第18話 第一村人

「そいじゃあニヨリ様、えーと、それでここから……」

 あれ?

 脳内に霞がかかったように、頭がボヤケている。


「ごめんニヨリ様。俺たち、何でここに来たんだったっけ?」

「何じゃ、しっかりせい。『ここで力を溜めるため』じゃろ」

 ケタケタと笑いながら、いたずらっぽい顔でこちらを振り返る。


 はっ、そうだった。

「現代では廃村で人が居ないため、力の溜まりがとても遅い。なので、氏子さんの居た過去に戻って、その人の力を貰おうって話だ」

「そうじゃ。それで、失ってしまった、お主の体を再生させるための時間を早める。そういう流れじゃな」

 ニヨリ様は、地面に枝で図を書いて説明してくれようとしたが、石だらけで書く場所が見つからなかったので、ノールックで枝を放りながら簡単に説明してくれた。

 

「なるほど、思い出したよ」

「もう一度説明を聞くのじゃ?」

「いや、ばっちりだ」


 ビシッと人差し指を伸ばして指差し確認。村へと歩を進めた。


 ◇

 

 この時代では、まだ落ちていなかった橋を渡り、村内へと入る。

「新織村に、イーン」

 歩道こそ無いものの、アスファルトで舗装されているために歩きやすい。

 

 春の温かな日差しを受けてのハイキングだが、木々の葉はまだまばらで、ときおり吹き抜ける風も心持ち冷たい。

 新緑も芽吹き始めか、若くつぼみの頃。のどかに舞う蝶々も、花から花へ飛ぶ距離が遠い。


 ニヨリ様は鼻歌を歌いながら、両手を振って軽快な足取り。羽織の袖が羽のようにゆらゆらと揺れる。

「にいーよりー、あなーたの、おうちはどこ~」

 やっほっほー。

 こちらの蝶は、道のりが多少遠くてもご機嫌だ。


 ご機嫌に舞う蝶の姿を眺めていると、どうにも気になる点が有る。

「ニヨリ様、なんか薄くね?」

 こちらに跳んだ余波かと思ったが、俺の体はとっくに落ち着いた半透明になっている。

 それに比べてニヨリ様は輪郭がぼやけて視え、全体の姿も薄っすらとしている。

 アルファ値で言うなら、70と30くらいの差だ。

 

「これは、この時代に元居た我神わしと統合中なのじゃ」

「へぇ」

 目を凝らしてよく見ると、周囲から光が寄り集まって、じわりじわりと体に取り込まれていくのが分かる。

「あー、ぼやけて視えたのもその影響か……」

 

「こちらを主導とすることで記憶の混乱を最小限にし、多少ながらの霊思も回収でき……」

「うん……」

「……」

「……」

「……これ、そう、あまり、ジロジロ見るでない」

「あ、ごめん。見てたら濃くなるの分かるかなーと、つい」


 蟻の観察とか蜘蛛の巣作りみたいに、ずっと魅入ってしまいそうだった。

 早送りで、定点カメラの映像とかで見てみたい。

 無意識に伸びていた指先が、ぺしっと叩き落とされた。



 そんな会話をしつつも楽しいピクニックは続く。橋を渡ること歩いて数分、小高い丘へと続く素朴な石段の横へ辿り着く。

「わしの屋代はこの上じゃ」

 指差す先は、一息で登りきるには手ごわそう勾配。そして登った先には、鳥居の先端が顔を覗かせていた。


 結局登りか……って神社なんだから、そらそうか。

 今日は色々と見上げてばっかりだな。普段のストレートネック気味な首にストレッチ効果が抜群かも。

 首の運動をしている俺をよそに、ニヨリ様はトコトコと歩みを続ける。

「あれ、登らないの?」

「うむ。その前に、寄る場所がある」

 ナニワトモアレとは一体なんだったのか。まぁ不案内な土地だ、神のまにまに。


 ◇ 


「ここじゃ」

 神社から歩くこと、さらに2分。

 案内されたのは、すこぶる広大な庭を持つ一軒家だった。

「でっか……」

 立派な石積で区切られた花壇には、大小さまざまな木々と控えめな花たちが咲き誇る。

 隣りには家庭菜園と呼ぶには、ちと大家族すぎる規模の畑。脇には小さいながらもビニールハウスと、大きな納屋も並び立つ。


 悠然と空を泳ぐ鯉のぼりから視線を泳がせていくと、庭を抜けた先の軒先には、縁側ではなく小洒落たウッドデッキがお出迎え。連なる木造二階建ての住宅は充分に豪勢なのだが、それでも庭の規模と比較すると物足りなく見えてくる。


「ご立派ですなぁ。庭にも家が四軒くらい建てられそうだ」

「お主……なぜ電柱の影に隠れておるのじゃ?」

「いや、なんとなく」

 人様のお庭をジロジロ見るのも失礼かと思って、つい電柱から体を半分出した状態で覗いてしまう。



 もう一度、庭先から住宅までを、ぐるりと眺める。

 

 そして、なんと言って良いか。

 

「飛んだのって、15年、20年前くらいだっけ?」

「だいたい、そうじゃな」

 

 『過去の田舎』と言われて、思い描いた古き良き日本の田園原風景。

 流石に合掌造りの茅葺屋根とまではいかないが、もう少々ノスタルジックな物を想像しておりまして……。

「うん。20年やそこらじゃ、そう変わらないよな」

「……なんかお主からガッカリの波動を感じるのじゃが?」

「キノセイダヨー」

 出来るだけバレぬよう、鼻から残った念を小出しに吐き出した。


 そんなお門違いも良いところな感想を胸に秘めつつ、お宅拝見のコーナーに戻る。

 玄関からの通路には飛び石なども設置されており、ウチの実家よりも断然オシャレ。


 じっとり舐め回す様な視線の俺とは別に、隣で相棒も忙しなく視線を動かしている。

「この時間なら、庭先に居るかと思ったんじゃがのー、のっ。おったおった」

 ニヨリ様が敷地に入ろうとした矢先に、裏手から一人の女性が出てきた。

 遠目でハッキリとは分からないが、ウェーブのかかったグレーヘアーが艷やかな、素敵な歳の重ね方をしてきたマダムに見える。

「あちら、どなた?」

我神わしの氏子、サクラ。『一ノ瀬 櫻いちのせ さくら』じゃ」

 

 足の運びがおぼつかない、と言うほどの年齢には見えないが、動きに多少のぎこちなさを感じる。

「一ノ瀬さん、どこか、体とか悪いのかい?」

「いやーあれは多分、畑仕事の膝痛とか筋肉痛とかじゃと思うが」

 まだまだお元気そうだった。


 そんなやり取りをして居ると、こちらに気づいたのか、一ノ瀬さんがふと顔を上げて、にこやかに微笑む。

「あ、どうも」

 つられてこちらも会釈を返す。

 

 んん?

「あれ? 俺等って、一ノ瀬さん側から見えてたりするの?」

「見えておらんぞー、ただ櫻は鋭いからのぅ。気配など感じ取られてるやも知れぬ」


「そっか、じゃあ一応……はじめましてー、浜梨奏向はまなしかなたですー。ニイオリ様がいつもお世話になっておりまーす」

 これからよろしくお願いします。

 そう頭を下げると同時に、背後からふわりと蝶が舞い、櫻さんの元へと翔んでいった。

 俺と蝶、そのどちらに反応したのか「うん」と軽く相槌を打ったように見えた。

 青い羽をもつ、美しい蝶だった。

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