第4話 走光性
土砂の山は身長ほどの高さが有ったが、頂上に登っても、天井まではまだ届かなかった。
さすがにここから這い出るのには無理がある。
光差す丘で届かない希望に手を伸ばす。
荘厳な絵画ごっこを楽しんだ後、土砂の山に腰掛け直した。
穴の上からはまだうっすらと、そろそろ出勤時間だと知らせるアラーム音が聞こえる。
休みだと言うのに、解除するのを忘れてしまっていた。
ちょっと遅めの大型連休を取った俺は、今朝からぷらり車中泊三昧の旅へと出ていた。
だったのが、初日の第一目的地からして、なかなかゴツいアクシデントに見舞われている。
その目的地とはこのトンネルではなく、近隣にある廃村だ。
それが、村に通じる橋が落ちてしまっており、道を探したりなんだりとうろちょろしてる間に、トンネルの上に登ってこんな事に。
「日常では体験できない、ドキドキハラハラアドベンチャーだぜ」
やけくそ気味にポジティブに言い換えようとして語彙が死んでしまったが、何割かは本当に楽しんでいる。
「さて、どうやって出るか、だけど」
上がダメなら、前か後ろどちらかになる。
ある程度落ち着いているのは、メリーさんのお陰だけではない。
様々な場所から、大きく光が差し込んでいるからだ。
俺の落ちたてきた上から以外に、横から――トンネルの入口からも。
左に視線を向けると、すぐそこがトンネルの入口だった。
トンネルの入り口は完全に塞がれている訳ではない。
鉄板と鉄格子で立入禁止にはされているのだが、陽の光どころか、動物も入り込める、隙間だらけの簡素な封鎖だ。
強度も低そうなので、脇に落ちているスコップなどで叩き壊したり、よじ登れば上の隙間から這い出ることもできそうではある。
「でも、壊すってのはな」
封鎖を破壊するってのはやっぱり
それじゃ上から這い出す? 飛び出た格子の先端やサビで、アチコチ服を引っ掛けたり、すり傷だらけになりながら。
「んーむ」
どちらにせよ、もはや
例えるならば、自分のヘマで負けが決まった、消化試合の敗戦処理に向かう心境だ。
また山に座ったままの俺は、入口とは逆側にライトを向ける。
強烈な光は長く終端まで届き、土砂の流入によって、このトンネルが途中で閉塞されているのが見えた。
暗闇を照らし出したことにより、お先真っ暗の確認になるとは切ない話だ。
重い腰を上げ入口前へと進む。
ここから入ったわけでもないのに、入口というのも奇妙な話か。
出入り口の近隣には、様々な物が散乱していた。
棚、桶、スコップ、コンテナ、椅子、コンロ、楽器、家具、ふやけて判別のつかなくなった書類に雑誌。
「おおっ、と」
じゃりっと、砕けたガラスを踏みしめる音。釘やら踏み抜いたらコトだ。足元にも気をつけよう。
捨てたのか、倉庫代わりにしていたのか。秘密基地の備品として持ち込まれた物か、肝試しの名残なのか。
棚もコンテナも中身は空っぽだ。雑誌らしき本も、すでにひと塊になっており、中身どころか表紙も全く判別できない。
キーアイテムとか、回復アイテムとかは無い模様。先生ガッカリです。
少し見慣れた日常の匂いに、思考が引き戻される。
「今、何時だっけ」
ここに来てからどれくらい経っているのだろう? 新鮮な衝撃ずくめで体感時間は長く感じるが、きっと車を降りてから、一時間も経っていない。
時間を確認しようとした手が虚しくポケットを叩く。スマホもクッキーも入ってはいない。有るのは、数日前にスーパーで買った半額弁当『出汁の力で美味しく炊き上げた、雑穀米入り炊き込みご飯の幕の内』のレシートだけだ。ぷちぷちした食感が小気味良い、リピ有りの一品だった。
代わりに、懐から貰い物の懐中時計を取り出す。
普段なら持ち歩かない物だが、たまたま持ってきていたのが幸いした。
「良かった。壊れてない」
落下の衝撃で蓋が開いており、ちょっと肝ビエッタが、全く問題なく時を刻んでいる。
時計の針は朝の7時を大きく回った所。うん、まだ慌てる時間じゃない。
遅刻の心配もない、素敵な通勤経路だ。
揺らしてみると、地面にガッチリと固定されており、予想以上に強度が有った。
見上げる上部の開口部には、むき出しの鉄棒やら浮いた錆が、鉄格子のように収容者の脱走意欲を
すり傷切り傷の大量生産。服がビリビリ、ダメージコーデの出来上がりかな。
手にしたスコップを地に突き立てると、騎士スタイルでしばし一考。
仕方がない。端を少しぶっ叩いで、出た後に叩き戻して茶を濁そう。
パンパン。と柏手を打ち「すんませんねー」と誰にともなく謝罪をする。誰と言われれば、管理者と工事関係者か。
「それでは、第一投……」
意を決しスコップを振りかざした俺の横を、一匹の青い蝶が飛んでいった。
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