第21話 なつのかおり
「ふぬぅ、危うく部屋に飲み込まるところであったわ」
首ぐらいまでどっぷり飲まれていた魔物の胎内から這い出ることに成功したフタリ。
ニヨリ様の言う通り、疲労感はスッカリと消え去り、今は気力に満ち溢れている。
「がハハッ、
とまではいかないが、流れ込んでくる力の動きを感じ取れる。
試しに、河原では上手く扱いきれなかったホバー移動を試みる。
「おおっ、おほほっ、こえー」
思った以上にスイスイと動けるのだが、走るほどの速度が出るため若干へっぴり腰に。
あれだ、スケート初心者のように、椅子に捕まって滑りたい気分だ。
「これこれー、霊思を消費するのじゃぞー。無駄遣いするでないぞー」
お小遣いを貰って駄菓子屋に駆け出す子供の様に、
◇
状況確認も程々に、青空のもと順延していた第2回神前会議『エネルギー自給率アップ増産会議』が無事開催される。
また中に入ると腑抜けるため、縁側に腰をおろしての列席だ。
この神社の軒下にある縁側の事を【
「人によっては、縁側部分ではなく、階段を降りた部分の事を『浜縁』と呼んでいる見たいじゃが、そこは『
さすがニヨリ様。博識のようで適当である。
話を戻して。
「えーと、まずは作戦第一段階成功、と。ここで待ってれば氏子が増えた分、体の回復が早くなるんだな?」
太陽の光と、社からじんわりと伝わる遠赤外線効果がこれまた絶妙に気持ちよく、外に出たって結局ダメになりそうだ。
もう良いんじゃないかな、このままで。色々と。
「うむ、半分以上は短縮されるじゃろう。りろんじょう」
「半分も? 氏子ってのは、さっきの櫻さん一人だけなのかい?」
「そうじゃな」
一人でざっくり二倍以上か。信心の差か、それとも複雑な計算式でもあるのか。
何にせよそれでも五年は有るだろうから、まだまだ微妙な長さよのう。
他に、力を溜める為に出来ることは有るのだろうか? 真っ先に思いつくのは、信者の数を増やす事だけど。
「今ってさ、この集落には何人くらい居るんだい?」
隣で煎餅を食むニヨリ様に目を向ける。ぱきりと小気味の良い音。
「二人」
「ふたっ……」
絶句。
やがてここは廃村になる。つまりそれは【0】だ。
分かっていたハズなのに。それよりも、多いのに。
むしろ生々しい数字にエグ味を感じてしまう。
「まっ……まぁ、とりあえず、そのもう一人にも力を分けてもらうとか?」
煎餅が砕かれて、ポリポリと咀嚼する音だけが響く。
横目でこちらに視線を向けると唇を尖らせた。
「だめじゃ」
一言だけ呟いて、すぐに視線を戻す。
「何か理由が有るのか?」
「あいつ、嫌いじゃ」
ちょっと神〜。
「それにな、単純に人が増えれば良い訳ではない。むしろ信心の薄い多数より、思いの強い一人が居た方が良いのじゃ」
0を1にするのに労力を使うよりも、10を11・20・100とかにする方が楽で効率的。そういうイメージか。
「そうか~」
俺も煎餅を咥えながら、両手を後ろに付いて天を仰ぐ。
視界を今年始めて見るトンボが横切っていった。
「つまり」
ニヨリ様に向き直り、赤子を慈しみ抱えるように両腕を前へと差し出す。
「あのお婆様の信心を、より深く、より高みへお連れすれば宜しいのですね?」
「おぬし、たまにこわいぞ」
◇
会議は終わったが、足腰の重いオフタリ様。
縁側でぽかぽかと、前後から挟みこむ陽気に溶けて、このままぼっーっとしてる間に、二年くらい経過してしまいそうだ。
「お」
「ん?」
何かに反応し、ぴくぴくっと耳が動く。そのまま虚空を見つめ固まるニヨリ様。
次いでニョキリと角が伸びた。アンテナ?
……。
5秒経過。
飲み残してぬるくなったお茶をすすりながら、宇宙猫に思いを馳せる。
「来客じゃな。まぁ櫻の所じゃろ」
何か物音でもしただろうか? 俺も麓へと耳を向けてみるが、特に変わった音は聞こえない。
やや間があってから、だんだんと近づいてくる車のエンジン音。
「だいぶ遠くからでも分かるんだな」
「むふふんっ、我神の親縁区域内の出来事ならな。お主にもそのうち分かる様になるぞ」
「色々と、慣れてきますかね」
はて、ニヨリイヤーを使えるのが先か、肉体を取り戻すのが先か。
ニヨリ様は浜縁からぴょいと飛び降りると、村内が見下ろせる階段脇に移動する。
「子供は元気だねぇ」
思わずじじむさい言葉が口をついて出る。
残った茶を飲み干してから、じさまも続いて「よっと」跳ぶように腰を下ろす。
クラっと目眩がして、危なく顔から突っ伏してしまう所だった。
うっわ、立ち眩みか? なんだこれ、頭と体の調和がぬぐぬぐとしている。社の陽気に当てられすぎたせい?
それとも繋がってる間にまた何か変なものが混ざったか?
地面に片膝をついて呼吸を整える。その膝がちゃんと地面に付いているかも疑わしい。
例のあんかけスープが、また頭の中でぐるぐると渦を巻いている。
な、と思った時には、もう落ち着いていた。
「あれ?」
本当に一瞬の立ちくらみだったのか。少なくともニヨリ様を心配させる程の時は経っていない。
首を左右に振って見る。
うーん、ニヨリ様のことは言えないよな、俺も頭が疲れてるか。
振り返れば、一日の濃さだけでは無く、そもそもが夜中の一時起きだった。
たまに『何でそんな時間から』とか問われるのだが、夜の間に日常から抜け出し、全力で遊ぶ一日の朝日を知らない道で迎える静かな高鳴りは、魔性の魅力を持っている。
しぱしぱと瞬きをして、現状を確認する。うん、問題ない。
ゆったりと歩き、お待たせしてるニヨリ様に倣って、村内が見下ろせる階段脇へと向かった。
「来客?」
一ノ瀬亭の玄関先に、一台のミニバンが停まって居た。
メガネの成人男性と小学生くらいの子供が、櫻さんと笑い合いながら、車から紙袋や大きめの旅行鞄を下ろしている。
「婿の
「婿って事は、娘さん一家か……っと、ぁたっ」
先ほどの後遺症が残っていたか、地面の段差にけつまずいて転びそうになる。
「ぬ、どこか痛むか?」
「いにゃ、立ちくらみ」
危ない危ない。ここでけっつまずいたら、丘の下まで転げ落ちてしまう。
「神様神様、ちょっと思いついたんだけど、あの二人からもエナジー吸収できたりするんかい?」
「ぬむー。確かに若人の霊思を貰えると効率良いのじゃがな。二人とも村民ではないうえ、我神のことをあまり信じておらぬ」
ぷくーっと頬を膨らませる。
「現代っ子かねぇ。何か上手いこと吸い取れないもんかね」
「掃除機みたいに言うでない。あくまで信心は受け取るものじゃ」
この神様、ちょいちょい見せる尊大な雰囲気と、妙に謙虚な態度の二面性が魅力的でも有る。
そんな話をしているうちに、一ノ瀬ファミリーは車から荷物を下ろし終わったようで、家の中へと消えていく。
俺もじいちゃん家に遊びに行ったなぁと、夏の匂いと熱を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます