゃべっていることに、びっくりしているようだ。しかし会話から、二人の仲間で、何らかの形で人形にされてしまったのはわかったよう。
『……ふぅん。あたしは、白雪姫ローゼリア。セリカの力で、人形にされてしまったの。……美しいあたしがいい様だわ』
まだ、カノンとのやり取りが引き摺っているらしい。イライラは収まらないよう。
「ローゼ、もしかしてさっきの女の子の笑い声って?」
『そうよ。あの小娘よ。……もう屋敷からはいなくなったようね。あんなに濃かった気配が、一瞬にして消えたわ。』
イライラしているのが、ビリビリ伝わってくる。どんなやり取りが行われたのかは、聞くに忍びない。いや、知りたくない。
「取り敢えず、話は移動してからだ。時間がない。早く三人の捜し物とやらを探さなけりゃならないからな。……でないと、俺たちも閉じ込められるとさ」
ローゼリアが大人しくなる。
「……ローゼ?」
心配になったリーゼリアが、人形になったローゼリアの顔を覗きこむ。しかし、表情は全く読めない。
『……何でもないわ。歩きなさい、リーゼ。時間がないのでしょう?』
頷き、気にしながらも歩き出す。道すがら、ユウヤはローゼリアのために、二人に話した話をした。そのたびに、ローゼリアは聞いているのかいないのか、生返事ばかりをしていた。そんなローゼリアが、一点を見つめていることに、リーゼロッテは気がつく。
「どうしたの?」
『……そこの角に、何かいるわ。セリカたちとは違う何かが』
ギギっと、人形になった腕を伸ばす。リーゼロッテたちが確認するより早く、その何かが飛び出してきた。
『バウ!!』
……犬だった。白いもふもふの毛皮に覆われた、大きな犬。だが、それは生きてはいない、"ゴースト"の犬。
「……犬?」
「わんちゃん?何でこんなとこに?」
『バウ!バウバウ!』
こちらに来いと言うように、尻尾を振りながらこちらをちらちら見ている。
『……多分、何かあるわね。ついていってみましょ。悪意はないようよ』
ローゼリアの言葉は、信憑性がある。盲目だからこそ、研ぎ澄まされた感覚は、人形になろうとも変わらない。意識さえあれば、それは可能だ。それは今のローゼリアには、何だが悔しくも思う。カノンに、そこまで見透かされていたようで。
『バウ!』
角を曲がると、尻尾を振りながら、おすわりの体勢で待っていた。
『バウバウ!』
Uターンして、ローゼリアたちを通り越す。角に戻ると、静かにおすわりする。まるで何かから、ローゼたちを守るかのように。……さっきまでローゼリアたちがいた、前の角付近に気配を感じる。ローゼリアはそれが誰か、瞬時に把握していた。
「……白雪姫のおねえちゃまぁ?どこいったのぉ?動けるなんて嬉しいよ!セリカと遊べるね!出ておいでよぅ!」
皆、寒気がして動けない。言葉を発したら、見つかってしまう。でも、何だがおかしい。セリカだけなら、こんなに悪寒などしないはずだ。
他に何か……。犬の"ゴースト"が、小さく唸っている。それは、ローゼでしか聞き取ることが出来ないくらい小さな、小さな唸り。
『……リーゼ。何だがおかしいわ。あたしをちょっとだけ、あの角から覗かせて。まだ、声は遠いわ。もう少し近ければ、あの犬の警戒しているものが、わかるかもしれないの』
小声でリーゼに訴えた。そんなローゼリアに、リーゼリアが疑うわけがない。小さく頷いて、音を立てないように近づく。犬はチラリとこちらに目を向ける。まるで促すように、一歩下がった。
リーゼリアは、そのズレてくれた場所に立ち、ローゼリアを少し出した。
『……!?下がって、リーゼ。』
言われるがまま、リーゼロッテは一歩下がった。ローゼリアの気迫に、皆、身構える。
『……セリカの周りに……、セリカの部屋にいた人形たちの気配が纏わりついているわ……』
ローゼリアが感じた、
『……ちっ。このままじゃ、カノンに仕返し出来ないじゃない』
リーゼリアの中でぐるりと方向転換をする。
『……皆、あたしの言うことを聞きなさい』
基本的に脳筋行動を取るローゼリアだが、意外と頭の回転は早い……と思う。そこは、未だ謎に包まれている。
『帽子屋、ユウヤ。危険だと感じたら……、リーゼを死んでも死守なさい。いいわね?』
「ロ、ローゼ!やっと………!」
ローゼはすかさず、リーゼの口を小さな人形になった両手で塞ぐ。
『し!静かに!』
リーゼロッテにとってローゼリアは絶対で、それはローゼリアにも同じ。二人でいるから、何にも恐れずに立ち向かえる。だから、もう離れるのは嫌。ローゼリアもそう思っていると、思っていたのに。
『……あたしが囮になるわ。その隙に、背後の人形たちの魂だけを食べなさい。逃げるのは、セリカに邪魔された場合だけ。分かってちょうだい、リーゼ』
泣きそうなリーゼは、ローゼリアをぎゅっと抱き締める。離すものかと。
『帽子屋!あたしを掴んで、セリカに向けて投げなさい!それが、合図よ!リーゼ!あなたなら、出来るわ!悔しいけど、カノンが言っていたの。あなたの力は絶望視するものじゃないって。あたしを信じるように、自分を信じなさい!帽子屋、早く!』
無言で帽子屋はリーゼロッテからローゼリアをもぎ取ると、角から顔を覗かせ、こちらに曲がったばかりのセリカに向けて……………、躊躇なく投げつけた。
『……あなたはそういうヤツよね、知ってたわ。』
「ローゼ!!!!」
「あ!白雪姫のおねえちゃま!みぃつけたー!」
