第16話 切実な問題


━━ただただ、一行は無言だった━━


答えは斜め上からやってくる。仕組みを後から把握することしか出来ないことに、ヤキモキするしかない。きっと常識なんて通用しない。そもそも常識のある存在が、このパーティにはいない。さすれば、導きだされる答えはひとつ。考えるな、感じろ。わからないものはわからない。それでいいじゃないかと。それに、迷探偵とかどこいった。なるようになれ、あしたはあしたの風が吹く。誰一人として、協調性なんてものを持ち合わせていない時点で、わかりきっていたはずだ。作戦なんてまったくもって、立ててはいなかったのだから。立てていたからといって、誰も実行しないし、この状況ではきっと無意味。頭を捻るより、首を寝違える方が日常的。期待したら負け。ここまで意外と何とか切り抜けた。……兎に角、こんな厄介な場所から抜け出したい。ちょっと感動したりとかしても、誰かしらが台無しにする。アリスのお茶会を開くまでもなく、イカれたメンツ。大人組も、いざとなれば使えない。スイッチが入れば、年少組並。オツムの出来はどっこい。それに同行する一般人、ユウヤ。コスプレには理解があっても、絶対に屋敷の摩訶不思議よりも、彼らの発言や能力について説明がほしいところだろう。いや、あえて聞きたくないのか。


彼らが黙っているのは、不甲斐なさからではない。迅速にクエストがこなせないなんて、殊勝なことでもない。それぞれ性格が違うのだから、同じ悩みがあるわけでもなし。無駄に並べてみたが、今の彼らの専らの沈黙理由は同じだった。ただ、色ボケ野郎を救出するのはいいが、その前にまず、『用を足したい』。それに尽きた。要するに、亜空間過ぎるのと、屋敷の見取り図を知らない。従って、『トイレがどこにあるかわからない』。まさかの緊急事態に、皆それぞれ、助ける前にそれくらい時間あるよね、どこにあるの?という思考に支配されていた。元を辿れば簡単だ。食事をしてからすぐ呼び出されたり、追い掛けられたり、誘惑合戦したり、部屋に引きこもっていた。リーゼと帽子屋くらいは、そんな時間もあっただろう。しかし、そんなすぐに消化するものでもない。食事中の方には、大変申し訳ない話ではあるが。要するに、3つ中、2つをクリアしたことにより、あと1つだという安堵感が彼らに現実をもたらしただけなのだ。感情は十二分にある、無駄に個性的な彼らならではだろう。アリスに至っては、同時に酷い喉の乾きまでおまけでついている。時間に限りがあろうが、巻いていこうが、生理現象には逆らえない。それだけ。


前戯の長い焦らしプレイをしているわけではない。誰として、それを口に出さない。いや出せない。リーゼロッテは本当に恥ずかしいだけだろう。ローゼリアに言わせれば、「女の子に言わせるなんて、デリカシーもへったくれもないわね。あたしが膀胱炎にでもなったら、あなたのせいよ」とアリスを弄り倒すだろう。帽子屋の場合、自分大好きナルシストなため、美学に判するとかどうでもいい屁理屈が飛び出すことくらい、予測済みだ。アリスに至っては、我慢と喉の乾きで、頭と口が回らないだけのバカでしかない。肝心の良識人には、それはないのでわからない。もうこれは、羞恥心との闘い以外ない。こんな緊迫感の中でも、彼らにの二文字は存在しないのだ。


「……小便してぇ!便所向かってくれ!」


最初に根負けしたのは、当然、担がれたままのアリスだ。勢いよく、帽子屋はアリスを叩き落とした。


「俺に引っ掻けやがったら、殺すぞ!このドチビ!」


凶悪顔で睨み付ける。


「いてぇ!チビったらどうしてくれる!?」


「あら、長いもの、本当にぶら下がってるの?」


冷たい目で、見下す。見えていない目で。アリスは青ざめ、隠すようにスカートを押さえた。なんだか、千切られそうな悪寒がした。長いからチビりやすいとか………あるんですか?

リーゼは、三人に構っていられず、青ざめながら一人で探している。


「……もしかして、皆、トイレ探してる?」


やっと気がついた良識人。余裕顔のローゼと帽子屋にも脂汗が滴りそうだ。かなり動いて、諸々消化したらしい。歩く速度も、心なしか遅い。そもそも、当たり前のようにしているが、ローゼは死喰腐鬼グール。排泄するのか、謎である。


「……あった!あったよ!」


トイレの入り口に手をつき、ぷるぷるするリーゼ。伝えるや否や、中に消えていく。


「あ!リーゼ!おまち!」


ローゼも、半ば猫背で走り込む。


「ま、待て!俺が先だ!」


はどこへやら。憔悴した帽子屋も、後に続く。


「ちょっ!俺もー!」


落とされてちょっとヤバいアリスは、不自然な内股で、のろのろ向かう。


「だ、大丈夫かな?」


ユウヤは、心配になりながら、入り口を見つめた。


………待つこと十数分。入った順で、あまりにも分かりやすい、清々しい顔ででてきた。紙の問題はなかったようだ。しかし、かなり消耗したことには代わりない。疲れた顔を隠せていない。


「……もう、ホント帰りてぇ」


「あなたが行きたいって言い出したんじゃない。最後までリタイアするんじゃないわよ」


そう、お忘れかもしれないが、このクエストを選んだのは誰でもない、アリスだ。彼には、リタイアという選択肢は、最初からなかった。無理矢理気力を奮い起こし、足早に前進する。しかし、ご存知だろうか。アリスには目的地などわかるはずがない。正確には誰もわからない。けれど、進まねば終わらない。早く、終わらせよう。こんな悪夢は。



━━落ち着いた一行。一路、行く先のわからない、マリカの元へ足を進めた。

進めばきっと当たると信じて…………を通り過ぎた━━

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