第15話 むすび

 祠を後にした俺達は、例のトンネルの入口に立っていた。


 途中、トンネルの上に寄ってスマホを回収しようとするも、地面にへばりついているかのように持ち上げる事が出来なかった。

「余計な力を使うでない」

 たしなめられる。

「供えられたもの以外は、よほど力を使わねば、霊体では動かせぬ」

 今のワシ等じゃ持ち上げるだけでぶっ倒れるぞ、とのこと。


 

「鞄は持ってきたか?」

「あいよ、ちゃんと」

 逆に、爆散した際に身に着けていた物は、霊体がわに一緒に持ち込めていた。棺に入れる副葬品的なモンか。

 トンネル脇にポツンと残された、主人の帰りを待つマイカーに目を向ける。

 こんな事になると分かっていれば、お前で河原に乗り付けたのに。


「お主、時計を持っているで有ろう? ちょちょいと拝借したい」

「あぁ、これね」

 懐中から時計を取り出して、神様に手渡した。


「それで、何をするって?」

「この懐中時計とトンネルを依り代に──過去へと飛ぶ」


 時を、巻き戻す。


「我神の氏子がまだ残っておった時間に戻る。そこで力を蓄える」

「そんな事ができるのか?」

 

「造作もない」

 扇子でくいっと自らの頭を指して不敵な笑みを見せる。

 

「時渡りの神威。言うて過去というのは我神の経験した記憶の中にある出来事じゃ。自らが辿った記憶の場所へと舞い戻ることくらい、出来ぬはずがない」

 やだ凛々しい。

 とても小一時間前に号泣して嘔吐えずいてた子とは思えない。

 その後に、ビシッと手を伸ばし、「神に誓って!」と付け足さなければ、貯蓄機関が半年は縮んでいたと思う。

 全知全能では全然ない神は、ソレを『自ら』と認識するものに対しては、相当な無茶が効くらしい。



 受け取った時計の蓋を、カチリと開く。

「ん、この時計は普段から使っておるのか?」

「いんや、たまたま今日持ってきただけだよ」

「ふむ」


 時計を巻き戻すように。

 トンネルという、円環の閉鎖された空間を通り、巻き戻るイメージ。


 この二つを祭具として使うことにより、儀式により強固な意味合いを持たせる事が出来る。


「出来ればもう一つ、時にかこつける物が有れば、祭具三種で更に安定するのじゃが」

 懐からビー玉をとりだす。

「今回はこれで」

「それは?」

「『昔から持ってる』ビー玉じゃ」

 ワギャ◯ランドかな?


 正直『閉鎖されたトンネル』だけ有れば、過去への移動は可能らしい。

 そう言われてふと思い出す。あの時見た蝶も、神の力の片鱗だったのか?


「閉じられてるというのが、また良いのじゃ」

 着物の袖をまさぐると、中からヨレヨレの紙が垂れ下がった棒を取り出して、地面へと突き立てた。

 神様の体から黄金色の光が滲み、角がしゅるりと伸びた。神々しさと雄々しさが増す。

「むすひゆいゆい」

 パンッと柏手を打つと、入口の封鎖板に重なって、光の鳥居が浮かび上がる。


「では、ゆくぞ」 

 スルリと、鳥居をくぐると同時に封鎖の鉄板を通り抜ける。

 大地は踏みしめられるのに、構造物は通過できるとか、奇妙な感じだ。


「おじゃましまーす」

 誰にともなく挨拶をしてしまう。

 先ほどは通らなかった正門から中へと入る。今度の旅は共連れだ。

「まさか、こんなにも早く再訪するとは思ってなかったな」

 そうは言ったが、つい今朝の出来事なのに、遠い記憶に感じるほど、衝撃事件が続く一日だ。


「これ」

 右前をてとてとと歩く神様が振り向いた。

「できるだけ真ん中を歩くのじゃ」

「真ん中……が、そっか。神様の通り道、か」

 子供の頃、神社へ参拝した時にそんなことを言われた気がする。


「参拝する時ってさ、右と左、どっちが行きでどっちが帰りってあるの?」

 話のついでに、前々から思っていた疑問を投げかける。

「決まっている社もあるらしいがのぅ。どちらでも良いのではないか? 迷うならば【手水舎ちょうずや】手を洗う場所がある側を『行き』に歩くと覚えておけば良かろう」

 拝む前に手を洗うものな。分かりやすい。

「そうは言うても、初めて行く社殿じゃと、どちら側に有るかなど分からぬじゃろうて」

 何事も『心がけ』だと、ころころと笑う。


「さて、その心じゃが、そろそろ集中した方が良いかの」

 ちょうど、俺が朝に降誕した希望の丘へと差し掛かる。

 高く南の空に登った太陽の光が差し込んできていた。


「おっし、集中ね。分かった」

 さすがに時を渡るという離れ業だものな、繊細な工程が必要なのだろう。


「緊張する必要などないぞ。難しいことは何も無い。祝詞も歌も叫び声でさえ、大切なことはにのせる想いじゃ」


「思い描くのは、過去への憧憬。近隣の記憶でも構わぬ。戻りたい、そう思える時。遊戯、夕焼け空、食事、出来事、なんなら創作でも、なんでも構わぬ」

 神様の発する言葉の列が、ふるりと耳を抜けてゆく。

「過去の記憶……戻りたいって気持ちを連想するイメージ。ね」

 俺なら……そうだ、パッと出てきたのは、近所の風呂屋への道とかかな。

 特別でもない週末の前日、スーパー銭湯の休憩スペースで迎える、いつもの生活から半歩だけズレた、ほんの少し非日常な夜。

 こころは夕焼けだ。露天スペースから見た、夕日。それが初めによぎった印象の色。


「うん、イメージできた」

「では、そのイメージを持ったまま保ったまま、心静かに、想いを胸に、そして『祈りの言葉』を唱える」


 ぱむっ、と小さく柏手をうち、深呼吸。

 今歩くこの道が、過去の夕焼けの道へと続くイメージを。

 そして唱える。

 

交駆まじかる楽路空らじかる二世律動によりずむー」


「できるかッ! 集中ッ!」

 昭和の魔法少女へツッコミを入れた。

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