第8話
強くなるために、今持っているスキルを確実に使えるようにする必要があった。
休み時間はトイレに移動し、短剣を取り出して少しでも短剣に触れている時間を増やしてみた。
【索敵】は、周囲にいる人や魔物の情報について調べることができるようなので、その範囲を広げてみたり、あるいは周囲全体ではなく例えば前方に伸ばしてみたり、など。
……スキルに関しては、色々と応用が効くようだ。
ただ、今はまだあまりスキルの使用自体に慣れていないので、使った後には頭の中がちょっと重くなるような感覚がある。
とにかく、慣れないとね。
こうやって色々やっていると、【強欲】も後に色々できるようになるのかな? という疑問が再び出てくる。
例えば、複数の相手のドロップアイテムを狙えるようになるとか。
そうなったら、夢が広がるものだ。
昼休みになり、俺は教室でお昼を食べながらも【索敵】の訓練を行っていく。
……授業中もずっとこればかり使っていたので、ある程度は体も慣れてきてくれた。
そんなことを考えていると、桜井さんが教室に入ってきた。
どこか、疲れたような表情をしていて、それをクラスメートたちが出迎えていた。
「おっすー、火蓮。もう告白の対応は終わったの?」
こ、告白!?
そんなあっさりと話すような内容ではないと思うんだけど……これが、陽キャグループというものなのだろうか。
「うん、まあね」
「また一年なの?」
「……うん、そうだったよ」
「まあ、今は四月だし、一目惚れした新入生たちがアタックしまくってるんでしょうなぁ」
……ああ、そうなんだな。
からかうように言われた桜井さんは、なんというか微妙な表情をしていた。
あんまり、この話題をしてほしくなさそうに見える。
「やっぱり火蓮も彼氏作ったらどうなの? ほら、風除けになるでしょ?」
「……まあ、そうかもしれないけどね。それを相手にお願いするのは失礼じゃないかな?」
「いやいや、火蓮の恋人になれるってなったらオレなら喜んで立候補するけどな」
田中くんが冗談めかした様子で言うと、別の男子……佐藤くんがじろりとした目で言う。
「お前もう恋人いるじゃねぇか。花崎さんにちくっていいのか?」
「おいおい、やめろって。冗談だって。でも、マジの話、あんまり絡まれるのが面倒なら誰かに恋人のふりだけでもお願いしたらどうだ?」
「……うん、そうだね。ごめんね、色々と心配させちゃって」
「いや、まあ別にいいんだけどな」
その話はそこで打ち切られ、すぐに別の話題へと切り替わっていく。
……世界ランキング1位の人の話とか、この前の海原さんを助けた謎の男のこととか。
そんな話題だった。……ど、どっちも俺の話題なので、できれば速やかに別の話題に変えてほしい。
「オレはな……もしかしたらそのファントムってやつと世界ランキング1位の奴が同一人物かもしれない説を押すぜ!」
田中くんがそんなことをぶっこみ、俺は思わずむせそうになる。
「そんなわけないじゃん。日本人での世界ランキングトップは97位の人で未だ変わらずなんだよ?」
「そりゃあ知ってるっての。でもほら、夢がないか?」
田中くん。夢は夢のままにしておいてね。
「……あー、何か探索者の話してたらまたレベル上げに行きたくなったなぁ。オレももっともっと強くなって、一人でEランクの魔物くらいは倒せるようになりてぇなぁ」
……ダンジョンで魔物を狩ることをレベル上げ、と呼んでいる。魔物たちを狩ると経験値が入って肉体が強くなるみたいで、それでちょっと世界ランキングが上がることがある。
「いいよねぇ。一人で戦えるようになったらお小遣い稼ぎもっと捗るもんね」
そんな楽しそうに皆が夢を膨らませている中、桜井さんも笑顔を浮かべながら相槌を打っていたけど、時々なんだか元気なさそうに見えた。
放課後になった。
スマホを見てみたが、協会から何か呼び出しを受けているということもなかった。
とりあえず、いつものようにダンジョンにこもろうかな。
教室を出て、そのまま校門へと向かい、外に出てしばらく歩いたところで……俺は桜井さんが男に絡まれているのを見かけてしまった。
「あの、お願いします! 一度だけでいいんです! 一度だけでいいので、オレとデートしてくれないか!?」
爽やかなイケメン……たぶん、他校の生徒だと思われる人が、桜井の手を掴んでいた。
桜井さんは少し怯えた様子でその男性に、視線を向けていた。
「あ、あの……だから、その……私は特に今はその、お付き合いするつもりはなくて……」