小さな腕を目一杯広げて待ち構える様は、可愛らしい女の子そのものだ。だが、背後には黒い影がもやもやと浮き出る人形たちが宙に浮いていた。………それは、残留思念というより、怨念に思えた。
「……ローゼは渡さない!ローゼは私の大事な片割れなの!」
帽子屋のリーチの長さで、高い天井すれすれまで向かいながら、弧を画くローゼリア。セリカが小さいために、落ちるまでに多少の時間が掛かる。
リーゼロッテは、今まで無意識に視線を合わせた相手の魂を、食べてしまっていた。だからこそ、誰とも視線を合わせないようにしてきていた。けれど、さっき言われた言葉を反復する。
"あなたの力は、絶望視するものじゃない"
リーゼリアは知っていた。いや、聞いていた。死に至らせてしまったお母さんから。
お父さんの力のことを。
"お父さんはね?食べる魂を選べたの。あなたもいつか、お父さんみたいに制御出来る日が来ると良いわね"
リーゼロッテは決意した。角から飛び出し、セリカに対峙する。しかし、セリカはローゼリアに気を取られ、こちらには気がついていない。……リーゼロッテは、瞳を閉じた。
「私はもう、守られるだけじゃないよ!使えるものなら、何だって使うわ!たとえ………、お父さんと同じ力であろうと!」
そう叫ぶと同時に、瞳を開く。薄い茶色だった瞳が、真っ赤な瞳に変化していた。彼女の瞳は、びっくりした顔のセリカをすり抜け、人形たちを捉える。……人形たちが、不規則にブルブル震え出す。黒い影がいやいやするようにもがき始めた。
「往生際が悪いわよ!小さな子をタブらかして、ただではすまさないんだから!」
リーゼロッテの瞳の奥で、何かが光りだす。その瞬間、黒い影が、まるで掃除機に吸い込まれるような勢いで、リーゼロッテの口に吸い込まれた。人形たちは、解放されたように、バタバタと落ち………………、砂のように崩れ去った。……………表情のない人形たちが、笑ったような気がした。解放されたことにより、本来の人間の表情を模したかのように。
「……あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!セリカのお人形さんがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ローゼリアを受ける余裕が無くなったセリカが、叫び出す。しかし、ローゼリアは目前に迫っていたため、正気に戻ってしまう。
「白雪姫のおねえちゃまだけでも、連れてくの!」
手を伸ばした時だった。
『バウ!バウ!バウ!』
あの犬の"ゴースト"が走りだし、ローゼリアが落ちる瞬間、セリカに体当たりをしたのだ。転がるセリカと犬。そして、可哀想にも落ちたローゼリア。
『………損な役回りは、あたしのたち位置じゃないってのよ』
「ローゼ!」
急いでローゼリアを抱き上げる。そんな中、セリカの声がしない。不思議に思い、顔をあげると…………。
『バウ!バウバウ!』
犬の"ゴースト"が、セリカの顔を舐めていた。嬉しそうに。
「セ…………、セバスチャン!!」
犬に顔を埋めるセリカ。どこかの腹黒執事を彷彿させる名前が、この犬の名前らしい。
「どこいってたのぉ?寂しかったよぉぉぉぉ!」
泣き出すセリカ。………そんな彼女からは、もう何も感じない。
「……どうやら、セリカの捜し物は、あの犬だったようね。人形をオトモダチ、オトモダチって言うから、勘違いしていたけど。確かに動かないことを気にしていたわ。どちらにしても、あの犬が自ら現れなければ、危なかったわね」
リーゼが口をパクパクさせていた。
「あら、どうしたの?リーゼ。金魚みたいよ?」
パクパク音が、耳に届いたようだ。
「いや、気がつけよ。おまえ、元に戻ってるぞ。」
その言葉に、ハッとするローゼリア。そういえば、いつもの感覚に戻っていた。
「……ごめんなさい。白雪姫のおねえちゃま。セバスチャンがいなくなって、寂しくて。本当にごめんなさい」
振り向くと、セリカがセバスチャンを抱き締めたまま、こちらを向いてぼろぼろ泣いていた。その音に、溜め息をつく。
「たまには、こんな役回りも悪くないわ。……次に会うときは、セバスチャンと一緒においかけっこなら、してあげてもいいわよ。体力なら、自信あるわ」
そう言って、セリカの頭を撫でる。……見えていない瞳が、優しくセリカを見つめていた。
「……ありがとう、白雪姫のおねえちゃま。赤ずきんのおねえちゃまも、帽子屋のおじちゃまもごめんなさい、ありがとう」
そのままセリカは、セバスチャンと共に、光となって消えていく。
◯●◯●◯●◯
「さぁ、次行くわよ」
リーゼロッテと、待っていたユウヤと共に歩き出す。
「……おい、待て」
「何よ、時間がないんでしょ?行きましょう?」
いつものローゼリア。しかし。
「……俺だけ、おじちゃま言われたんだぞ?気にしないわけないだろう?この唯一無二の美しい俺が!」
ローゼリアのすごい剣幕のときは、まだ理性があったらしい。だが、セリカの最後のセリフで、スイッチが入ったようだ。やっぱりコイツは、酷いナルシストに間違いない。
「……どうでもいいわ。行くわよ」
━━二人の背中を押し、次の"捜し物" を求め、歩き出した。後ろでは、まだガタガタ言う帽子屋が、ついてきていた━━
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