第25話 うつらうつつ

 もうすぐ今日が終わる。

 楽しすぎて、はしゃぎ過ぎて、まだまだやり残したことばかりだよ。


 リビングに敷かれた布団がひとつ。布団は一式しかないため、俺は毛布を借りてソファで失礼することにした。


「あっちの祭壇が寝室じゃないのかい?」

「気合を入れて長寝する時はあちらじゃな。普段はこっちで寝起きしておる」

 あっちは狭いし、堅苦しいらしい。冬ごもりの巣穴的な?


「それでは電気を消すぞ」

 蛍光灯の紐を二度引くと、室内へと暗がりが入ってくる。

 電気は一応通っているのだが、実際に灯りを付けているわけではなく、コレも神の御業かむい。現代版の狐火の様な物だ。狸だが。


 

「こんな風に、誰かと枕を並べて眠るのも、久しぶりだな」

 並べると言うには多少、物理的にも立場的にも頭が高いけど。

「我神は、初めてじゃ」

「そっか、そうか」


 眠る『必要』は無い体なのだが、取り入れた霊思の整理をする時間はあった方が良い。

 むしろ、むき出しの精神体の塊だ。人間が睡眠時に行っている記憶の整理整頓など、調整効果はより強く有りそう。


 はぁ~~。

 深い吐息が漏れる。気を緩めると、あっという間に眠気に落ちていきそうだ。

 社の快適空間効果で、寒気などは全く感じないのだが、気分的にやっぱり布団にくるまりたい。


 それにしても激動の一日だった。

 この充実し尽くした日を、生涯忘れることは無いだろう。でも忘れんのかなぁ、時が経てば。少なくとも薄れては。

 だが、明日はもっと良い一日になる。そんな期待と予感が渦巻いていた。


 これも全て隣りのシカタヌ神様のおかげだろう。

 ありがたやと思いながら、寝返りをうつと、本神様と目が合った。

「まだ起きとったか」

「うーん、寝てる寝てる」

「トランプとか有るぞ、やるか」

「明日な、明日」

「実はここ、出るって噂があってのぅ」

「今まさに、一人増えてない?」

「お主ってさぁー、好きな子とかおるのぉ?」

「修学旅行か」

 やいのやいの、夜は更ける。

 そこまで親しくない人との共同生活なので、確かに親戚友人の家というよりは、修学旅行の夜か。

 実際は親しくないどころか一心同体……二心同魂、なんだけど。


 俺みたいに、会話するような相手は今まで居たのだろうか? そもそも何年くらい生きて居るのか。色々聞きたいことが浮かんでくるが、流石に眠気が勝ってきた。

 

 まぁ、おいおいでいいか。

「長い付き合いになりそうだし……」

 くぁ……とアクビを。


「のぅ……お主……」

「んー?」

「…………」

 続きがない。お先に半分夢の中だったか。

 なんなら、夢を見てるのは俺の方かも知れない。そんな事を思いながら、眠りに落ちていく。


 

 穴に落ちて、祠が落ちて、爆散して、跳んで。夢に落ちて。

 

 ながいながいながい、一日が、やっと終わりを告げた。



 ◇



 二日目の朝、日の出前に目が覚める。

 差し込む薄明かりと、小鳥の声が目覚ましだ。


 車中泊の時も窓の目隠しがゆるい、だらし寝ぇ勢なので、朝日の前に目が覚めがち。


 ソファーから降りると、毛布を畳んで軽く伸びをする。

 寝起きは良いような悪いような。

 夜中にニヨリ様が大きな寝言を放つので、その度にうっすら目が覚めてた記憶が。



 寝言主を起こさないようにと、静かに扉を開いて外に出る。出ようとしたが、立て付けが悪いため、多少の音はご勘弁を。


 社殿の階段を下ると、姿を少年モードへと切り替えた。

「おっほ、さっむぅ」

 実体を持った途端に、全身を朝の冷え込みが駆け抜けていく。

 今朝は、雲一つ無く、ハレ。

 南の空にちょっと太めの三日月だけが、ひとり優雅に浮かんでいた。


 特に何の用事が有るわけでもないが、知らない場所を早朝に歩き周る事ほど、興奮することはない。


 さぁ、今日は何をしましょうかね。

 上半身のストレッチをしながら、ゆらゆらと斜面に向かってそぞろ歩くも、どうにも視界の下半分が霞んで見える。


「おおっ」

 眼下には多くのもやが発生し。薄めの雲海が広がっていた。

 温かな川から水蒸気が立ち上がり、集落一帯を白い海の底へと誘っている。


 霞んで見えづらいこの白い世界の下にも、素晴らしい景色が待ってるんだ。

 だが、その先でどんな出来事が待っているかは、まだ分からない。

「まるで、今の俺そのものだぜ」


「う、おはようございます」

 扉の音で起こしてしまったのか、ふよふよと神霊体のまま隣にやってくる。おぼつかない足取りで浮かぶその姿はまるで浮遊霊だ。


「おはよう。マジカルによりん」

「う? おはよう?」

「寝言で言ってた」

「寝言なら、今お主も言っておったじゃろ」

「こやつめハハハ」

「ハハハ」


 新しい土地で、初めての朝が始まる。

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かなたにまごう 丸岡0時 @F1000

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