第24話 すずのね

「誰か、こっちに来るのぅ」

 またやしろに捕食されないようにと、外に出て、神社の敷地内けいだいで体の動かし方などを練習していたところ、ニヨリ様が接近者を感知した。

 下を覗いてみると、颯爽さっそうと階段を駆け上がってくる人影がある。

 麦わら帽子にチェックのフランネルシャツ・Gパンにスニーカーというラフなスタイルで、その名のごとく、段差などものともせずに軽やかに階段を一段とばしで登ってくる、伊吹いぶきだ。

 太陽の下、野を駆け抜ける少年。練り上げられた『日本の原風景的映像えぢから』に、激しく胸のときめきを覚えてしまう。


 俺の前を弾むように駆け抜けて言ったイブキを追い、俺も社の縁側へと歩み寄る。

「よっす神様ー、また来たよ。婆ちゃんが挨拶してけってうるさいからさ」

 俺とは違い、息の一つも乱れていない。

「うむ、よくぞ参った。まぁた、ひとこと多いがのぅ」

 ニヨリ様も気さくに言葉を返すが、今は霊体モード。イブキ側からは認識できていない。



 がらんごろんと鈴を鳴らすための紐、麻で作られた鈴緒すずおは、普段使われないせいか、横にある柱にぶらりと結わい付けられている。イブキは鈴緒に手をかけると、

「あ、違った」

 慣れた手付きで軒先に置いてある収納箱を開ける。

 中から巫女さんがシャラシャラと鳴らす手持ちの鈴を取り出すと、ぞんざいに二・三度鳴らし、パンパンと手をあわせた。


「婆ちゃんの事、よろしくお願いします」

「ヤダ良い子」

 追加でキュンキュンしてしまう。


「でも、あんま頼りにならないんだよなー、ニヨリ様」

「なんじゃとっ! ホント憎たらしいわっぱじゃな!」

 縁側の上で、プンスカと煙が出そうな勢いで地団駄を踏む。

 あ、実際に出てきた。さすがイメージを操る神。


「あと、お小遣いもくれますように」

「春休みにも貰っとったじゃろ!」

 冴える神ツッコミ。すっかり元気を取り戻されておられる。


「あ、忘れてた、コレお土産」

 シュークリームにクッキー、バームクーヘンやお高めの煎餅などが並ぶ。

「なんと、げに憂い童子かぁ」

 すごい勢いで尻尾が揺れ、隣りに座る俺の顔を叩きまくっている。


「じゃ、また来るわー」

 手を振りながら、帰りは石段ではなく斜面を駆け下りていく。

 重ね重ね、田舎の幻想を体現したような少年に高評価、いいね、チャンネル登録の嵐です。


「俺、あの子すき」

 悲しきモンスターのような発言になってしまった。

 歳を重ねたせいか、若い子の躍動感に憧れにも似た感情を覚える運動不足のアラサーです。

「わしもじゃー」

 こちらはお供え物につられて上機嫌な神様。

 あれじゃねーかな。イブキからの信心が貰えないのって、精神年齢が近すぎるとかじゃねーかな。


 ニヨリ様が台の上に並べられたお土産に手をかざすと、お菓子本体はそのままに、するりともう一つ、霊思で作り上げられたコピーが取り出される。

 ペイントソフトとかで、複製した物を移動する感覚だな。ShiftもしくはCtrl+D。

 お供えと共に信心を頂き、代わりに神様の『ありがたいお力』を込め直しておく、恩頼みたまのふゆというシステムだ。

 

「ぐふふ、これにはコーヒーかの紅茶が良いかの」

「紅茶の用意も有るんだね」

 ヨダレ様は並べたお菓子を大事そうに愛でると、不思議な四次元戸棚に収納した。


 ◇


 日もだいぶ傾いた頃に、今度は櫻お婆ちゃんが社を訪れる。

「はぁーゆるくないねぇ」

 ゆっくりと、膝に手を付いて呼吸を整えながら。ご老体にあの急坂はきつかろう。

 一度、膝と腰を伸ばした後にゆっくりと社殿に近づくと、櫻さんも収納ボックスから鈴を取り出す。


「あの鈴は、なんていうんだっけ?」

神楽鈴かぐらすず、じゃ」

 

 神楽鈴を軽く鳴らすと、手を合わせ、『あの子達が、大きな怪我もなく、無事健やかな人生を送れますように』と願いを込めて、お土産をおろしていった。



「本当に、温かい良い家族だな」

「……に」

 櫻さんを見送るその横顔は、夕焼けに赤く染まりひどく儚くも神々しい。


 ◇

 

「鳴らすと、落ちてきそうじゃからの」

 屋根から吊るされて、本当ならばガランゴロンと深く響くはずの鈴は現在、使用禁止。

 太い鈴緒は別の麻縄で隣の柱へ結わえられていた。


 ニヨリ様は、緩んで解けそうになったその麻縄を、きゅっと結び直す。

「危うくドリフのタライになってしまうぞ」

 結び目を締め直しながら、ニヨリ様ははにかんだ。


「でも良いのかい? 祭具とか形式は大事とかなんとか、トンネルの時言ってなかった?」

「儀式の彩度を深めるには効果的かも知らぬがな、日常の祈心きしんには必要もあらぬ。何事も、真に大事なのは心よ」

 

 収納ボックスが三度開かれ、ニヨリ様も鈴を取り出した。

「それにの、上のは本坪鈴ほんつぼすずと言うのじゃが、そもそも『巫女が扱う神楽鈴が先、それに習い参拝客が鳴らすために作られたのが本坪鈴』とも言われておるのじゃ」


 しゃららん、と神楽鈴を鳴らし、くるりと舞うニヨリ様。

「なにより、どちらの鈴の音も風流なものよ」

 デカイ鈴ほんつぼすず買うと結構するし。と、補足もボソリ。

 

 しゃん、しゃんしゃん、ともう二回転ほど。

 夕暮れの丘に小さな蝶が舞う。演奏も型もない、自由にたゆたう神楽舞。

 本当は捧げるモノなんだろうが、神様が楽しそうなんだから、それもまた神楽かぐらでいいのだろう。

 

「形式よりも思いが大事、か」

 しゃんっ。と短い演舞は終わり、拍手の春雨はるさめ

 夕日に染まるその頬に少し照れた紅を浮かべながら、ニヨリ様は鈴を片付けるため箱に手をかけた。

 

「ただのぅ」

 道具箱から別の打楽器を取り出すと、音を奏でる。

 デデデン。

「先に、イブキの使っておった『でんでん太鼓』を持ち出された時は、流石に枕元に立ったがのぅ」

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