第10話 暴風雨穴

 掌を太陽にかざしてみれば、うっすら透けてるボクの右手。

 

「うん、そうか、分かった」

「随分と飲み込みが早いのぅ」


 こちとら漫画やアニメはそれなりに履修済みの、インドア系・外こもり属のオスだ。

 召喚やら転生は一般教養の範囲で、理解は早いし、自分の身に起きてみると妙に冷静に受け入れてしまう。

 それとも、あれだ。ただ夢を見ているパターンとか。

 起きた時に蝶々が翔んでてお前が俺でって感じのヤツのアレ。うん、冷静ってのは嘘だ。ずいぶんと混乱してるし頭がいたい。


 頭のモヤを振り払うように、首を横に振る。

 

「それで、死んでる俺を、ニイオリ様? が、助けてくれたんですか?」

 ひとまず命の恩神であろう神様だ。敬意を払わねばいけない。


「そう、なるかのう。我神が気がついた時、お主は気絶して川の中に倒れこんでおった」

 そうか、あの落下物の直撃を受けて、運悪く川の中にハマってしまっていたのか。


「そのままじゃと身体の死に伴って、いずれ魂も散ってしまう。なんとか魂だけでも抜いて此処に連れてきたという状態じゃ」

「いわゆる、霊体。浮遊霊みたいな感じっすかね」

「その様な状態じゃな。なので、死んでおるというか、瀕死状態で留まっておると言うか。難しい状態じゃな」

 なるほど、分かったような分からないような。


「とりあえず、やっぱり助けて頂いたようで。ありがとうございます」

 正座の体制のまま、平伏する。

「ふははっ、よいよい、面を上げぃ」

 かわいい仁王様は、尻尾を大きく揺らした。


 気になることは、多数ある。

 その尻尾は本物なのか。

 貴方は本当に神なのか。

 『だいたい死んでいる』とはどういう意味なのか。

 コレが魂だとしたら、体の方は今?

 尻尾は触らせてもらえるのか。

 俺は、生き返れるのか。


 そう。多数ある中で、まず気になる所から、解きほぐしていこう。

「えーと、もう何点か、お尋ねしてよろしいですか、神様」

「構わぬぞ、申してみい」


「ここは、いわゆるあの世ですか? それとも現世?」

「死後の世界などについては、あずかり知らぬ。我神が携わるのは、あくまでこの土地じゃ」

 ぷんすことお怒り気味に返された。


「そしてここは、神を祀るため作られた祠の中じゃ。実物はそんなに大きくないのじゃが、我神らは魂じゃからな。大きさを合わせて、中に収まっておる」

「現実に有る祠を区切りとし、その結界中に作られた精神的空間。って感じかね」

「……。うむ、そんな感じじゃ」

 おそらく適当に相槌を打たれた。


 ここは死後の世界などではなく、現実に存在する祠。

 

 なるほどなー。

 だいぶ現状が見えてきた。

 

 改めて、室内をぐるりと見渡すと、一つの疑問点が融解した。

 そうか。

 

「この小屋は、神様のお住まいなのですね? だいぶ傷んでしまっておりますが」

「我神の家じゃ……そうさな、だいぶボロになっておるがのぅ。昔は他に別の社もあったのじゃぞ、もうちょっと立派な」

 自分でも気にしているのか、神様は口を尖らせながらボヤく。


「いえいえ、壁や天井などに歴史の重みを感じますが……神のご加護の力か、不思議と暖かみを感じます。良いいおりです」

「うん、そうかの? 良いかの? 我神の力かの?」

 コロコロと表情の変わる、かわいい子だ。


「そうですね。このように侘び寂びあっても、嫌な感じは全く無い。実際にわたくしも先程などは随分ぐっすりと眠っておりました」

に、愛い憂い」

 テンションと共に上半身の傾斜もぐいぐい上がっていく。


 俺は、スッと横の壁を指差す。

「特にその壁とか、でっかーい穴が空いちゃってますけど」

 指した方向を確認するように、首を向ける神様。

 

「その穴。壁際に破片が散らばって、なんだか、今さっき壊れたみたいですねぇ」

 神様は、顔をそむけて固まったままだ。


「そう言えば、私、川に倒れ込んでたんですよねぇ?」

 すっと立ち上がり、神様のお膝元へ。

 腰を軸に上半身を回転させながら、ご尊顔と壁の間に顔を挟みこんだ。

 

「私はいったい、何に当たって気絶したんですかねぇ?」

 本当に、コロコロと表情の変わる、かわいい子だ。

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