「なんでですか! そんなに可愛いのにもったいないですよ!」
そういうことを恥ずかしげもなく言えるなんて、凄いと思う。
……感心している場合じゃない。
ど、どうしよう。
いつもなら桜井さんは誰かと一緒にいるのだが、今日に限っては一人。
【索敵】使っても、周囲に誰もいる気配はない。
桜井さんは酷く怯えた様子で視線を彷徨わせていた。
そして、俺と目が合った。合ってしまった。
……その助けを求める顔を向けられ、俺は一瞬……怯んでしまった。
そんな自分が……情けない。
ファントムの状態なら、困っている桜井さんを助けに行っていたはずだ。
……周りの誰にも、知られない状況ならできるのに、瀬戸悠真としてでは、どうしても二の足を踏んでしまう。
周囲の目はもちろん、仮に助けたとしても感謝されないかもしれない。
それどころか、嫌がられるかもしれない。
……昔、そんな経験をしたことがあったから、少しだけ迷ってしまったけど、俺は……ぐっと奥歯を噛んだ。
でも……困っているんだ。
……助けに、いこう。
ファントムなら、そうするからね。
ファントムの力を借りるつもりで……俺は男に声をかける。
「……ど、どうしたの? 何かあった?」
どう助けるのが最適なのか分からず、なんか凄い中途半端な感じで声をかけてしまった。
ただ、男は俺に声をかけられるだけでも嫌だったのか、視線を外に外した。
「……いや、なんでもないけど」
「……そう? えっと、桜井さん、困っているみたいだけど――」
「だ、ダーリン!」
へ!?
急に桜井さんは声を張り上げ、俺の腕に手を回してきた。
そうすると、桜井さんと密着するわけで、彼女の柔らかな色々なものが俺の腕へと押し当てられていく。
あまりの衝撃に脳がオーバーヒートする。
「だ、ダーリン?」
俺の代わりに男がその問いを投げてくれた。桜井さんの突飛な行動に、男も困惑した様子でこちらをみていた。
「そ、そうダーリン。私の恋人の、瀬戸悠真くん」
へ?
俺は困惑しているというのに、桜井さんは勝手に話を進めていく。
男は驚いた様子で目を見開いていたが……すぐに疑った様子でこちらをみてくる。
「でも、なんか他人行儀っぽかったけど」
「そ、その……ダーリンは……本気で怒っているときはこんな感じなんだ」
「お、怒ってる……?」
なんだか怯えたようにこちらを見てくる男。
……別に怒っているつもりはなかったけど、俺がじっと彼をみていたせいか、勝手に勘違いして少し怖がっている。
そんな彼はじっとこちらをみてきて、それから俺たちの組んでいる腕のあたりを見ていた。
「……二人は本当に付き合ってるのか? それにしちゃあ、やけになんかぎこちないっていうか。恋人の距離感に見えないんだよなぁ」
「そりゃあね。だってダーリンだもん。もう将来結婚する約束もしてるからね。恋人を超えてるの」
「……ま、マジで?」
「そうだよ。そりゃあもう私とダーリンは凄い仲なんだから。え……えーっともう、ダーリンとの熱い夜も過ごしちゃってるんだからね」
「……え!? そ、そうなの……か?」
桜井さん!? 彼女は顔を真っ赤にして……とにかく、何とかしてこの場をやり過ごそうという気持ちなのか、口を開いた。
「……そ、そうだよ! 私なんて……ま、毎日、体を鞭でしばいてもらってるんだからね!」
「ふぁっ!?」
な、何言ってるの!?
男が叫んでいたが、俺も声を出しそうになる。
桜井さんが慌てた様子でこちらに訴えかけるようにみてくる。
話を合わせて、とばかりの目だ。
……この状況から抜け出すために、恋人のふりをしてほしい、という気持ちは理解できた。
けれど、さすがにそんな酷いことをしているというのを肯定するわけにはいかない。
「……まあ、そこまでのことはしていないけど、ね」
「……そ、そこまでのことは……?」
男は俺の言葉に勝手に怯んでいた。
ち、違うから! その寸前までのことはしているって意味じゃないから!
それを否定しようと思っていたんだけど、桜井さんがぐいっと俺の腕を引いて歩いていってしまう。
「それじゃあね」
お、俺に誤解を訂正する猶予をください。
しかし、しつこい男から逃げることには成功したのも確か。
桜井さんは一刻も早くあの場かた退散したかったようで……俺は、ひとまず彼女の意をくんで諦めることにした。
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