第7話 ヒトリシズカ
開放感に誘われて寝転んだ大地は、ゴツゴツと背を殴り返してくる。
早々に体を起こすと、大きめな岩に腰を据え直した。
改めて、呆けた視線をトンネルに向ける。
見上げるのは山というか、岩壁の急斜面。上までは、ビルにして10階建てくらいか。
岩盤の色が変わってる部分に気が付き、断面に沿って視線をゆっくりと下ろしていく。山の一部が大きく滑り落ちており、その崩落箇所は俺が出てきた穴のすぐ脇だった。
えぐい。
荒々しく大胆にも茶色の岩肌を露わにするその姿に、改めて背筋をヒヤリとしたものが伝って行った。
緊張と弛緩が忙しく切り替わるので、あとニ回も繰り返せばバッチリととのえそうだ。
視線を下流の方角へ。
トンネルの入口側、そして俺が元々、この村へ来た方向だ。
あっけないほどすぐそこに、乗ってきた車の屋根が見え、その隣には落ちた橋の橋脚が見てとれた。
つまり、この川を跨いだ対岸こそが、本来の目的地だった廃村となる。
「村にすら入れてねーんだな、これが」
ミッションは目標未到達にて大失敗。トラップにひっかかり余計な時間とダメージを負い、撤退を余儀なくされる。
そんな大満足な結果だった。
「へっへっへっ」
思わず三下の様な笑いが漏れる。
ここに来るきっかけをくれた先輩に感謝をする。
やっぱり、もう一回訪れよう。次はもっとちゃんと、準備を整えて。
立ち上がり、村の方向へ向き直ると柏手を打った。
「また来ますね、先輩」
まぁ別に、ここで眠ってるわけじゃないんだけど。
◇
先程までの暗闇とは打って変わって、遮るものもない陽の光にじとっと汗が滲んできた。
このまま日向ぼっこも悪くはないが、一休みも終えたしそろそろ車に戻ろう。
泥まみれになった服も着替えないといけない。
「どうせ誰も来ないし、ここで着替えても……」
いっそ全裸になって荒々しく川で体を洗うか?
半裸にサングラスの男が、ヘチマで体を擦ってる映像が浮かぶ。
なんなら、もう帰宅して良いくらいの充実感なのだが、せっかく家から4時間も走ってきたんだ、せめて近場で美味しい物でも食べてこう。そうだ、まずは食べながら考えよう。
「あぁ、くっそ……」
早めに開店するメシ処。山を降りて、も少し走れば市場の飯とか有った気が、そう思い調べようとして悪態をつく。
着替える前にもう一仕事、大事なブツをトンネルの上に忘れているのだ。
地味に疲れるあの斜面、また登るのかぁ……。
重い腰の重力に負けて座り込みそうなハートを鼓舞し、屈伸運動に帰る。
「よしっ、行くか! っと、その前に」
スマホを回収し『さぁ進もう』とした時に、今度は河原に鞄を忘れてきました〜、とかなったら目も当てられない。
指差しにて確認を行う。
鞄ヨシ、時計ヨシ、財布ヨシ。忘れられない冒険の思い出――ヨシッ。
「ん~?」
指を向けたその先、山側へ向かった地面。
「あれは……なんだし?」
石の隙間に目を引く、明らかに加工された木の柱が挟まっていた。
木柱のサイズは500mlのペットボトルを二回りほど小さくした大きさ。
壊れた家具の足か何かだと思っていたが、彫刻の跡がある。
「木彫り……木像?」
手にとって、しげしげと見つめる。動物の顔をした、旅行のお土産だろうか?
コケシのような形だが、胴体部分も彫り込まれており、腕を胸の前で合わせているように見える。
「かなり、風化しちゃってるなぁ」
ここの元住人の忘れ物だろうか。
落とし主など居るハズもないのに、思わずキョロキョロと周りを探してしまう。
これがただの木片ならそのまま捨て置くだろうに、不思議なもので、木像となると捨て直すのにはそれなりのパワーを必要とする。
「こんな所に投げてったら、そのうち川に流されるよなぁ」
拾って持ち帰るべきか、持ち帰って良いものかの、判断にも迷う。
「ん〜っ……」
まぁ。
こんな誰も来ない場所に、ひとりぼっちも可愛そうだしな。
せめて誰かの目に留まるよう、トンネルの出入り口付近にでも置いて行ってやろう。
そのまま放置はどうもバツが悪い。どちらかというと、魂とか信じるタイプなもので。
「まぁ『連れて行け』って、像も言っているような気が……」
『――』
動物の鳴き声とは異なる、意志を持った音が耳に届いた。
「え、まさかお前、本当に喋った?」
慌てて手の中の木像を凝視する。
もちろん、木像の口は動かない。ただ、何か重みというか質量が変わった気がする。
直後、背後から、木が捻れるような軽重入り乱れた音が聞こえた。ミシパキと。
嫌な気配は背後の、上、山の方からだ。
「まさか……崩れるっ!?」
最悪の可能性が頭をよぎる。
一度逃げたのに、また迂闊に斜面に近づいてしまってたか、それでもよっぽどの規模でもない限り直接巻き込まれる事はないハズ。
気をつけるのは直撃ではなく、跳ねた飛び石や転がる岩かっ。
慌てて後ろを振り返り、一歩ひいて状況を確認する。
が、
山肌は、全く綺麗なまま。斜面を転がる石の一つもない。
呆ける視界の片隅に、飛来物が映る。
「下駄箱?」
それが今生での最後の言葉だった。
崖の上から降ってきた、学習机ほどの木工品を顔面で受け止める。
そうして私、浜梨奏向・アラサーは、これから訪れる夏本番を迎えることなく、この地に散る事となった。
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