第19話 ほくら

 ご近所様へ引越しの挨拶も終え、やっとこさ夢の新居へ折り返す。

 

 朽ちかけた手作りの石段を登った先、小高い丘の上にニヨリ様の社は作られている。

「なんじゃあ、だらしがないのぅ」

「ぜひぃ、なぁに、いっひ、余裕っすよ」


 息を切らせて一段ずつ踏みしめて登る俺の脇を、ニヨリ様はホバー移動でスイッーっと滑り上がっていった。

 ずるい。


 

 河原を歩くニヨリ様は、隣りで地面を滑るように移動している。

「それってもしかして、水の上とかも渡れるのっ?」

「可能じゃぞー」

 すいすいと、川の上を滑るニヨリ様。

「まぁ、多少なりとも霊思は消費するので、歩ける場所は徒歩がおすすめじゃ」

 そう言いつつも早速のお披露目となっている理由は、さっき歩きにくい河原の石で足をグネったからだ。


 力を共有する俺にも出来ると言うので挑戦して見たが、川底の高さに合わせて滑らかに水中に沈んでいく結果となった。

 水深の程よい場所でしゃがみ、顔の上半分だけだして横スライド――等していたら、ニヨリ様は腹を抱えて笑っていた。


 そしてこのホバー移動、歩くよりも疲れる。

 先生曰く「水面を滑るのも疲労も、どちらもよ。これが当たり前、と言うイメージの問題じゃ」と、ありがたいご指導ご鞭撻べんたつ

 

「はー、笑ったのぅ。ちなみにあまり浸かりすぎてると、霊体が水に溶け出すぞ」

 そういうのも早く教えて欲しい。


 △


 そんな訳で、この神霊体の状態は思ったよりも融通ゆうづうが利かない。

 違うな。むしろ、よりダイレクトに自分のイメージに影響されるため、浮き方を知らないので上手く浮かべないのは当然で、

『運動不足だから、長い階段登るのとか疲れるなー』と思ったならば、期待に応えるように体が疲労状態へと陥り、あっという間に息は切れ切れ、全身ダラっダラ汗まみれである。

 不健康な肉体は、不健全な精神を宿す。


「ほっひっ……っひー……ほっひっほー」

 50段以上は登ったか。何とか肩で息をしながら無事に頂上まで登りきる。

 水分補給に野菜ジュースでも飲みたい気分だ。


 気配に気づき顔を上げると、「ん」とニヨリ様が、背後の登ってきた方角を指差す。

「ぬー、ふー、んー? おー」

 高台からは新織の集落が大きく見渡せた。

 正面にはトンネル山。眼下の左手に一ノ瀬家、そして奥に向かってぽつりぽつりと建物が続いてゆく。少し視線を上げると左手上流から流れてくる川が、トンネル山にぶつかる辺りで曲がって、村を巻くようにして麓へと流れていく様子がみえた。


「良いっすねぇ。景色」

「ええじゃろ? 丘の裏手に周り込めば、麓の街も見渡せるんじゃぞ」

 ふふふんと得意げな、にやり様。

 俺が未来で落ちたトンネル巻き出し部分も――見えた、あの辺か。……スマホ。

「まぁ、裏手はおいおいで、まずはこちらじゃの」

 

 丘を上った先は広場になっており、まばらな木々に囲まれた社殿が有った。

「おお、これが」

 一言でいうと、田舎の神社。

 なるほど。先ほどの祠よりは随分と広く、手放しで綺麗とは言えないが、ちゃんと補修や手入れもされている。

 汚れや修繕跡も目立つが、赤い三角屋根にごろんごろん鳴らす鐘もちゃんとついている、誰が見ても神社だ。


「懐かしいのう」

 思わぬ言葉に驚く。ニヨリ様は柱の傷にそっと手を這わせ、目を細めた。

「懐かしいって、結構前に引っ越したのかい」

「まぁ、十年は経ってないかのう、雪の重みで崩れ落ちてしまってのぅ」

 はっはっは。と笑う。

「そっか」

 十年ぶりの我が家、そりゃ懐かしくもなるだろう。

 

「それじゃ、あっちの事故物件も結構長かったんだね」

「ぬっしゃあ、そのちょっと上手いこと思いついたら口にせんと気が済まんクセ、一度改めたほうが良いぞ」

 肝に銘じます。



「では、入るか。扉は開いていると思うのじゃが。あ」

 社の階段に足をかけた所で、ニヨリ様の歩みが止まった。

「どうかしたんか?」

 何かまた寄り残しでも思い出したのだろうか。


「いや、すまぬ。ちいと混線が。先に入って待ってて貰おうかの」

「おん? じゃあ、失礼して」

 まぁ、ドアを開いてエスコートするのも神使しんしたる者の務めであろう。


「あっれ?」

 取っ手に手をかけ力を入れるが、ガタつくだけで引き戸は動かない。鍵でもかかっているのか?

 

「ぉお、そうじゃった。普通には開けられぬな」

 もう用事は済ませたのか、家主が隣りに並ぶ。

「そっか、現実の物へ干渉するのは、特別に力とが居るんだっけ?」

 スマホを持ち上げようとした時、そんな話をされたっけ。スマホ。

「いや、この社は建物ごと神に捧げられた物じゃからな。普通にこの状態でも触ることが出来る」

 

 扉を上に持ち上げながら、側面を足払いするように蹴り出す。

 スパーン。

「立て付けが悪いだけじゃ」

 しっかりと腰の入った、キレの良い支釣込足だ。

「お見事でございます」と小さく拍手を送る。

「いざ参られよ、うるわしの巳屋みやへ」

 お言葉に甘えて早速、中へと失礼しよう。


「あぁ、少し、刺激があるやも知れぬ」

「おじゃましま――ぁふんっ」

 言葉の意味を考える間もなく、敷居をまたいだ瞬間に全身を奇妙な感覚が襲う。


 体の中に、四方八方からシラタキほどの糸がぷつぷつと入り込んで来る感覚。

 神様の宝物庫に繋がる事により、蓄えられた信心の力を受け取ることが出来るというのだが、これがその『宝庫ほくらに繋がる』という状態か。

 2・3歩進んだ所で、耐えきれず膝から崩れ落ちてしまう。

「ぬわっ。大丈夫か?」

「大丈夫、気持ち悪いとかじゃないから」

 シラタキじゃなければ、全身を太めの綿棒で突付かれているようで非常にこそばゆい感覚だ。


 くずおれる人の体制で固まっていると、体の芯に熱を感じてくる。

 これは、ぽかぽかとして気持ちいい……。


 う、んん。んー。

「ぬぅん? 少し顔色が良くなって参ったか?」

 慣れない感覚に戸惑っていると、心配したニヨリ様が顔を覗き込んでくる。

「これは、ほっこりすると言うか」

「どしたのじゃ?」

「うん、ちょっと、いや何でもない」

 これはその、ややセンシティブなふっくらとした気持ち良さも湧いてくる。

「?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る