第3話 メリーさんといっしょ

 出不精だった俺が色々と出歩く様になったのは最近になってから。

 ソロドライブにすっかりハマってしまったからだ。


 旅の連れもなく、きっちりとしたスケジュールも立てない、自由気ままな一人旅。

 何の影響? と問われると、キャンプのアニメだったりグルメ漫画だったり。それとも大元は、動画サイトでの個人の旅動画だろうか。

 

 車内でヒトカラ大会を開催し、通りすがりに目に留まった場所へ、ふらりと寄り道。

 食事はコテコテの観光客向けご当地グルメから地元の定食屋でも、好き嫌いなくバランス良く食べ歩く。

 近くの温泉に立ち寄って、走れる所まで走って、眠くなったら――違うな、眠くなる前に当たりをつけて車中泊。

 

 予期せぬトラブルも、ちょっとした失敗だって楽しめる。そんな気ままなぶらり旅。

 そう。今もそんな旅の、寄り道の最中だった。


「だけど、まぁ」

 流石に本物の落とし穴は予想外すぎるでしょ。


 ◇


「メァリーさんが飼っている、ひつじ、こひつじ……」

 

 廃トンネル内に落下した俺は今、メリーさんの子羊を歌いながら、積もった土砂の周囲を徘徊している。決して打ちどころが悪かったわけではない。


『良いか。トラブルに巻き込まれたら、メリーさんだ』

 そう教わった事がある。

『まず動揺している事を認め、そしてMerryえがお。背後などに危険は迫ってないか、周囲の確認も怠るな』

 言って、ニヒルな笑顔でサムズアップ。アレ絶対テキトーな事口走ってたぞ。


 毒づきながらも、心は冷静さを取り戻せている。悔しいが間違いなく効果は有った。

 うん、歌は良いものだ。


 もしもし、私、カナタさん。いま廃トンネルの中にいるのー。

 調子に乗って、ミュージカルチックに軽くダンスなんかもつけてしまう。

 

 カーンっ!

「ふっひょう」

 自分の蹴り飛ばした空き缶の乾いた音に、間抜けな声が漏れた。坑内に甲高い音を追いかけて俺の叫びが木霊した。


 だから周囲に気をつけろと。

 怪我をする前に気づかせてくれたメリーさんからのメッセージだと思い、ありがたく受け止める。


 ちなみにメリーさんにお礼の電話を折り返そうにも、スマホは手元にない。おそらく「上」に落としてきた。

 トンネルの上は景色が良かったからね。写真などを少々嗜んでおりました。

 電話を受け取れない事もだが、先程うっすら上から聞こえてきたアラームを止められないのも残念です。



 やがて、足元を探る手に、つるりとした合皮が触れる。

「あった!」

 捜し物はショルダーバッグ。

 軽く山歩きをする事も有るだろうと、軍手や虫除け汗拭きティッシュ。勢いで買ったがまだ一度も使っていない熊鈴などを詰め込んだ、プチアウトドア鞄が、車の中に常備していた。コレを持ってきたのは正解だった。


「よしっ」

 中からハンディライトを取り出す。

 ライトのスイッチを入れると、薄暗い空間をLEDの強烈な光が切り裂いた。


 土砂の斜面に腰を下ろすと「ほぅっ」と一息が漏れる。

 光が差し込んでいて周囲がうっすら明るいとは言え、自分が見たい場所を照らせるという安心感は格別だ。

 

 ライトの首を捻ると、照らす範囲の調整ができた。広域に切り替えて、自分の周囲をグルリと一周確認してみる。

 廃トンネルだけあって、作りは古くさほど大きくはない。横幅は車がギリギリすれ違える程度で、歩道なんてロクに整備されて無い昭和ストロングスタイルだ。

 それでも高さは、ゆうに身長の倍以上ある。 この高さから落ちても多少の擦り傷ですんだのは、今座り込んでいるこの土砂の山がクッションとなったからだ。


 「運がいいやら悪いやら」

 下手をすると、身動きが取れずに野生動物に餌やりをしてしまう所だった。良しとしておこう。

 

 穴自体はかなり前から空いていて、土砂も時間をかけて降り積もったのだろう。

 天井の穴も、枝や草でしっかりと隠れていたのか、落ちるまで全く気が付かなかった。

 

 それこそ動画撮影でもしていたなら、バラエティ番組のように、きれいに地面に吸い込まれてく映像が撮れたであろう。


「ふふっ」

 思い描いた映像に薄笑いが漏れた。

 笑っていても仕方がないが、泣いているより視界は晴れるってもんさ。なぁメリーさん。

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