第36話
学園を飛び出した俺は、ファントムへと変身し、【偽装】と【重力魔法】を使って、一気に星谷町ダンジョンへと向かった。
ダンジョンの入り口にたどり着いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、すでに溢れ出している無数の魔物たちだった。
野口さんから聞いていた対応に当たっていた警察官たちは……すでにやられてしまっている。
地面に散らばる血痕と無残な姿に俺は唇を噛んだ。
……救助が遅れてしまった。
いや、今はそんな後悔をしている場合じゃない。
魔銃と短剣を取り出し、俺は【索敵】を使って周囲の魔物たちを見つけ出す。
広範囲まで【索敵】を伸ばしてみたけど、まだ遠くまで魔物が溢れだしている様子はない。
まずは、外に出てしまったこいつらを……倒す!
背中を晒していたゴブリンに向かってダークアローを放つ。
「ぎゃん!?」
「……きええっ!?」
近くのゴブリンたちは倒したが、別のゴブリンがすぐに反応した。ゴブリンの雄たけびに合わせ、周囲にいたゴブリンたちがこちらへと集まってくる。
追う手間が省けたので、好都合だ。
ただ、集まってきたのは……ただのゴブリンではない。
通常のゴブリンもいるが、それは極めて少数。
鎧をまとったナイトゴブリン、巨大な杖を振り上げるマジシャンゴブリン、さらにジェネラルゴブリン――その体格と装備は、通常のゴブリンとは比較にならない。
……スタンピード中の魔物たちが強化されるのはこの前のテンペストギルドの様子を見ても明らかだけど、それにしたって魔物のランクが数個上がっているのは明らかに異常な状況だ。
……でも、やるしかない。まだまだ、避難に遅れてしまっている人たちがいる状況で、俺だけ呑気に逃げられない。
そんなこと、陰の実力者なら絶対にしない。
そんなこと――ファントムなら絶対にしない。
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる瞬間、俺は【重力魔法】を発動させる。空間が一気に歪み、魔物たちが足をすくませたところへ、俺は飛び込む。
ジェネラルゴブリンが長剣を振り下ろす。それを寸前でかわし、大剣で斬り上げる。
しかし、今度はその背後からナイトゴブリンが槍を突き出してきた。
「ッ!」
瞬時に反応し、俺は【瞬足】でその範囲から逃れる。
……いつもと違って、複数の魔物が連携して襲い掛かってくるんだ。
一瞬たりとも、気が抜けない。
普段は、俺が有利な状況で戦っていたが……今は違う。
俺が狩る側ではなく、狩られる側である意識を持たないと……!
だが、今度はマジシャンゴブリンの呪文が唱えられ、巨大な炎の弾が俺に向かって飛んできた。
すかさず【闇魔法】でダークウォールを展開したが、着弾と同時に周囲に爆発が生まれる。
「くっ!?」
……あのマジシャンゴブリン、俺に防がれる可能性を考慮して、爆発するような魔法を放ったんだ。
衝撃波が周囲を覆い、俺は地面に叩きつけられる。通常の個体よりもかなり知能もあって、厄介だ。
だけど、まだまだ動ける。
マジシャンゴブリンへとダークアローを放つ。攻撃はあっさりとかわされたが、着弾した地点周辺に【重力魔法】を発動させ、足元の地面を一気に沈める。
巻き込まれた何体かのゴブリンたちはバランスを崩したので、そこに向かってダークランスを放ち、一気にゴブリンたちを貫いた。
「シャア!」
飛びかかってきた、ゴブリンと切り結び、その態勢を崩して、体を切り裂く。
……大剣を振り回し、魔法を放ち、魔物たちを殲滅していく。
終わりだ……っ! 最後に残っていたジェネラルゴブリンを倒した俺は、すぐに星谷町ダンジョンへと駆けだす。
……このまま、放置していたらすぐにまたゴブリンたちが出て、町を襲ってしまう。
そうではなくても、戦闘を行えば町に被害が出る。
今もまたゴブリンたちが外へと出てこようとしていて、それを入口から【闇魔法】で弾き飛ばした。
ダンジョンの一階層で、魔物たちを食い止めている方が時間稼ぎはしやすいと思う。
……それに、一階層の魔物たちを殲滅できれば……そのままダンジョンコアの破壊まで行けるかもしれない。
俺は、比較的魔力に余裕があるほうだけど、それでも……無限に戦い続けられるわけじゃない。
いずれ、限界が来る。
なら、一階層の魔物をさっさと殲滅し、隙を見つけて十階層に移動できれば……スタンピードを押さえられるかもしれない。
星谷町ダンジョンの十階層までの構造は完璧に理解していて、今の俺なら【重力魔法】を使えば十分とかからず十階層に到着できるはずだ。
……それとは別に、保険もかけておこう。
「……危険だけど、やるしかない」
今……もしかしたら、この星谷町ダンジョンの応援に来ようと考えている冒険者もいるかもしれない。
冷やかしでも、なんでもいい。
……一人でも多く、戦ってくれる冒険者をこの町に集めるために――。
俺は、スマホを取り出し、【偽装】を発動する。
そして――念のために作っていたファントムの配信アカウントから、配信を開始した。
「……」
もう……始まってるんだよね。
何を、どう話せばいいか分からない。他の配信者の人みたいに、うまい言葉が見つからない。
そもそも、作ったばかりの配信のアカウントで、誰が見てくれるかもわからない。
……だけど俺はそれから、言葉を紡ぎだした。
「俺は――ファントムだ」
いつものように挨拶をすると、それで少しだけ心が軽くなる。
……今の俺はファントムだ。
皆の憧れである、ファントムとして……ここにいる。
「今、俺は星谷町ダンジョンに来ている。救助が遅れ――見ての通り、酷い有様だ」
カメラを周囲に向ける。すでにボロボロになってしまっている町を映し出し、それからダンジョンへとカメラを向ける。
「これから俺はスタンピードの鎮圧へ向かう」
……俺がカメラを回しているのは、一人では不安……だからだ。
だから、ファントムを見たいという冷やかしでも何でもいい。
「だが、このスタンピードはどうにも異常事態だ。Eランクダンジョンのはずが、Aランク相当のダンジョンに変わってしまっている」
その時、配信に誰かが入ってきた。……十人くらいの少ない人数だ。
コメントが、ついた。
<……ファントムってもしかして、本当?>
<星谷町ダンジョンがスタンピードしてるのは、ニュース速報で流れてたな>
<偽物だろw>
……そう思われるのも仕方ないかもしれない。
その時だった。
ジェネラルゴブリンがダンジョンの入口へと現れた。
ファントムとしての証明をするのなら、ちょうどいい。
俺は少し派手に【闇魔法】を展開し……それに向けてダークアローを放って仕留めた。
<え? マジで!?>
<本物の、ファントムか!?>
<いや、ありえんだろwww>
……まだ、信じてもらえないか。
俺は、ステータスカードを取り出し、スキルなどは表示されないように【偽装】し、名前の部分を隠したカードをカメラに見せる。
……「1位」と表示されたそのカードを見せると、見ている人が少ないというのにコメント欄は一気に加速した。
<ファッ!?>
<お前、マジで世界ランキング1位だったのかよ!?>
<ファントムが世界ランク1位!?>
俺はすぐにステータスカードをしまってから、視聴者たちに声をかける。
「俺は本物だ。今見に来てくれた視聴者たちにお願いしたい。この配信を拡散してくれ」
俺はそう言ってから、ダンジョンへと入っていく。
「星谷町ダンジョンのスタンピードを止めなければ、他の町にも多大な影響が出てしまう。俺は、これからダンジョンの一階層に入り、魔物たちを足止めする。……少しでも多くの冒険者が、援軍として駆けつけてくれるよう……この配信をとにかく色々な場所で拡散してくれ!」
……これで、もしかしたら援軍が来てくれるかもしれない。
そう叫び、階段を飛び越えるようにしてジャンプした俺は、【重力魔法】を使ってゆっくりと着地し……そして、眼前の光景を見て、頬が引きつった。
「……多いな」
一面に、ずらりと埋め尽くすかのような……魔物の群れ。
外で戦っていたゴブリンたちが一階層にずらりと集まっていた。
……だが、彼らは――ただの先兵隊にすぎなかったようだ。
オーク、オーガ、さらにはミノタウロス――そのどれもが通常より強化された個体であるかのように自慢の武器や防具を身に着け、一階層の奥の方で待機していた。
それはまるで、出撃前の兵士かのように、一階層にて鎮座していて……全員の視線がこちらを向いた。
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