第23話 帰宅ラッシュ
もう少し散策しをてから帰る予定が、ニヨポンが「
「すまんのぅ」
「なんもさ」
腕の中で、くてっと脱力するタヌキ。
そういえば、お互い元々インドアだもんな。
いくら楽しくても、急に運動しすぎると心のアキレス腱が断裂してしまう。
◇
一ノ瀬亭に差し掛かったところで、三人がまた車の隣で話しをしている場面に出くわした。
「いやー、
「緊急だから仕方がないですよ。そんな訳で、お義母さんすみません、イブキをお願いします」
「イブキは良いのかい、一人で?」
イブキと言われた活発そうな子は、車に大きな鞄を積み込みながら答える。
「うん、せっかく来たんだからさ。僕は残るよ」
話を聞いていると、何やら急用でも出来たのか、パパンだけとんぼ返りするようだ。
「何も手伝えずにすみません。足りない物とか合ったら電話でも。迎えに来る時に持ってきますから」
「やー何かあったら、中平さんに頼むから気にしないでよ。それよりも気をつけて、飛ばさないでね。
ニヨリ様もその名を言っていたが、美南さんが実の子の方だ。
「じゃあ、また電話するから。多分、木曜には――」
挨拶も程々に、窓を開けたミニバンが櫻さん達と別れの挨拶をしながらこちらに向かってくる。
庭先から道路に出るところで、左右確認。しっかり目が合った。
今度は外殻を被っているため、間違いなくこちらが見えている。軽く驚かれるが、会釈をしながら走り去って行った。
「えっと、ニヨリ様。中平さんの時もだけど、俺って見られて大丈夫の?」
「んー」
腕の中で半分寝ぼけてふやけているニヨ
「いや、本来居なかった人間が、色々と痕跡を残して良いのかなって?」
しかも、タヌキを抱えた中学生なんてのは、なかなかのインパクトだと思う。
「構わんのではないかー? 我神のようにずっとこの村に居るならじわりと無理も出てくるが、短い期間の出来事ならば、楽に修正が利く」
「あぁ、それで人型じゃないのね」
「居た者も、居なかった者も、在るがままには記憶は残らぬ。記憶など、おおよそ曖昧になるものよ」
それは普通に生きていたって良く起こり得る、悲しくもありきたりな話だ。
「そして我神は、無いもの見せたり有る物を曖昧にしたりするのは得意じゃぞー」
やはり化け狸だったか。
◇
「ただいまー」
「おじゃーしまーす」
社殿へと戻ってきた。フタリとも化けの
あぁ麗しの床暖房完備・全館空調付き快適空間。
体力満タン、元気千倍。万全な体制でだらけることが出来る。
「ふぃふぃ、まだまだやる事はありそうじゃが、疲れたの」
「まぁ初日だしね」
そう、まだ旅に出てから一日も経ってない。ちょっと一日にイベントを詰め込みすぎだろうよ。
「夜中に家を出て……今、何時だ?」
日はだいぶ傾き始めているが、山かげに沈むにはまだ早い。
上半身を起こして室内をぐるりと見渡すが、壁掛け時計などは見当たらなかった。
「時計なら棚の上に在るぞ、それに懐中時計が有るじゃろ?」
熊の置き時計は文字盤がちっこくて、見えづらい。それと……。
「懐中時計?」
「えぁ? ここに来る祭具として使ったじゃろ」
寝転んだ姿勢のまま、キョトンとした目で見上げられる。かわいい。
「って、あ、そうだ。あれ? なんだ」
なんで忘れていたのだろう。いま言われるまで、すっぽり記憶から抜け落ちていた。
そして、見当たらない。
ポケットも、ショルダーバッグの中を漁っても入っていない。
記憶と一緒に物まで抜け落ちていた。
「うむぅ、やはり記憶が混乱しておるんじゃな。実は我神も所々に違和感を感じておってな」
ムクリと起き上がると、棚に飲み物を取りに向かう。
「今まで何度か時を戻った時には、こんな事なかった筈じゃがなあ。それにしても、お主の記憶は随分と
お茶っ葉やカップが入っている戸棚の下を開き、収納スペースから差し出されたオレンジジュースをいただく。
「あんがと。そんなに怪しいかね俺。っお、冷んやり」
受け取った缶は、どういう仕組みかよく分からないが、冷蔵庫に入っていたように冷えていた。良く振ってから一気に半分ほどを飲みあおると、疲れた体につぶつぶ果肉の喉越しが染み渡る。
「例えば、お主は、なぜこの村に来たか覚えておるか?」
「おいおい、そりゃ、自分の体を戻すためだろ?」
河原からで指差し確認したじゃないか。
「さらにその前じゃ。そもそも元の時代、主は何のためにこの山中に来たか、覚えておるか?」
「それは……」
パクパクと口を動かすも、言葉が出てこない。
ぽっかりと『理由』が抜け落ちている。
「金魚ー」
こんらんちゅう。
「『初めて訪れるハズだった村に、昔、来たことが有った』そうなると記憶の混乱が起こるのも無理からぬものか」
あぐらをかいて腕組思案。首を左右に振ったり、納得したように頷いたり。
「そういうもんかね」
たびたび起こる目眩や疲労もそれが原因かもしれない。
「この混乱が『我神とお主の魂が混ざっているから』なのか、そもそもお主がこの場所に居るからなのか、どちらも考えられる」
「神様だから大丈夫・人間だからダメ、とか、そういう可能性もあるよな」
ぐぬぬと軽く唇を喰むニヨリ様。
「迂闊であったか。すまぬ」
姿勢を正し、頭を下げる。こういう所は随分ちゃんとしてるのよね、この子。
神様と言うだけあってか、神様なのに低姿勢と言うべきか。
「いんや気にせんで。勢いのまま、軽はずみに
弁護でも何でも無く、全くもっての言葉通りである。
「そう言ってもらえると助かる。また何か変わった事が有れば、隠さず言うのじゃぞ?」
「おけ、なにか気づいたら」
と言っても、認識がずれていることの認識、なんてのは難しいだろうけど。
それが当たり前と思い込んでいるのだから、何かのキッカケでもないと気づきようがない。
とりあえず違和感を覚えたらメモに残して――。
「どうしたのじゃ?」
ポケットに手を突っ込んだまま固まっている俺に、小首をかしげる。
「いや、気づいた事が何か役に立つかと、メモでもとろうと思ってな……」
また無意識にスマホを探していて、苦笑いしてしまった。
習慣ってのは簡単に忘れないもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます