第22話 さんさくろ

 村の散策に出かけよう。お迎えのため社から一度距離を取った影響か、頭が多少冴えてくる。

 危うく「あんた帰ってきたと思ったら、家でゴロゴロばっかしとらんと、どっか行きーや」状態に陥るところだった。

 腰を据え直すと、また上がれないぬる湯状態になってしまうと、いったん社から離れ、集落内を散策することとしよう。


 ▽


「外で、いつまでも『神霊体みたま、浮遊霊』見たいな感じでおるのは何かと不便じゃからな」

 着物のそでから折り紙を取り出すと、何かを折り始める。

「仮の肉体。【現身うつせみ】実体をもつ外殻を作り、そこに入り込む」

 

 折り紙で作った人形をぱちんと両手で挟み「むすひゆいゆい」と祝詞のりとをあげる。

 開いた手から舞い降りたヒトガタに色彩豊かな光が集まると、たちまち人間の形を整えた。


「おー」

「どやぁ」


 △


 ってな流れで俺は、現世に干渉できる肉体の殻を得た。

「それで、なぜ中学生?」

 元年齢の姿だと、消費の問題とか有るのだろうか?

「いい歳した知らんオッサンが、こんな山の中を一人で歩いてたら絶対おかしいじゃろ?」

 いろいろな方に謝れ。


 出来るだけコンパクトに。その中でも運動にも行動にもあまり不都合が出ないのが、中高生くらいだったと言う事で纏めておく。

 

 ◇


 やしろを後に、一ノ瀬家を抜けて、道なりに歩く。

 隣を流れる川は、蛇行しつつも行きつ離れつ、道とぼぼ並行して上流へと共に向かう。

 空は相変わらず晴れ渡り良い陽気だが、川を沿う風は冷たく、遠くの山にはまだ残雪も多くみられた。


 

 視線がいつもより若干だけ低い気がする。

 ワンサイズ小さいボディに詰め込まれたが窮屈なことは無く、なんなら自分が子供の頃よりも自由で自在に軽やかに四肢が動く気さえする。


 うん、快調。


 なんなら雄叫びを上げて無駄にダッシュしたくなるくらい、おろしたての新品パンツを履いた朝のような爽快さだ。

 ちょっとくらいの奇行を発現させた所で、見てる人も居ない。

 そう、ニヨリ様の言葉通り人が居ない。

 有るのは茂みの奥から伺う動物の気配ばかりなり、だ。


 そして足元にも獣の気配がトコトコと一つ。視線をななめに下ろす。


「何でタヌキなの?」

「この形態が、歩き回るのに都合が良いのじゃ」

「そうですか」


 日本の神様だものな、元が動物でも可笑しくはないが……。

 あの鹿の角は一体。違和感を覚えた尻尾は確かにタヌキチックだった。

「まぁ、鹿がその辺をうろついていたら普通に困るものな」

 奈良や最北の街でもあるまい。

 そういいながら最近は街の中心部にも出没しているし、十年も経てば大通公園に住み着いて、新たな観光名所になっているかも。



 人気のない限界集落の道路を歩く、少年と狸。

 道路脇には、アチラコチラで倒壊した小屋が並ぶ。

 一ノ瀬家は村の外れだった様で、歩くほどに生活の痕跡が増えていく。

 ほんとうに、だ。形を残し現存している建物も、倒壊してしまっている建物ももちろん、人の営みの息遣いは感じられない。


 ◇


 途中で川とは分かれを告げる。もうしばし探索を続けると、三叉路さんさろにたどり着いた。

「ここが、村の中心部じゃ」

 三叉みつまたの正面には、一般家屋よりも大きめの建物がある。

 大きく取られた玄関や部屋の造りを見るに、下宿とか民宿だろう。

 

 道を挟んで左手には、こちらにも大きめの、ただ一部が崩れかけた二階建てがある。

「これは、商店? えーと、し……」

 店舗兼住宅の一階、少し突き出た庇部分の上に、風化して消えかけた文字がうっすらと残っていた。

「ひび屋」

「ひびや? あ、そういう名前のお店だったのね」

 いわゆる地域の何でも屋だったらしく、たまにお菓子とかを貰っていたとのこと。『都合が良い』ってそういう。

 野生動物への餌付けはやめましょう。


「そうか。無くなる前はこうであったな。ここも更地になってしまっていてな」

 社も大雪でやられたと言うように、屋根の雪を降ろすか降ろさないかと言うのはかなりの生命線だと思う。

 それでも潰れたままで放置せず、きっちりと精算をするだけの余力を持っていたという事は……明るい話になるのかな。


 ニヨリ様は崩れかけた建物に近づくと、隙間に潜り込んでいく。

 後をついていくと、何かゴゾゴゾと、探し物でもしている音が聞こえる。

「おーい、危なくないかー?」

 声は探索音にかき消されたのか返事も届かない。

「この辺りとか、屋根が地面に付くほどひしゃげてるし」

 倒れかかったトタンを触るとガタガタと揺れる。


「ぬぅあぁゃ! 何しとるかぁ!」

「うわ! びっくり!」

「おぉっわ! びっくりした!」

 急に轟いた怒声に驚き、叫び声をあげると、まさかのビビり返しをもらう。

 心臓に手を当てながら、振り向く先には老爺が居た。

 

「おおおぉう、驚かせてすまん」

「あああ、大丈夫です。でも、びっくりしました」

 脳に勢いよく血液が巡り、先程の話を思い出す。そうか、この人が例の、ニヨリ様の嫌いな。


「すまんすまん。まさかが居るとは思わんくてよ。まった狸か狐が悪さしにきたのかと思って、でっけぇ声を出したべさ」

 視線をちらりと送ると、顔を覗かせた悪だぬきが、そそくさと建物の影に隠れる最中だった。


「なんだ、お前、櫻さんとこの孫か? いやでも、こんな大きい坊主だったか?」

「あっ、初めまして。櫻さんの? はいそうですね。そっちの方から来ました」

 流れるように消防局方面の方から来た人の真似をする。

 なるほど、それこそ大人の姿なら一発アウトの所、この姿ならばギリギリセーフのラインをつける。


「カナタと、言います。はぁー」

 マナシ、と名字を言いかけて途中で止めたため、思わぬビブラートを披露してしまう。

「う、おう? オレァ、中平【中平 吾平なかひら ごへい】。櫻さんとは、まぁ、遠いご近所だな」

 三叉路をまだ少し行った先にお住まいという。

 遠いながら、唯一無二。一番のご近所であることは間違いないだろう。



「したってよ、この辺のもんもな、釘やらガラスやらが出てたり散らばってるから怪我せんようにな」

 そう言いながら、自分は床に散らばった木片や石を、サンダル履きの足で横へと蹴り飛ばす。荒々しい優しさ。


「中にゃ大したもんは何も残っとらんハズだが、危ないから何でもチョすなよ。変な薬とかはないはずだけども、液体とかも、触るんじゃないぞ。儂か櫻さんに知らせぃ」


「分かりました。ありがとうございます」

 なんだよ。別にそんな変な人じゃないぞ。ちょっと口煩い感じだが、むしろ優しい。

 といっても、まぁ、ニヨリ様が苦手というのも分かる気もするが。


「櫻さんにもな、何か困りごとがあるようだったらな、声をかけるように言っといてくれ。遠慮されるような中ではないが。もし何かあったらな?」

 んっ、んー? 含みの有るような言葉に聞こえるが、いや、そりゃ邪推か。


「はい、分かりました。ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げて、中平さんを見送る。

 三叉路の奥へと立ち去るのを確認すると、ぴょこりとニヨ様が顔を出した。


「なんだよ。まぁ、口うるさそうだが、気の良い爺さまじゃないか」

「我神は、鎌を持って追いかけられたことが有る」

「何したんだよ」

「ちょっとトウキビを一つ頂いたぐらいじゃ」

 うーん、この害獣ムーブ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る