第16話 船出

「お気に召さぬか」

「召しませぬなぁ」

「むぅ。ヒトリならば、ぬるふらりと行けるのじゃが……フタリとなると、もう少し息を合わせねばならぬか」

 冗談かと思ったら、意外に本気だったのかも知れない。


「ではそうさのぅ、歌でゆこうか」

「また、魔法少女の歌とかじゃ無いだろうな?」

「ぬ、歌えるのか?」

「……モノによる」

 いわゆる普通の魔法少女にちあさは門外漢である。


「やはり、分かりやすい歌の方が良いであろ」

 神様は、ふんふんふーん、と鼻歌でメロディーを奏で、目線で『どうじゃ?』と問いかけてくる。

「それなら知ってる」 コクリと頷いて、胸の前で手を合わせ、集中のポーズを取りなおす。


 メロディーに合わせて指揮を取ってい指先が「はいっ」と、歌いはじめを伝える。


「うーさーぎーおーいしー」

 フタリの合唱が隧道ずいどう内に響き渡る。

 確かにこれは、まさに郷愁きょうしゅうの歌だ。


 合掌の体勢で合唱という奇妙な行為に、危うく雑念に囚われかけた──瞬く間。


 世界と体がじわりと振れる感触を覚えた。


「ゆめは……いまも……めぐり」


 鳥居を境に外の世界と内側が区切られ、この空間だけが切り取られていく。

 夜のとばりが下りるようにフタリだけの世界は闇に包まれて、大地はほの明るい光で満たされていった。


 ゆったりと蛍のように、風に乗って白い光が流ていく。


「ほぅ」と、吐息が漏れた。

 肺の中にまで入り込んだ、幻想世界におぼれていた。


「ほれっ」

「あいたっ」

 ぺちりと頬を弾く感触に目を覚ます。

 神様の両の手が、俺の頬を包んでいた。


「大事ないか? しばし休らうか?」

 ぺちぺち。

「いや、ちょっと当てられただけだ。大丈夫」

 心もとなげに見上げる神様へ、「問題ない」と腕をぐっぱーさせ、すごい漢のポーズで応える。


「我神も共連れは初めてでな、細かな勝手が分からぬ。異変や問題などが有れば、すぐ申すのじゃぞ?」

 神様にとってもフタリ旅は未知の領域ということか。

 うん、それも素敵じゃないか。


「ありがとう。正直まだちょっとボーっとしてるけど、倒れるほどじゃない」

 足元も平気なところを見せようと体を動かす。

 歩くたびに光の波紋が広がり、ふわっと光の胞子が立ち上った。

「これ、無駄にかき乱すでない。霊子の源流じゃ」

 楽しくなって足踏みする俺に注意しながら「でもわかるのじゃー」と、くるくると回る神様。

 光が螺旋らせんを描き舞い上がり、流れていった。


「そうだ、神様。ひとつ問題があったよ」

「なんっじゃっ、と」

 回転のせいでバランスを崩し、転びかける。

 その腕を掴んでキャッチすると、ばふりと背後から盛大に霊子が撒き上がった。


「助かる。それでなんじゃて?」

「いや、大したことじゃない」

 ちょっと間を外してしまったので、先を促す。


「もう歌は良いんでしょ?」

「そうじゃの、でも歌っても構わぬぞ」

「そう、じゃあ歌う?」

 さんはいっ。


 合唱が再開される。とてとてと歌いながら進むフタリ。

 時間を遡っているという感覚に、軽い目眩いや胃部不快感に襲われるが、立ち止まるほどのものではない。


 ゆっくりと歩みを進め、やがて一番の最後にたどり着く。

「わーすーれーがーたき、ふーるーさーとー」


「……」

「……」


「……なるほど、問題というはコレか」

「な、大したことではないでしょ」


「うーさー」

「別のにしない?」



 ゆっくりと静かに、残りの時をさかのぼる。

「まだ気持ち悪いか?」

「ちょー気持ちいい」

 時の波に揺られる感覚も次第に順応して来たのか、まるでほろよい気分だ。

「それは何より」

 船酔いにも慣れだした頃、道のりは終点を迎える。


「ちょうど、頃合いじゃな」

 トンネルの状態が現実と重なっているなら、そこは俺が河原へと降り立ったあの穴だ。


 穴が有った場所の前に立ち、神様が手を鳴らす。出口となる鳥居が現れ、その中央に光る楕円の球体が作られた。

 球体の中は透明度の低いシャボン玉みたいで、もしくは中身が虹色に揺らめくビー玉みたいに、様々な光の向こう側に、外の世界の幻影が揺らいで見えた。

「これって」

「うむ、先程のビー玉を模してみた」

 オシャレじゃろ? とコロコロ笑う。

 いたずらっぽいその顔も、俺のニヤケ顔も、ガラスにゆらゆらと色鮮やかに映る。


「では、行こうかの」

 神様の手が球体に触れると、開きかけたその世界の扉のすき間から、光が、風が、新緑の匂いが、流れ込んでくる。


「神様、やっぱりありがとな」

 朝、河原に降り立った時のドキドキが、文字通り霞んで、何倍にも膨らんで見える気がする。

 ウッカリしてくれてありがとうと、感謝するよりほか無い。そしてそんなキッカケを作った少し前の自分にも。


「単純にすっげぇワクワクしてる」

 満面の笑顔の花が咲き、神様の力が少しだけ増した事が伝わってきた。


「ニヨリ」

「ん?」

「にいおり、にーより、で、『により』親しい者にはな、そう呼ばれておった」

「おっけ」

 拳をニュッと突き出して、グータッチを誘う。

「じゃ、行こうかニヨリ様」

 首を傾げられたので『パー』にすると、おおっと笑い、

「行くぞー!」

 ぺしんっと手を合わせてきた。

「ではいざ参ろう。我が神使しもべ、カナタよ! あ痛いったー!」


 後頭部にグータッチを決めながら、俺達は過去へと続く光の渦へ足を踏み入れた。

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