第9話 ティータイム

「ぬぁっはっはっはっ! 我神の眠りを妨げ、神域を侵す者は貴様かぁ!」

 仕切り直して数分後。


 片手は前、片手を腰に。足は大きく開いて仁王立ちのポーズ。

 こちらを見下ろすように、鼻息荒し和装の童子わらし

 『見下ろすように』と言うのは、身長差のせいで、実際は見上げる状態になっているからだ。


「はぁ、神様、ですか」

 先方が立っている所、コチラが座ったままというのも不躾かと一度立ち上がったのだが、神様の細い首が疲れそうなので、再び座り直しつつ話を促した。


「そうじゃ、ここ爾唯織にいおりの地にまつられし、鎮守ちんじゅの神。アラニイオリのミコトなるぞ」

 ムッフーと、決めセリフ。


 二本の雄々しい鹿の角。

 肩ほどまでの茶褐色の髪に包まれる、凛々しく見せたその表情と、それだけじゃ隠しきれない、全体的にゆるそうなパーツの顔。

 特に大きな濃紺の瞳と太めの眉。ピコピコと良く動く、丸みを帯びた三角の耳が魅力的だ。


「んぅぬ、なんじゃ反応がイマイチじゃのう」

「そんな事言われましても」

 こちらとしては知らない子供の学芸会で、初めて見る劇を見ている気分だ。



 人差し指と中指を揃えて立てて顔の高さに。もう片方の手には逆手に扇子を持ち、胸の前で交差させる。

「お主の悪事、お天道様が見過ごしても、月が変わりに見ておるぞ」

「将軍忍者ザンゲツじゃん、知ってる知ってる懐かしー」

 ぱちぱちぱち、と小さく柏手を打つ。

「よしなによしなにっ」

 ふふふん、と鼻息の嵐。

 いや、知ってる寸劇をやれと言っているわけじゃない。



「あ、コレはすまぬ。お茶も出さずに失礼をした。お座布もそこのを使ってたまへ」

「あ、これはどうもご丁寧に」

「いんすたんとで良ければ珈琲も有るぞ」

「いえ、お茶をいただきます」

 お茶をご用意して頂いてる間に、部屋の隅からヘロヘロになった座布団を2人分用意する。

 

「茶菓子は切らしてしまったがのぅ」と、運ばれてきた熱めの日本茶をいただき、人心地ついた。


 うん、なんだコレ。



 ほっと一息。お勧めいただいたお茶で口を湿らせると、また寝かせてしまいそうな話を切り出した。

「改めまして。おー……私は浜梨奏向です。はじめまして」

 どの様な距離感が適切なのか掴めずに、言い淀んでしまう。


 自称神様は俺の向かいの座布団に座り込んでいる。

 同じく一口飲んだお茶をお座布の横に置くと、

「それで!」

 ズイッと前のめりに顔を近づけた。


「それでっ! お主っ? 何用で、ここにっ、参ったのじゃっ!?」

 全身から溢れ出すワクワク感に、大きな瞳と尻尾がメチャクチャ揺れている。

 角はと言うと、見えを切り終わった後にしゅるしゅると縮み、今では親指サイズに収まっていた。

 威嚇用だったのか、よそ行き用なのか。

 まぁ、本当に神なのかは置いておいて、少なくとも人と異なる存在だという事は、間違いないだろう。


「えぇっと……まず、確認なんだけど」

「なんじゃーっ」

 質問の返答がなく「ぶぅ」と口をとがらせる神様に、かまわず問いを投げかける。

「俺って、どうなってるの?」

 落ち着き払ってるようで、今日は混乱しっぱなしだ。

「どう? そうさのぉ……」

 漠然としすぎた問いかけに、鎮守の神も返答に詰まっている。

 

「すんません、言い方が悪かった」

 ちょっと待ってのポーズで右手を差し出し、何が適切なのか、少し思案する。

 そのポーズのまま固まってると、遠慮がちにハイタッチされた。

 いぇーい。違う、そうじゃない。


 ハイタッチをされた自分の右手をクルクルと――そのになった右の手を、しげしげと捻りながら眺める。


「俺って生きてる?」

「あー、だいたい死んでおる」

「ですよねー」

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