旅立ち 第二幕 ゴゼン会議

第8話 ネボケマナコ

 さすまたで取り押さえられる夢を見ていた。


 美女から依頼を受け、美術品を持ち出そうとした美怪盗ワイルドローズは、夜勤の美シニア警備員に床へと組み伏せられていた。

 

「お客様! その切符は期限切れです!」

「うっそだろ、マジかよ、やっぱりネット予約にしておけば良かった」

 こんなの美しくない! そう叫びながらブリッジで押し返すワイルドローズに対し、警備員のサスマタ捌きがキレを増すと、俺の腹を絶妙な力加減で指圧してきたなんだコレ。

 

 △


 ぐにぐにとアバラを刺激する硬めの刺激が、まどろみの世界から意識を押し出してゆく。

 痛いと言うほどの圧ではない。

 硬質ゴムのような棒状の物体が、押したり引いたり、胸の上で下手くそな麺打ちをされているような刺激だ。

 

 微睡みに抗い、ゆっくりとまぶたと首を持ち上げる。

「……ごぼう?」

 茶色の、猫の尻尾ほどの物体が、胸のあたりでうごめいていた。


「めぁぇよ……目ざ……めにゃ」

 耳に届くのは、グニャグニャとふやけた寝言。


 腹の上に、重みと温もりを感じる。

 誰かが、人の腹を枕にして寝ている?


 払い除けようかと思ったが、

 なんか、

 すげー心地よい。


「われの眠りさ……またげる……者ぉ」

 目覚めたいのか眠らせたいのか、妨げてるのも君ではと、ほくそ笑みながら、持ち上げた頭を床に戻した。



 ここはどこだろうか?

 えーと、ドライブしてきて、村に入れなくて、穴に落ちて……そうだ、たしか、トンネルからは無事に脱出したハズ。

 寝ぼけた視界の先に、また穴の空いた天井が見える。だけど、今度は木製だ。冷たく無骨なコンクリート製ではない。


 寝転んだまま顔を横にむける。

 日本家屋――と言うのはちょっとはばかられるような、粗雑で古びた木造の小屋だ。

 隙間風が吹き抜けていきそうなあばら家。いや、 壁面にも空いた大きな穴から言うと、とても隙間ではなく吹きっさらしか。

 ただ、さらにその先。あばら家の周囲を、うっすらとした水のような膜が覆っている様に見える。

 その影響なのか、室内はむしろとても暖かく心地よかった。


 春の陽気に全身を包まれて、意識が再び美術館へときびすを返す。

 水の壁を通して視えた見た空の青も、頭の中もぼんやりとしていた。


「くぁ……」

 うん、今日は出発も早かったし、朝からずいぶんと疲れたし、とりあえず何でも良いや。

 寝言と寝息と温もりに包まれて、


 俺の意識も再び、

 ゆるやかなまどろみに……。


「……ぉいんじゃ……」

 ……ぐりぐり。


「……ぅぬに……」

 ……ぐにぐに。


 いや、さっきからこの……謎の棒が、寝言に合わせて伸びたり縮んだり伸びたり、伸びたままグリグリと転がってみたり。

 頬やら腕にゴリゴリ・ゴツゴツと当たって、俺の眠りを妨げる。

 もう一度、首を起こして腹の上を確認すると、茶褐色の髪の毛が見えた。棒状の物はその頭から出ており、伸び縮みを繰り返している。


 この棒は、尻尾じゃなくて……角?

 伸びるの?


 指先でぐにっと摘んでみると、思ったよりも柔らかく温かい。

 不思議な手触りと伸び縮みする面白さに惹かれ、半ば寝ぼけながらぐにぐにと握ったり抑えこんだり弄くって遊ぶ。

 うん、なかなかのくせになる手応え。

「うぇへへ……」

 腹の上からも、とろけたお悦びの声が聞こえてきております。


 そのまま鼓動のリズムに合わせ、子供をぽんぽんと寝かしつけるように、軽く握ったり離したりを繰り返す。


 安眠妨害も緩和されて気が抜けると、睡魔が待ってましたと布団をそっと一枚ずつかけてくる。

 にぎってはなして、俺もうとうと。


 もう一度眠りに……。


 …………。


 ビクッ! と、入眠時ジャーキングが起こり、すこぶる力で角を握りしめてしまった。


「ふとぉきょにょーっ!」

「ぐっふぉぅ」

 ふにゃけた怒声とともに、ひときわ硬化された角が鳩尾を突き上げる。

 呼吸が止まり一秒、反射的に、腹の上の物体を横に掬い投げた。

 

「きゅーっ」と、鳴き声を上げながら転がるその物体は4回転半して、壁にぶつかり止まる。


 しまった。逆ギレの上、驚きのあまり結構な勢いでぶん投げてしまったぞ。


 助けなきゃと思う反面、一度は動いた体が、また睡魔に覆いかぶさられた様に動かない。

 床に片膝をついた状態で、投射物の動きをぼーっと眺めていた。



 伸びるごぼうで麺打ちをする職人の正体は、ダボッとした和服を着た子供だった。

 ひと目見て、神社関係の人を連想する。


 白を基調とした羽織は、膝丈ほどの長さで、袖口がゆったり開いている。

 はかまは藍色で、こちらもゆったりと膨らみ、足首で裾がきゅっとしまったズボンタイプの馬乗り袴。

 えりや袖など端々はしばしに、曲線や直線を組み合わせた幾何学的きかがくてき文様もんようほどこされており、その茜色や深緑の差し色の刺繍が美しく目を惹いた。


 などと、じっくりと観察出来るほどの時間が経過した後、その子はゆっくりと立ち上がる。

 緩慢かんまんな動きでこちらに向き直ると、ガバッと開いた右手を前に突き出しながら、こう口にした。

 

「目覚めよ……我が眠り……」

 

 うん、寝ぼけてらっしゃる。

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