第6話 アサカツ

 早足。

 疾走とまでは行かない。

 スーパーで特売の卵コーナーに向かう際のコーナリングほどの速度で。

 足場を確かめるように、慎重なつもりで、でも急ぎ足で、足を取られた岩に少しぐねらせながら。

 出来るだけ、早く。

 

 崩れた廃トンネルの横っ腹から抜け出して、十分に安全な距離まで。


 非常口を抜け出した俺は、正面に弧を描く川の手間まで駆け抜けて、そこにへたり込む。

 尻の下はゴロゴロとした岩場で少し痛い。


 「ぶっふぅ〜〜〜〜〜〜」

 いつから息を止めていただろうか。肺の中に残っていた淀んだ空気が、大きなため息と共に吐き出されていく。


 手をついてへたり込んでる俺の背後には、山の様にそびえ立つ崖と、それを貫くトンネル。そして、それらが崩落して出来た横穴が有った。

 影の国から、光差し込む現し世へ、数十分ぶりに生還を果たした。


 うん。思った八百倍がっつりと崩れてやがった。

 横穴は、人ひとりどころか家族連れがお手々繋いで通り抜けれる規模が、なんならドライブスルーで通れそうな勢いで空いていた。

 穴はトンネルだけではなく、下の地盤から崩壊しており、崩れた山体さんたいの一部が天然の洞窟状態になっている。

 光があまり差し込んでなかったのは、その洞窟部分を経由するからだった。


「この川のせいなのか……」

 正面に有る、さわさわと静かに流れるこの川の影響なのだろうか。

 穏やかに流れる今の姿からは想像がつかないが、氾濫して地面ごと削り取ったのだとしたら恐ろしい。


 冷たい汗が流れていく。

 暑いのか寒いのか分からない汗と泥を流そうと、川に近づく。

「み……水」

 緊張から解放された口内はカラカラで、世紀末のような言葉が口をついて出たが、残念ながら生水はNGだ。


 じゃばじゃばと、川で泥や埃にまみれた手と顔を洗い流すと、ジメッとした陰気も一緒に流ていく。

「うっほぉぁ~~気持ちぃい痛ぃたたっ」

 擦り傷に水がじんわりと染みたが、落とし穴に落ちて、崩落したトンネルから脱出したにしては、こんなん無傷の部類でしょ。


 何か拭くものを探し鞄の中を漁るが、小さなハンカチ程度しか入っていない。

 そうか、もうちょっと大きめのタオルでも持ってると便利か。そうやって、出かけるたびに鞄の中身が増えていくんだろうけど。

 顔と腕に付いた水滴を犬のようにブンブンと振り払うと、ドサッと尻から地面に座り込む。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~」

 深く、深く。息を吐く。 緊張の糸が解けていく。



 肩の力を抜くと、懐の慣れない重みが気を引いた。

 時計を取り出して蓋を開く。

 時間は8時を過ぎた所。今日はまだまだ始まったばかりだ。


「あー……」

 地面に倒れこんだ肩越しに、冒険の舞台が見えた。


「楽しかったぁ……」


 こんな最高な一日の始まりがあるかよ。

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